「さ、お嬢ちゃん、お望みのものはここにあるよ」
真っ暗な階段をのぼってのぼってついたところは、夫人の部屋だった。バルムンクを渡されて、パティは、まだ訝し気な顔をする。
「でもどうして?」
「…もちろん、ただではわたさないよ。
 私の手下に、最近暗黒教団にかぶれて、子供狩りの手先になっているやつがいるんだ。そんなことは、私の『鈴のギルド』にいる限り、許さないよ。
 その仕事の報酬として、バルムンクは返すとするよ。
 さ、お行き」
夫人は、一本のカギを渡した。
「それと、これは、私の管理する倉庫や倉を全部あけられるカギ… 何か入り用な物があったら持ってお行き」
「…すまねぇな」
デューがそれを受け取る。
「俺、あんたのことを誤解してた」
「ま、仕方ないやね。
 …そうそう、パティに…お兄ちゃんはファバル、だったね? 今のごたごたが終わったら、ダリルのところによってもらえないかねぇ」
「どういうことだ?」
「あのコねぇ…今はもう、商売なんかできる体じゃないらしいんだよ… 酒と金に埋もれて…自分を見失っちまって… 親のことを言えばどうなるか分からないから、ただ寄って、『ミレトスにいる友だちのアンジェがたまには遊びにおいでと言っていたよ』と、それだけ言ってくれればいいことさ」
「それならおやすいご用だよ」
パティはに、と笑った。

 武器を取り戻した面々は、さらに、手近の倉庫をあけていた。
「回復の杖と魔法があれば、私も戦えます」
と主張するユリアのために、ちょっとした寄り道をしていた。
「えーと、ライブの杖は使えるね? ユリアちゃん」
「はい」
「で、魔法は…ファイアー・サンダー・ウィンドとあるけど…」
「え」
ユリアは慌てて言う。
「…ごめんなさい…使えません…」
「え、でも、魔法が使えるって」
「…セイジの称号は今度いただきますが」
「今度じゃなぁ…ん?」
デューが奥に入って、何かを手にとった
「これ…しか…ないよなぁ…」
ユリアの手に、やや重厚な質量感がした。
「?」
「なんでここにあるのかしらないけど…『オーラ』だね」
「オーラ…」
ユリアは、書のページをめくる。巻頭に書かれた呪文を呟いてみて
「これなら…使えるかも知れません…」
と呟いた。

 マリネール夫人にも、誰がその暗黒教団にかぶれたか、分からないと言う。
「手当りしだいって、ことかなぁ」
パティは祈りの剣を弄びながら呟いた。一行は、夫人の館の中を、町に向かって移動していた。
「…?」
ユリアは、ライブの他に渡された杖を物珍しそうに撫でる。
「おじさま、これ、なんですの?」
「トラキア半島の方でよく使われる『トーチ』っていう杖だよ。魔法の明かりを出すらしいよ」
「まあ」
ユリアが楽しそうに、杖をふった。とたん、閃光がほとばしる。
「わっ」
「きゃっ」
真昼のような明るさが庭を照らした。そして、
「なんだ!この光は!」
見張りをしていた「鈴のギルド」の面々が光源…すなわち、パティ達のほうにかけてくる物音がした。
「えーいもう、根性すえたっ」
パティは立ち上がって、祈りの剣を抜いた。
「こんなところでこてんぱんにのされるのなんて、真っ平なんだからっ」

 パティとデューが剣を振い、ファバルは弓を使う。ユリアは彼等の傷をいやしていく。
「ユリア!」
ファバルが叫んだ。デューの傷をなおそうと足を踏み出したユリアに、向かってくる影がある。
「…ヘイム!砦にて御身に下された古の奇跡をいまここに新たにする、そのわざをよみしたまえ!
 黄金の龍、その勲は、闇に引導を渡すべくここに光となりて具現す! 邪なるは滅せよ、オーラ!」
ユリアの手指がしなやかに動いて、金と言うより白い光が空間を貫く。遠くで悲鳴がした。
「ユリアちゃん、俺に回復はいらない! パティを頼む!」
デューの声がする。
「はいっ」
ユリアが答えようとして、再び、周りが闇に包まれる。
「…トーチが、きれた?」

 パティは、突然真っ暗になったことに肝を潰した。あいにく、今夜は新月に近いから、月の光は望めない。
 まだ、ユリアのトーチで目が暗んでいるような感じがした。ファバルの援護射撃で手傷をおったものの相手をしているが、いつまでこの戦いは終わるのだろうか。
「お兄ちゃん! おじちゃん!」
呼んでみた。返事は、聞こえない。目の前の敵に集中しているのか、それとも… パティの背筋に何かが走った。
「そんなのやだっ」
その時。
「…」
低い声で、何かの声がした。そして、パティに襲い掛かる重圧。
「ぐっ」
これが自分の声かと思う程重い声だった。体の血が凍ったような悪寒がして、その場にへたり込んだ。
 何かが近付いてくる気配がした。
「…さすが、暗黒魔法はよくきく」
「ヘルは人を生ける屍にするものよ… その二人の娘は殺すなよ、少々トウはたっているが…」
パティは、自分も然り乍ら、ユリアまで何かに狙われていることに泡をくう。
「…ユリア…逃げて…」
彼女には聞こえなかっただろうが、こういうことしかできなかった。
「まあ…動けまいが…いちおう、張っておれ」
「おう」
気配が短い会話をかわして、一つの気配を残してもう一つが消えていく。

 暗闇の中で目をこらそうとするけれど、何も見えない。
 どうなっちゃうの? やっぱり私…どこかにつれていかれちゃう?
 その時、自分か呼ばれたような気がした。
「?」
首は動かない。自分を呼んだらしき気配は、パティの背中の当たりにいるようだ。だがそれには、全く嫌悪感はない。
「…シャナンさまが…こんな雰囲気を持ってたな」
『パティ、剣をとりなさい』
気配は、今度はハッキリと言った。
『心をすまして…自分の中の月を見なさい』
「?」
柄をにぎってはいるが、たらりと地面に落としたパティの手を、別の手が包むようににぎった。
 立ち上がれた。
 剣に、光が宿ったような気がする。
「ヘルをくらって、まだ動くか!」
別の気配がつかみかかってこようとするのを、パティはすさって避ける。そのまま、走り出す。
「…祈りの剣の、おかげなのかな」
自分をおってくる気配はいやにゆっくりと感じた。ざっと、数人分。
 パティは、思い立って、気配に対し剣を抜いた。背中の当たりは暖かい。
「私の中の月…答えなさい」
剣が青く照り輝いた。自分をおって走ってくるヤツらの顔が見えた。
『月光の奇跡…私に見せなさいっ!」

 ふたたび、閃光。
「パティ!」
自分は、三人から離れた場所の、屍の輪の中でうずくまっていた。
「パティ、ごめんなさい …トーチがなかなか見つからなくて…」
ライブをかけながらユリアが半べそをかく。
「…うん。大丈夫…ユリアも、さらわれなくて、良かった」
「しかし…」
ファバルが当たりを見回す。
「凄い死体だな…どうしたんだ、これ?」
「たぶん、私の月光剣かな」
パティは意外に明るく言った。
「おじちゃん、ごめん。祈りの剣がよごれちゃった」
「ま、剣は後で磨けばすむことよ」

 「私がわからないことがないだろう」
シャナンは、バルムンクの剣を日にすかしながら言う。
「君の月光剣発動は、ちゃんと分かったよ」
「じゃ、あれは、シャナン様だったの?」
「え?」
パティは、大事をとって横にさせられている。そのパティの傍らまで寄って、シャナンは彼女を覗き込んだ。
「どういうことだ?」
「月光剣を出した時にね…何かが助けてくれたの。背中があったかくって…」
「へえ」
シャナンは顎をひねった。
「いくら私でも、君のそばにまで気配を飛ばすような芸当はできないぞ」
「そうなんだ」
「…なんにせよ、君もバルムンクも無事戻った。デューには礼を言わなければ」
「そういえばさぁ、おじちゃん、変なことを言ってたよ」
「変なこと?」
「なんでユリアにオーラが使えるんだって、首かしげてた」
「…オーラ…?聞いたことがあるな」
「…レヴィン様に聞いたら、…ホラ…ユリアがいつも持ってる…リザイアの仲間なんだって」
「へえ。でも、私は、魔法のことはとんとわからない」
シャナンはいいながら、パティの頭を撫でた。
「…さて、難しいことは考えないで、もう少し寝なさい」
「うん」

 ユリアが突然いなくなったのは、それからすぐのことである。
 

をはり。

<コメント>
まくらさん、大変おまたせしました。
いやー、一時は収集つかなくてどうなることかと思いました。
だんだん、私の創作にはオリジナル・キャラクターが増えてきましたね、
きをつけないと。(諸刃の剣諸刃の剣)
あまりたいした物ではありませんが、ぞうぞお受け取りください。
おめでとうございます、これからも、よしなに。

19991121 清原因香


←読了記念に拍手をどうぞ