そして、デューを先頭にキャラバンを装って町の往来を歩く一行の中に、パティ、ファバル、ユリアの姿があった。
「本当は、お前らを、マリネール夫人とはあわせたくないんだが、」
行動を前にして、デューは兄妹にそんなことをいった。
「まあ、事態が事態だし、しょうがないな」
「どうして俺達がいくのがまずいんだ?」
ファバルが聞き返す。しかしデューはややうなだれたふうに
「お前らは知らない方がいいことだよ」
としか言わなかった。
「ま、お前まで巻き込んですまないなファバル、用心棒と思ってもう少しこらえてくれ。
 万事うまくいったら、『アンジェラ・ド・マリネールの黄金の都』亭で天国の一晩おごってやるから」
「いらないよ」
デューの言葉の中に、今自分には到底必要無い(いや、望んでも詮のない)においを感じたか、ファバルはその一言だけをやたらに強く言った。

 デューが口にしたのは、ミレトスにある、自他ともに認める大陸一の娼館である。最近は手広く「お二人連れ専用宿」もかねているらしいが、それは正真正銘別の話。

 閑話休題。
 それぞれに腹に何か一物持っているのだろう、ついてくるといったユリアにしばらく考えた後、デューは占い師のような格好をさせている。
「…ユリアちゃん、だっけ? なかなか似合うよ。その服全部あげちゃう」
というデューに、
「…バルムンクのためとはいえ、人を騙すなんて、わたくしあまり気が進みませんわ」
ユリアはやや上目使いがちに言った。占いよりもまずベリーダンスでも踊ってくれといわれそうな露出の高い衣装が、砂漠用の厚い外套のあわせから見えかくれする。
「まあ、君の彼氏が後で青筋たてないようにはするよ。とにかく、おれがうまく話を誘導するから、占いを頼まれたら、思いきりマリネール夫人を脅かしてほしいんだ」
「はい。でも、どういう風に?」
「何でもいいよ。お宝に盗難の相を感じるとか。任せる」
「はい」
で、パティ、これ持っとけ。デューはその後、荷物の中から長いものを取り出して投げてよこす。
「!」
受け取ったパティが包みをあけると、見たことのある細身のかわいらしい剣がひと振りおさまっている。
「祈りの剣、じゃない」
「そう、祈りの剣。100年前の大戦の時、やんごとなき姫君達の護身用にって、なんとか言ったな…有名な女賢者…まあいいや、とにかく、何か大変なことが持ち主の身におこっても、それから護ってくれると言うエンチャントの入った世界に何本とないやつだよ。そいつは、あいにくだが貸すだけだ」
「うん。ありがとう、おじちゃん」
「月光剣、それで出してみろよ」
「出るかなぁ」
パティは、その祈りの剣を厚い外套の下で服にくくりつけた。

 「砂漠わたりの商人は、売り物に珍しい物が多いから、けっこうどこででも歓迎される」
そういうデューの言葉に違わず、一行は直接マリネール夫人と商談することができた。
 マリネール夫人は、若々しい装いをして入るものの、還暦をすこし過ぎた年頃と思えた。
 何ぶん、砂漠のオアシス都市で作られる品物は、都市を囲む環境の厳しさも相まって、なかなかお目にかかれる物ではないらしい。白っぽい砂の中でもよく映えるような鮮やかな色の織物、砂漠の岩山を一つ崩しても出るかでないかと言われる貴重な宝石。そういったものをどうやってそろえたかと言うこともさりながら、目の肥えているはずのマリネール夫人を唸らせるデューの巧みな売り込みと商魂には、パティたちも目を丸くした。
 結局、夫人は、品物のいくつかを、ほぼ言い値と言う結構な金額で買い取ることをきめたらしい。左右に目配せすると、夫人がしたがえていた男の内の数人が、鈴の音をならしながら奥に入っていく。
 決済を終えてから、デューは、ここにきてからずっとそうしてきたように、やや年を高く装った声で言った。
「これからは、もののついででございますが」
「なんですの」
「仲間の占い師が、どうしても貴女様に申し上げたいことがあると言うことで参っておるのですが」
「まあ、占い?」
デューにうながされて、ユリアがつと前に出る。彼女はまず
「ごきげんよう」
と膝を折った。
「この町にきてから胸騒ぎが止まず、貴女様にあっていよいよ確信いたしました。近々、ここに災難がやって参りましょう」
「なんですって?」
マリネール夫人は、それまでたおやかに細めていた目をやや大きくした。
「災難?」
「はい。失せものに、御用心、と」
「…ふふふふふふふ」
ユリアのことばに、一瞬驚きはしたものの、夫人はすぐ、その顔に不適な笑みを浮かべた。ひとしきり笑う。
「…そんな猿芝居に私がそう簡単に引っ掛かるものかい」
そして、不適な笑みのままで口にする言葉にも、永年その道を渡り歩いたらしき機微がうかがえる。夫人は腰掛けていた椅子からつと立ち上がり、デューの前にまで歩み寄った後、彼がかぶっていた砂漠風の頭巾と、御丁寧につけヒゲまで剥がした。
「あいて」
「これはどういうおつもりだい? 『煉獄帰り』の」
「なつかしいね、その呼び方」
デューは正体を見抜かれていたことにも大して驚かず、むしろにやりと笑った。
「わからないものかね。海賊船と一緒にしずめられたなんてバーハラ当局の言い分、私達はこれっぽっちも信じちゃいないよ」
夫人はつけヒゲをぽい、と投げてよこした。
「あんたをここで捕まえて、ミレトスのギルドに差し出すのも簡単さ。でも、そんなもてなしは満足じゃないだろうに」
「まあな、伊達にその『煉獄』をくぐり抜けちゃきてないよ」
夫人ははは、と、今度は言葉遣いに相応しい笑いをした。
「それぐらいじゃないと、…なんとかいったね、皇后様との昔の火遊びを自慢して皇帝陛下のお手討ちを食らった、お間抜けなお貴族様と一緒にいながら生き延びてるっていう鳴りものも信用できないね」
デューもその言葉に呵々大笑する。子供達はその牽制の応酬とも言うべき会話に目を丸くしている。パティが
「ね、ね、おじちゃん、そんな笑ってていいの?」
と、デューの服を引いた。それをマリネール夫人は見ていた。
「さて、あんたの目的は…バルムンクだね?」
「御明察。腐れ縁のおかげで、このガキのお手伝いだけどな」
デューはパティを前にまで押し出す。夫人はそのパティの顔をつらつらと眺めた。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「…パティ」
「びっくりするほどよく似たものだね」
夫人は目を細めた。
「あいにくと、商売目的で手に入れた物以外は、私は絶対他人に譲ったりしないんだ」
「でも、バルムンクは今必要な物なんです。あれがないと、困る人がいるんです!」
ぱてぃのは、取りあえずは夫人の神経を逆なでしないように言った。
「あの複製品じゃ御不満かえ?」
「不満があるとか、そうじゃなくて、本物じゃないと」
「お前達!」
パティの言い分を最後まで聞くような寛大なところもあらばこそ、夫人はその口を塞ぐように手をたたいた。鈴の音が激しく近付いて、いつの間にか面々は「鈴のギルド」の輩に囲まれていた。
「地下牢につれてお行き」

 当然のこと、武器も全て没収される。
「…あの祈りの剣、大枚はたいたんだぞ」
と、デューが負け惜しみのようなことを言った。
「しかし、こういう地下牢と言うのは、12のときから出たり入ったりしてるけど、慣れないな」
「おじさま、地下牢に入ったことありますの?」
ユリアがきょとん、とする。
「面白そうですわ。わたくしはじめてですの」
「…ユリア、ふつうの人はこういうところには全く縁がないんだぞ」
そういう面々をしり目にして、パティはずっと押し黙ったままだ。
「パティ、気分でも悪いのか?」
とファバルが問うと、
「…あのヒト、私を見て『びっくりすほるどよく似てる』って言った」
パティはひざ頭の間に顎を埋めながら言った。
「…だれに似ているんだろう」
「知りたいかい?」
声がして、一同はその方を見た。何かの包みを下げたマリネール夫人が立っている。
「その前に、そのお顔をよくおみせ」
顔をあげたパティを、マリネール夫人は見た。
「…ほんとにまぁ、『性悪ダリル』によく似たこと」
「ダリ、ル?」
「おや、自分の身内の名前も知らない」
夫人はほほ、と笑う。
「それはあのコも嫌われたものだわね。
 まあお聞きよ。お嬢ちゃんと私とは、まんざら赤の他人じゃないから。
 私はお嬢ちゃんのふた親のことをよく知っているよ。男親はホリン、女親はブリギッド。
 ダリルはホリンの母親の名前さ」
「…そして、姐御たちを当局に密告した張本人だ。
 マリネール、あんたがそうするように差し金したんだろっ!」
デューがやおら声を荒げて、鉄格子をおどすように揺すった。
「…『煉獄帰り』の、そう取り乱すのはらしくないよ。
 それに、誤解のないように言っておくけど、密告しようと言うのはダリル本人の意志さ。
 むしろ私はとめたんだよ」
「信じられるもんか」
「信じてくれなくてけっこう、でもほんとのことさ」
夫人は言って、包みの中から外套を取り出した。
「その、占い師のお嬢ちゃんに着せておやり、こんな底冷えするところでそんな格好では体に良くないよ」

 「ダリルと私が会ったのは、イザークはソファラのハーレムってところさ」
マリネール夫人は、ランプの芯を調節しながら、だれ聞くとでもなく語りはじめた。
「ダリルは、アグストリアの海運商の娘だったけど、商売だけで終わる身じゃないと思って、その時いた恋人までおいてけぼりにして自分から売られてきたかわった子だったよ。
 自分の名前を歴史に残すんだって、そう言っていた。
 そして、ソファラの王様に可愛がってもらって、うまれてきたのがホリンだよ」
 一同は、かえす言葉なく話を聞きながら、それでいて、なぜ夫人がこんな話を始めたのか不思議でもあった。
「その後暫くしてねぇ…イザーク王家の本家にお姫様がいるとわかって、ダリルは、そのお姫様とホリンとを一緒にさせたいと思ったらしい。運良く、オードのしるしが出てきたものだから、それを頼みにしてソファラ跡継ぎにしてもらおうとしたんだよ。
 でもねぇ、ソファラの王様は、ハーレムを作るくらいだから女癖が悪くて、売られてきた異国の商人娘の腹から出てきた子供は跡継ぎには相応しくないってねぇ…
 ダリルは、それで、今まで我慢してきたハーレム生活に我慢できなくなって、夜逃げ同然に出てきちまったのさ。私もそれに便乗させてもらったんだけどね。
 ダリルは故郷のアグストリアで、私はここで、それぞれに商売を始めた。友情ってやつなんだろうね、商売のことでいろいろ助け合ったりもしたし、お互いのところを通い会ったりした。
 ダリルは、できることなら、ホリンに、自分の商売を継いでもらいたいって言ってたよ。自分をこけにしたイザークとは、縁もゆかりもない生活をってね。
 でも、血は恐ろしいね。ホリンは生まれを隠して闘技場で戦ってばかりいる。そして、ある日闘技場に行ったきり…帰ってこなかったんだ」
夫人はふう、とため息をついた。デューには、家に帰ってこなくなった事情に察するところがあったらしく、誰にも輪から泣くような低い声でうん、と唸った。
「私もダリルに協力して、ホリンをさがしたよ。でも、時間ばっかりが過ぎて、何年か後…バーハラで何かあった少し後だと思ったよ…ダリルがうちに来て言うには、ホリンが帰ってきたって」
「そう、いちど、アグストリアの家に、ホリンは帰ってる。お前達も一緒だったけど…まあ、覚えちゃいないだろう」
デューが付け足す。
「あのコは、ホリンは帰ってきたけれど、自分が考えていたこととは全然反対のことをしていたと言ったよ…」
「全然反対のこと?」
「そう。ダリルは、ホリンはてっきり、そのまま家にいて、自分を助けてくれるのかと思っていたのさ。だけど、このままキャラバン生活を続けたいって」
「それだけじゃないよ」
デューが話をついだ。
「ダリルは、姐御のことが我慢できなかったんだ」
「そうらしいね。あのコはブリギッドのことを『海賊崩れの売女』と言ったよ。彼女のせいでホリンは戻ってこないんだって」
「…そんな…」
パティは、その話に言葉が出なかった。
「安心おし、私はそんなことないと思ってる。ホリン達は私のところにも来ている。私はその時、とくに昔を話したりしなかったけど、ほんとに似合いだったと思うよ」
意外な言葉だった。デューまでもが、あぜんとしていた。
「ダリルにとって、ホリンは、自分の叶えられなかった夢のかたまりだったんだよ。その、一番大切な物に裏切られたと、思ってしまったんだねぇ。
 私が話を聞いた時には、もう遅かった。密告をしたその足で、あのコは私のところに来た。
 ミレトスのギルドを通じて、密告の取り下げをしようとしたけれど…ダメだった」

 「私は、それでもダリルがうらやましいんだよ」
夫人はそう言った。
「家族がいるってことは、いいことだよ。それをむりやり引き剥がすなんてことは…辛いことだと思うよ…」
「?」
「…あんた達、『子供狩り』は知ってるかい?」
「それは、知ってる」
ファバルが言う。
「町で遊んでいる子供達でさえ、あれ程までに大切にしたいと思っているのに…いったい何を御考えなんだろうねぇ…当局は」
「どういう、ことなの?」
「いよいよ、バーハラが、ミレトスの商人から町の運営権を奪おうとしている。暗黒教団なんとかいうものが、小さな子供達をかどわかしているのが、あちこちで相次いでいるそうじゃないか」
「そうよ。私達はそれをとめに来ているのよ。で、そのために、バルムンクが必要なのよ。暗黒教団を根絶やしにするには、絶対」
パティが思い立ったように言う。
「…そうなんだろうね」
夫人は、突然、地下牢のカギをあけた。
「!」
「まあ、ついておいで」