「で、なんでアニキがここにいるんだよ?」
「俺? 俺は、仕事だよ。知らねぇの、ファバル?」
「いや、わかってるけど」
デューは二人の前で胸をはった。
「だろ? もう俺ぁチンケに盗賊なんてやってられねぇのさ」
「そりゃ、そうだけど」
ファバルはデューの勢いにグウと唸った。
「奥さん、コノートに残してきちゃったの? いけないなぁ、新妻おいてきぼりなんて」
パティがいうと、デューはさっきたたいた場所をこぶしの尖った部分でごりごりとやる。
「いたいいたいいたい」
「わかってること言わせるな…心配に決まってるじゃないか」
デューは最近、もとオーガヒル義賊というキャラバンのつてをたどって、骨董を扱う商売を始めた。昔とったる何とやらということか、真贋を見極める目は確かだと、このごろは固定の客もあるらしい。
「だからさ、さっさと仕事を終わりにしてとんぼ返りに帰りたいところだけど…お前らのその様子を見ていると、どうもそう言うわけにはいかなさそうだな」
口ではしぶしぶという感じだが、デューのそぶりは、当面パティたちがぶちあたってる問題について、かかわり合いになりたいという雰囲気が滲んでいる。面々は有り体にてん末を説明した。
「…マリネール夫人は、この御時世には到底無理な神器集めにある意味命をかけているとかいう話だからなぁ…いつかなにかやらかすとは聞いていたけど、まさかバルムンクが狙われるとは…」
さしものデューも顎をひねった。
「勇気あるな、あのババぁ」
「おじちゃんは、バルムンク本物見たことあるの?」
「自慢じゃないがな。ちびのシャナンがひきずるようにして持ち歩いてたのを覚えてるよ。さすがに、さやから抜いてあるのを見たことはない」
「そのバルムンクがなくなって大変なんだから。ね、おじちゃん、さがすの、手伝って」
「手伝えって、そう急にいわれても」
「おじさま、わたくしからもお願いいたします」
「…」
ユリアにまでそういわれて、デューはおもいきりかしいだ。そして、立ち直ってから、
「しょうがねぇな、とられた物は取りかえすのが盗賊の定石だわな」
と言った。
「手伝ってくれるの? おじちゃん」
「…パティ、その呼び方はイヤミか?」

 デューがひと肌脱いでくれるという話を聞いて、シャナンは、
「…迷惑をかけるな」
と頭を下げた。
「なに、仕事がなしになったぶん、礼は弾んでもらうけどな」
デューはもっともらしい顔をする。
「シャナン、しゃきっとしろよ、イザークの王子様がかたなしだぜ?」
「うむ。しかし、バルムンクはきっと私のもとに帰ってくる。そんな気がするから、私はあまり心配をしていない」
「そんなのんびりしたこと言わないでよ。バルムンクは今にでも必要なものじゃない」
鷹揚なシャナンのわきで、パティが呆れ返った声をあげる。
「もう」
デューはそう言う二人をためつすがめつした。機微を悟ったか、
「…シャナン、お前、もう尻にしかれてるのか?」
と呟いた。

 数刻後、街で一通りのうわさを聞き回ってきたらしきデューは、
「…あまりこのあたりで、マリネール夫人を逆なでするようなことはしない方がいい」
と言った。
「じゃ、マリネール夫人がバルムンクを差し出さなきゃならないようにすることはできないってこと?」
「そう。夫人のひざ元で、夫人本人のほこりが台なしになるようなことはできないだろう。
 それに、夫人は、売買目的で手に入れたもの以外は、絶対手放さないらしい」
そして、やや厳しい顔をした。
「正直、俺はあまりかかわり合いになりたくない」
シャナンは、厳しい顔のままのデューに
「…すまんな、なにか、嫌なことでも思い出したか」
と声をかけた。
「ああ、なんでもない。ちょっと昔のことさ」
「うむ」
そして、デューに、練習用の剣をひとふり差し出す。
「剣の腕はまだ確かか?」

 練兵場に、デューとシャナン、そしてパティの姿があった。
「…そういや、思い出したよ。イザークじゃ、こうやって手合わせをするのが最高のもてなしで、友情のあらわしだって」
「…戦友でもあるし、パティをここまで養ってくれたこと、一族の長として改めて礼が言いたい」
「よせよ、そういうことは。困っちまうから」
「…それに、心が乱れている時は、剣を手にするに限る」
「なんのかのいって、自分がいても立ってもいられないんじゃねぇの?」
「かもしれん!」
空気がざ、と動いた。
 パティに、盗賊をするにあたっての、最低限の自衛手段となるだけの剣を教えてくれたのはデューだ。自分の父やらラクチェの母やらセリスの父やら、当代の剣士の見本市のような中にいては、確かに剣も上達しようというものだろう。何より、シャナンが気にしていたのが、デューが使用する「太陽剣」だった。どんなりくつでそうなるのか、誰にも分からない。ただわかっているのは、それが発動することによって、戦場でも疲れを知らなくなるということだ。
「原理? 俺も分からねぇよ。気がついてたら使ってるんだから」
デューとシャナンは、楽しそうに、それぞれの剣を日に照らしながら、紙一重の遊戯を楽しんでいる。
「お前も、流星剣の秘密とか言うのを、うっかりパティあたりにしゃべったんとちがう?」
「まさか、あれは王家限定の秘中の秘だ。パティにはまだ教えられん」
「でもな、パティにもちっとはオードの血が流れてるんだぜ? 実際、あの娘のおやじさんもなかなかすごい奴だった」
「ホリンか。彼の月光剣も、結局理解できなかった。
 流星と月光、私がいながら後世に伝えられないのは実に惜しい」
「無理かねぇ、血が伝わっているって言うことは、ひょっとしたら、パティも月光剣が使えるかも知れないってことじゃんか」
シャナンは、何かを思い付いたように、手合わせを中止させようと、ひょいと後ろにすさった。
「パティ」
「なに?」
一部始終を見ていたパティは、呼ばれて、いぶかし気な表情のままシャナンに歩み寄った。
「今から手合わせをしよう。月光剣、出してみろ」
シャナンはそう言うなり、否も応もない風情で彼女に剣を渡した。パティは戸惑いがちにデューを見た。デューも、「やってみな」と言いたそうに片目をつむった。
「ねえシャナン様、ひとつ聞いていい?」
「うむ」
「バルムンクをさがすことと、月光剣と、どういう関係があるの?」
「関係? 大ありだ」
しかし、その関係の何たるかは、この時はシャナンは教えてくれず、短い返答の後、
「いくぞ」
とパティの剣をかん、と弾いた。
「ひゃ」
おそらく、シャナンは、実戦の半分も本気を出していないだろう。ラクチェと違って、目まぐるしくはあるが、シャナンが動き回って間合いをとり、自分の剣を誘い出そうとしていることは分かった。ひゅ、と時々音がする。自分の腕や首筋を、剣が紙一重の感覚でかすめてゆくのだ。
「パティ、月光剣を出してみろ」
シャナンが言う。
「そ、そんな、出せって言われて出るものじゃ」
パティは震えた声をあげた。
「出せる! 剣と、お前の内部に集中するのだ」
「え?え?」
パティは、言われるままに、閉じていた目をあけ、剣を見ようとした。が、体をかすめる剣の音に集中は途切れがちになる。いつ本当に当たるとも分からない。シャナンはこれでいても剣に関してはシビアだから、当てようと思ったら本当に当ててくる。
「パティ!」
「もう、いやっ!!」
パティは、目をつぶって、やみくもに剣を振り降ろした。
 ガキン!
 その瞬間、シャナンはわざと、降り落ちてくる剣に交差するように自分の剣を差し出したのだろう。鈍い金属音が響いた。手に伝わる衝撃と、その音に、パティはさらに肝を潰す。
「きゃっ」
が、あまり時間をおかないうちに、少し離れたところで、からん、という音がした。
「…え?」
パティの腕は痺れたままだ。剣を滑り落として呆然とする体を、シャナンが静かに抱き寄せてくれていた。
「おみごと」
と言う声がして、差し出されたものをみた。剣が半ばから折れている。
「え、これ」
「君がやったのだよ、月光剣でね」
「え?」

 パティは、それから夜まで、起きたことに呆然としていた。自分に、なぜそんな大層なものが使えるのか、不思議でたまらなかった。
 のみならず、シャナンのいい口には、その現象が自分であたかも制御できるようだったのだ。
 いわく。
「君の月光剣は、まだまだ出すのには条件が厳しすぎる」
「は?」
「必要に迫られないと出ない。自分で意識していては出ない。
 剣に振り回されているんだな」
もっともらしいいい口だった。
「なまじオードの血脈があるから、資質と技術に調和がとれていないのだ。剣技の安売りをせよと言うことではない。しかし、月光剣を出しやすくするもろもろの条件を、自分でつくりだすことを知る必要がある」
シャナンは、ほどけた緊張に眠りのふちに引き込まれそうになっているパティの髪を撫でながら言う。
「…急に、月光剣のことを言い出して、へんに思っただろう」
「…うん」
「月光剣をもっと意識して扱えるようになれば、君はそれだけバルムンクのことを分かることができる。どこにいても、バルムンクを感じることができる。オードの剣を知るものに対して、バルムンクは決して冷たくない。
それに」
「…うん」
「…君が月光剣を持ってイザークに来てくれないことには、私は国と先祖に向ける顔がない。オードの剣技を絶やしたと、悪口は言われたくないからな」
「…わたし、剣の先生なんてできないよ。ヘタだもん」
パティはその言葉に、眠気も手伝って、投げやりで頼り無い返事をした。
「そうじゃない」
シャナンは、どうも勘違いをしているらしきパティを組み伏せた。
「…もっと率直に言わないとダメなのか?」
「え?」

ふたたび、暗転。