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『源氏物語』の仮想現実
…弘徽殿大后の挑戦…

 弘徽殿女御(右大臣女・のち大后)には、古くから悪后としての定評がある。
 そのうち、主人公・光源氏や、藤壷といった、いかにも同情をかいそうな悲劇役者達への判官びいきの要素を差し引いたとしても、宇治八の宮の設定に当時東宮だった冷泉帝の廃太子問題に陰を落とすなど、『源氏物語』では裏の世界である政局を「暗躍」していたということは考えていた方が良かろう。
 そこにこのごろは、政治家として考えたときの弘徽殿女御の好意的見方も多い。

・弘徽殿の動きは、(略)まったく公的な権勢争いの場に限られており、(略)古風で威厳に満ちていたのである。
    (《人物像の変形》『源氏物語の文体と方法』所収 東京大学出版会 清水好子)
・摂関政治の時代なら、彼女は悪后どころか一族一統の繁栄を強力に押し進める理想の夫人であったはずである。
(《弘徽殿女御試論−悪のイメージをめぐって−》『国語と国文学』(昭和五十九年十一月)所収
 林田孝和)
 それだけでなく、弘徽殿女御は、作者の構築する世界の中で、強烈なまでの存在感を持って、自らがすむ世界に「突っ込み」を入れる役目をも背負わされているような気がしてならない。
 作者が構築する世界。一種の「仮想現実」(ヴァーチャル・リアリティ)である。
 弘徽殿女御を造けいし、物語に参加させていく上で、作者は彼女に何を語らせたかったのか。『源氏物語』で肯定されていることは、果たして全てが『源氏物語』での真実であるのか。
 女として、政治家として、母として。それを、桐壷更衣、光源氏、そして藤壷女院それぞれと対比させてみたい。
 
 
凡例
  • 論文は、引用のたびに出典を添える。同一人の同一論文を連続してあげる場合には、簡略してあげているカ所もある。
  • 論文の引用をするさいには、論旨の崩れがない範囲で、文脈を通す目的で( )にくくって補足をしているカ所もある。
  • 引用元にあった傍点の類いは無視している。
  • 勝手ながら、敬称は略させていただいた。
  • 引用の際には、本文と行を隔てる。原典引用は歴史的かな使いで、論文引用は出典の凡例にそう。論文に引用されない原典は、桐壺巻は『日本古典文学全集』、それ以外は『新潮日本古典集成』によった。
  • このウェブページは、表題の卒業論文をHTML化したものである。このページに記載されている事項の無断の転載は、厳にこれを自粛願うものとする。
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  • 跋文以後再提出した文については、コラムとして別掲する予定につき割愛した。