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 維紫は、金蓮と芙陽を一緒にいさせるようにして、茶店でそれぞれの用事が終わるのを待つことにした。
 そういえば、と、にぎにぎしい往来を見ながら維紫は少ない記憶を掘り起こす。
 維紫の父も、城仕えの兵卒で、平時は文官もかねていて、一日ゆっくり遊べるのはまれだった。
 そう言う休みの日、維紫たちは家族で連れ立って街に出る。大道芸を見たり、お菓子や小間物を買ってもらったり…
 だから維紫は、耀夏のように家庭がある子は、なるべく家族と一緒にいさせるか、郷里と離れているようなら会いに行くという希望を断らないようにしている。
 それでなくても、女官や女子の兵卒は、縁組で城を出てゆくことが多い。その中で彼女達は卒伯にまでなり、隊の中でも立場は重い。
 重い立場と言うことは、なかなかそこから離れることも出来ず、縁組の話も遠くなるということだ。軍の中で生きるしかない維紫はそれでもいい。しかし、幸せな縁組を、維紫が彼女たちから奪っているのだとしたらと思うと、いたたまれないときがあるのも、また確かだ。
 往来に、維紫と、その手を引く父、弟の手を取り、妹を抱く母の、楽しそうに歩く過去の自分がふと重なる。
 離れ離れになってしまった家族が、どこかで生きて、自分の名を聞いていてくれれば。
 そんなことを考えていると
「大姐!」
耀夏の声がする。その隣に、両親らしい男女の姿が合って、
「両親が大姐…いえ、維将軍にご挨拶したいと」

 「娘をこんなに立派にとりたてていただいて…」
と、耀夏の両親はともすれば床に頭を擦り付けそうな勢いで言う。突然の行動に
「あ、あの、ちょっと待ってください」
維紫はあわあわと二人を立たせ、店の奥の部屋を使わせてもらうことにした。
 中に落ち着いて、「娘が世話に…」とまたいう両親に、
「いえ、私のほうが助けられています。耀夏は立派に私を補佐してくれています。彼女のしっかりしたところがないと、私はあまり、戦以外のことがよくわからないので…」
「将軍のことは、手紙や、本人から伺っております。お一人でここまで身を立てられて…娘も、将軍のようになると、何度も」
「ありがとうございます。でも、ご迷惑ではありませんか? 軍に身を置くと、立場が重くなるほどに婚期を逃すことがあるので、ご迷惑ではないかと…」
さっき考えていたことをそれとなく口にすると、
「いやいや、その辺は」
と、父親のほうが答える。
「うちには息子も娘もほどよくおります、軍で身を立てる変り種が一人あっても
いいじゃないかと」
「もう、また私を変り種って言う!」
話が聞こえたのだろう。茶店の際の辺りで、仲間達に見えやすいところにいた耀夏が、いつの間にかにそこにいた。
「大姐はすごいんだから! 男ばっかりのところでも、がんばれば出世できるんだって、自分で証明したんだから!」
「耀夏、わかったわかった」
二人のやり取りを、維紫が面白く聞いていると、母親が、
「負けん気も人一倍なんですよ…本当に、困った子で」
と、補うように言う。たしかに、耀夏の意地はその辺の兵卒より固い。練兵でも、男の兵卒を相手に、互角の渡り合いをすることが可能なのだ。
「かえって、家族のいることがうらやましいです。私は家族とは、随分前に離れ離れで行方もわからなくて」
「大姐、そしたら、時々私の家に遊びに来てくれればいいんですよ、兄弟も一杯で、うるさいばっかりですけど」
「これ耀夏」
やっぱり、家族のやり取りは面白い。次回はいつの間にか過ぎてて、
「あれ? 大姐いない〜?」
「このお店で待ってるって、言ってたよねぇ?」
と声がした。
「あ、金蓮たちやっと帰ってきた」
耀夏がそのほうに駆け出してゆく。両親は、また深く礼をして、
「これからも、娘をよろしくお願いします」
といって、帰っていった。

「どこまでいってたのよ、金蓮」
耀夏が問い詰めるような顔をしたが、金蓮は買い求めた髪飾りをうっとりとながめて、聞いていない風だ。変わりに芙陽が
「街の小間物のお店全部回ってきたの〜」
と言う。
「だって、兵卒でも、女の子であることを忘れちゃいけないって言ったのは、大姐ですよぉ」
なるほど、その執念で探してきた髪飾りなら、金蓮の髪にもよく似合うのも納得だ。
「大姐は、そういえば、何も髪飾りつけてないですね」
「…家にいるつもりでいたものだから、忘れたの」
「私、大姐の髪好きですよ〜 飾りがなくても、つやつやで」
維紫の名誉のために言っておくが、維紫がそう言うことに全く頓着がないわけではない。城詰めしているときは、格式にあわせた装飾品はつけていなくてはいけないし、夕方の件ではちゃんと一式用意してあるのだ。もっとも、それはもらい物だが。
「でも、その結い紐、だいぶくたびれてませんかぁ?」
金蓮の目は鋭い。結い紐が使い古しのところまで見抜いた。
「じゃあ、いまから大姐の新しい結い紐と、髪飾り探そっ」
耀夏が立ち上がったところで、芙陽が
「私、それよりおなかすいた〜」
とへたりこんだ。耀夏がふう、と息をついて、
「芙陽のおなかすいたがはじまったか…」
「なら先に、何かおなかにいれようかぁ?」

 茶店の奥部屋を再び借り受けることになり、やがて出てきたほかほかの蒸籠に娘達は歓声を上げる。
「うわあ、ほかほかの肉まんだぁ」
聞き方によっては、普段彼女達が食べているのがほかほかじゃないのかと言う話になりそうだが、あいにくと、それが嘘でもないのだ。
 戦場の補給に使われる肉まんは、全く事務的に作られているので、粗悪品にあたることもある。具が偏っているのはまだかわいいほうで、中には完全に中まで蒸されていないものもある。それでも、戦場では食べなければならないし、その補給すらないときもある。
 城でもちゃんと食事はでているのだが、それでも、ふんわりほかほかの肉まんは、彼女達にはあこがれの代物なのだ。
 その肉まんを、はふはふとかぶりつきながら、
「うちの軍も〜」
と、芙陽が言う。
「ただ食べられれぱいいだけじゃなくて、おいしさを追求しないとだめだと思うんです〜」
「かもねぇ、補給がまずいと戦う気しないし…」
ただ、そうなったら、補給の作成に真っ先に借り出されるのも、また維紫隊なのだろうと思うと、維紫はその忙しさを想像して目の前が暗くなる。
「練兵しない日は、肉まん実習とかどうかしら〜」
「それいいなぁ」
「金蓮、なんだかんだいって、難しい兵法の時間減らしたいんでしょ」
「そんなことないわよぉ。奥義はばっちり押さえてるし」
「じゃ、その奥義って何?」
「三十六計逃げるにしかず!」
維紫は丁度肉まんを飲み込もうとしていたが、金蓮の言葉に笑いをこらえるのが精一杯
というところで、苦しそうにするのを三人が
「大姐!」
と一斉に見るが、維紫は大丈夫、と手で制し、ようようそれを飲み込んだ。

 改めて街に出ることになる。金蓮が、自分の髪飾りを見つけた店を覚えていて、
「あそこなら、絶対、大姐に似合うの見つかりますよぉ」
そう言って引っ張ってゆく。しかし、悲しいかな維紫は、こういうところに来ると目移りしてしまう上に、本当に似合うかどうかわからないので、品定めもままならない。
「ね、ねえ金蓮、また次にしましょうよ、私の用事をしてたら、あなた達の予定が…」
そう言っても、金蓮は維紫を解放するつもりはないようだ。
「大姐がもっと綺麗になれば、それだけでもう十分です〜」
「せめて、そのくたびれた結い紐は変えましょうよ、髪もお店で結ってもらえばいいんだしぃ。
 はい大姐、座って座って」
こうなったら、維紫も腹をすえるしかない。
 しかし、なにぶん自分の頭の上は、気にはなるが何がおこっているのか全くわからない。ああじゃないこうじゃない、三人で言い合っているが、早く終わらせてほしいと、維紫は半ば真剣に思う。
 しかし、その三人のやり取りがとまる。「しぃ」と何かを押しとどめるような
声があって、
「今の服の色なら、飾り紐に少し淡目の緑がよかろう。
 それに、そこの金の木の葉に赤珊瑚の玉をつけた飾りで、取り急ぎ不恰好に
はなるまい」

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