娘達は一様に口をつぐんだか、ややあって、金蓮が
「…すごい、ぴったり似合ってる」
と言う。声は引き続き
「いかほどになる」
と聞こえ、木簡に書かれた額が維紫に見せられ、
「出せるか?」
とそう聞かれたので、
「だ、出せます」
と、言われるままにその額を出し、そのまま奥で結いなおすことになる。
いつもの形に結った後、飾り紐と髪飾りがつけられて、出てきた維紫は、
おそらくは声の主であろう影に、
「選んでくださってありがとうございます」
と、下げた頭を上げて、そのまま動きをとめた。
「ひどいです、馬将軍」
そのあと、小間物屋の店先で動けなくなった維紫をひとしきり笑ったことも含めて、維紫は小さい声で馬超に抗議する。
「ずっと見ていらしたなら、なぜ声をかけてくださらなかったのですか」
「妙齢の女人が四人も固まって和気藹々と話をしている中にはなかなか入れるものではない」
「でも馬将軍、ちょっとご覧になっただけなのに、なぜすぐ決められたのです?」
耀夏が不思議そうに後ろから尋ねる。
「装身具に使う色は、服の主になる色と、あえて合わない色を選ぶと意外とつりあいの取れるものなのだ」
「へぇぇ」
娘達は一様に感心した。そう言う心得があるということに、金蓮の顔が一番驚いている。とまれ、こんな場所で会ったのがよほど不思議だったのだろう、
「しかし、なぜこんなところに?」
と馬超が尋ねる。
「お休みなんです〜」
芙陽が維紫の代わりに答える。
「あ、でも、おさぼりじゃないですよ、ちゃんと決まりで回ってきた、お休み当番なんです〜」
「そう仰る馬将軍は、なぜこちらに?」
維紫がそう尋ねると、
「馬の市が立つというのでな、内向きの仕事を岱に預けて帰ってきた」
「馬将軍は純然たるおさぼりですね〜」
「それを言うな」
後ろめたいとわかっているが、馬と聞いたら椅子に座った腰が落ち着かない男なのだ。
「そう言うものではないわよ、芙陽。
馬将軍のお生まれのところはよい馬が出るといいますから、見定めにいらっしゃったのでしょう?」
維紫がそう助け舟を出すと、
「そういうことだ。常によい馬を見てカンを維持しておきたいしな」
馬超は、本当は馬で急ぎたい気分なのだろうが、維紫たちにあわせているのか、今は馬から下りている。
服の色味には華やかなところはないが、日に当たっているせいか、織りでつけられた模様がはっきりと見え、錦の巾で包んだ髪も、いつもより茶味が明るく見えた。
「維紫よ」
「はい」
「そういうなりのお前は初めて見るが、なかなか悪くないものだな」」
「ありがとうございます」
「お前とわからなかったら、危うく口説くところだった」
「馬将軍…」
返答しにくいことを言う馬超に維紫が困っていると、馬超はにや、と笑って
「冗談だ。俺は豪竜胆で串刺しにはなりたくない」
と言った。
そんな間に、城門を出てしまう。
「あら」
と戸惑う維紫たちに、
「馬市はあそこだ」
馬超はすぐそこを指した。確かに、馬が並び、人があれこれと品定めをしている。
馬市に近づく前に、馬超は、維紫はじめ卒伯たちの服を眺めた。
「馬市に来る格好ではないな」
「あ、でも、」
そこで耀夏が
「馬将軍から馬の品定めのことを伺いたいので、私はこのままでも大丈夫です」
と言う。馬超が「いいのか?」という顔で維紫を見る。
「耀夏は今基礎馬術を終えて、騎兵訓練を受けているので」
「なるほど、ならば耀夏とやら、教えるからついてこい」
「はい!」
耀夏は服の裾をちょっと持ち上げて、すたすたと馬超についていってしまう。
「耀夏、嬉しそう〜」
「そりゃ、馬のことなら馬将軍に聞け、ですもん」
芙陽がほんやり言うのに、金蓮はあまり興味なさそうに言った。
「耀夏は」
馬超の馬を預けられ、少し離れたところで二人が馬の見所についてあれこれ
話ししているのを見ながら、金蓮が
「もしかしたら、馬超軍に回ったほうがいいんじゃないですかぁ」
と言った。
「それでそのままお付き合いに発展したりして〜?」
「耀夏がぁ? …でも、まあ、耀夏も、かわいくないってことないから…」
「どうかしらねぇ」
維紫が言う。
「馬将軍は、こちらにいらっしゃる前に、奥様を亡くしているのよ。耀夏にその事実を超えられるだけのものがあるかしら」
金蓮は今聞いた、と言う顔をして、
「通りで、ご本人に付け入るスキがないとおもった。お声は掛けられることはあるけれど、それ以上の話をトンときかないし」
とあきらめた顔をする。維紫は「ここだけの話よ」と釘を刺す。
「そっちのお話はまた別にして、もし耀夏がそうしたい、あるいはそのほうがいいと馬将軍が仰るなら、私は止めないつもりよ」
「でも、仲間が減るのはつまらないですよぉ」
「つまらないです〜」
「そうねぇ。でも、もしそうなったら、お祝いしてあげましょうよ」
どこにまわされても、維紫が育てて送り出した卒伯であることに間違いはない。
今まで、娘子軍が増えるたびに、それをまとめる卒伯を維紫は送り出している。その全員が、彼女の妹みたいなものだ。
やがて、品定めが終わったのか、二人が馬を一頭引き連れて帰ってくる。
「あら、どうしたのその馬は」
「どうしてもほしくて」
と耀夏が言う。
「軍馬もあるが、相性もあるだろう。ハミと鞍をつけて値切り倒してきた」
「…値切りも腕のうちですかぁ?」
「冗談を言うな、あまり吹っかけたのでな、当然の応酬だ」
馬超は言って、きょろりと辺りを見回す。
「どうされました?」
「いや、待ち合わせをしているのだが…」
といっている間に、
「遅れました馬超殿」
そう言う声がして、ゆっくりと白馬が近づいてくる。
「趙将軍!?」
卒伯達は一斉に声を上げる。
「遅いな、少し丁寧に書簡を見すぎではないか」
「これでも急ぎでないものは後回しにしてきたのですが。馬超殿も、馬岱殿が
大慌てでしたよ」
「だろうな」
馬超はしれっとした顔でそう言い、馬市を指した。
「白馬の出物はあまりないように見えたが」
「そうですか。ですがこの馬はまだ十分働きます、また後でも差し支えない
でしょう」
趙雲は一度下馬し、馬市を少し見やった。馬超は卒伯たちをちらと、と一瞥し、
「耀夏、人を乗せて走ったことはあるか」
と言った。
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