疾風の騎士、雷神の姫
第四章第三節
その頃、部屋を抜け出したイシスは、最悪の相手に捕まっていた。
ワイアット伯とユービス公、その他長老の率いる私兵であった。
外の騒ぎを聞きつけたワイアット達は直ぐ様イシスの身柄を確保しに、控え室に来た。
ところが、控え室にイシスの姿はなかった。
このまま合流されれば未来はない。
顔面蒼白となったユービスとワイアットは私兵を率いてイシスを捜索したところ、会場の外に出る直前のイシスを発見、捕捉したのである。
「は、離してください!!」
「そうは行きません、どこに行こうというのです? 今外は狼藉者の集団が屯しております、これより、ワイアット伯の封土に参り、そこで改めて式を挙げましょう」
「そうですぞ、姫。この私がお守りしましょうぞ」
慇懃無礼なワイアットの声。
しかし、イシスには信用ならない何かが含まれていた。
私をこれまで縛り付けていたものは何?
トールハンマーの責が重いのは分かっている。
けど、こんな人たちの為のトールハンマーなのかしら?
そんな思いに捕らわれたとき、ワイアットが抱きすくめる。
「きゃあっ!! な、何するのです!!」
「姫は私がお守りすると言ったでしょう。さ、私の盾の中に」
と、言いながら、身体をまさぐるワイアット。
その手からは、以前ゲイルが抱きしめたときの優しさは全く、感じられなかった。
その時、ワープのゲートが開き、そこから、ゲイルが飛び出した!!
「何しやがる!!」
マジカルグローブを突き出し、呪文を唱える。
「十二の竜王が一つ、風の竜王が率いし風の諸聖霊の御技に対し、請い願う……猛き疾風よ! 風が如く、無数に分かちて敵を討て!!」
フオォォォォォン……キュドドドドドドドド!!
『ぐわあああああああああ!!』
私兵の半数が風の散弾を受け吹っ飛ぶ。
A級攻撃魔法トルネードの変形版で、敵味方を識別し、広範囲に風の弾丸をまき散らす応用攻撃法である。
威力はC級風系攻撃魔法ウィンド並だが、この様に魔力の質が違っても広範囲に攻撃が可能である。
「ゲ、ゲイル様……」
来ることは分かっていた、魔力の知らせを受けたときから。
だけど、姿を見て、その知らせが本物であると知覚する。
セイジ用の装甲服に身を固め、風の剣とマジカルグローブを装備した、ユグドラル警察聖戦士軍団フォルセティ後継者、ゲイル・レイバック・シレジアを。
「済まない、遅くなった……迎えに来た」
イシスの方に寄ろうとするゲイルを遮るように、ユービス侯が声をあらげる。
「な、何者だ! 貴様!!」
「俺の名はゲイル。貴様達の横暴を止めに来た!!」
「何をふざけたことを! 狼藉者が何を言う!!」
「やかましい!! 黙ってろ!!」
大喝一声、魔力と共に放出する。
ユービス侯達が押された瞬間、ゲイルは、イシスの方に向かう。
「イセ……すまん、寂しがらせて……」
夢にまで身、聞いた声がここにある。
が、イシスには、最後の一歩が踏み出せなかった。
真実とは裏腹な声が出てしまう。
例え、望まぬ相手に抱きすくめられていても。
「ゲイル様……私がここにいないと、この世界は歪んでしまいます。あるべき所に私とトールハンマーがあること、それがこの世界の安定の一翼をになっておりますもの……だから、私一人のわがままは、もう通りませんわ。どうか、もう……」
ワイアット、ユービスの表情に安堵の表情が浮かぶ。
そしてゲイルに何か言おうとした瞬間、先んじてゲイルの口からイシスに向かって言葉が紡がれる。
ゲイルから放たれる、魔力を含んだ気勢に、思わず周りの時間が、制止する。
「それぐらい分かってる。何度も聞かされた。だが、俺を頼っていけないと言う法はないだろう!! それとも、俺では頼りないのか? 何も相談できないのか!? 『頼って良いですか』と言ったあの言葉は真っ赤な嘘なのか!? 俺はそんなに信用できない人間なのか!!」
「いいえ、そんな事はありません……でも、どうか、お聞き届け下さいまし。この世界を私故に歪んだと……後ろ指差されるのは私だけではありません。フリージは、魔力の均衡が乱れたことを真に憂えております……あの場でおこったことは……私にはよい夢でございました。其の夢を糧にして、私は本分に殉じます」
イシスの言葉に、激しく頭を振るゲイル。
その言葉に隠れた本心を、分からないゲイルではなかった。
「お前の言う本分は、そこの長老に操られる人形というのか。それで真にフリージの民が、この世界の人間が幸せになると言えるのか!! ……イセがそこにいないといけないと言うのならば、俺がここにいよう」
「でも、それでは、ゲイル様の世界のフォルセテイはどうなりますの?」
「俺がここにいても、向こうの世界に通うことは出来る。現に、今こうしてここにやってきた。その為に問題が生じるなら、それを回避する努力をしよう。それを考えるのならば、いくらでも、この身命を賭して協力しよう……」
イシスの瞳が揺れる。
この言葉に、乗ることが出来るのなら……。
刷り込みの力が段々と衰えてくる。
「ありがとう……ございます……でも、もう、お言葉は……ゲイル様、それ以上は……私……ここにあるすべてを捨ててしまいそうです。そんなこと、できません……私は、フリージの未来の礎になれることに誇りすら感じています……どうか……」
「捨てる必要はない……どっちも捨てる必要はないんだ……お前にはそれが出来る。二つとも全うするその力がある。その為ならば、幾重にも努力をしよう、幾重にも力になろう……それとも、その礎に、俺もなれないのか? 俺じゃあ、駄目なのか?」
ゲイルの最後の言葉に、最後の鎖が、イシスの心を縛っていた鎖が全て、砕け散る。
震える唇が、ゲイルに対して言葉を紡ぐ……。
「ゲイル様……私は……イ、イセは……イセは……ゲイル様と共に……」
その言葉で我に返ったユービス侯が素早く私兵を展開させ、壁を作る。
「ワイアット殿、イシス様を連れて早くワープポイントに!!」
「お、おう、かたじけない、ユービス侯!!」
「あ!! ま、待て!!」
ゲイルが追おうとするが、半数とはいえ、50名もの私兵に取り囲まれてはすぐに身動きがとれない。
が、そこに、ワープの杖で移動してきたコナンが現れる。
「ユービス!! お前の悪行もここまでだ!! 私兵共、下がれ!! そこのユービスはすでにグランベル国王セリス陛下から捕縛の命令がでた! 連座の罪を負いたくないなら、このコナンの指示を待て!!」
詰問状を披瀝しながら、コナンが叫ぶ。
その一言で、私兵が恐慌状態に陥り、バラバラと逃げ出すものも出てくる。
「あ、こ、こらまて!!」
「ユービス、遅いんだよ! 姉貴を使って好き勝手しようとした罪、許さない!!」
一緒になって逃げようとしたユービスに、矢の雨を放つ。
その何本かが、衣服を縫い止める。
「逃げると……今度は心臓に刺さるぜ……ゲイル、さあ、姉さんを早く!!」
「分かった!! 済まない、コナン!」
「義兄だしな……姉さんの笑顔を、早く!!」
その声を背に、駆け出すゲイル。
そして、瞬く間にイシスを引っ張りながら歩くワイアットに追いつく。
ジャンプ一番、進行方向に回り込み、行く手を遮る。
「ワイアット……イセを離して貰おう」
「何を言うか!! 貴様の様な馬の骨如きに儂の未来が……いやいや、フリージの未来が渡せるものか!!」
「語るに落ちた、って奴だな……命が惜しくば、イセを離して、ここより去れ!!」
体の周りに飽和した魔力を、オーラのように漂わせ、裂帛の気合を込めた視線でワイアットを射るゲイル。
しかし、体を震わせながらも、何とか、フリージ貴族としてのプライドで持ちこたえているワイアット。
「貴様こそどけい!! 儀式を終わらせねば儂とイシスの婚儀が……」
「させるか!!」
「ほう、では風の神器でも放ってみるか? 神器継承者なのだろう。最も、この様なところで放てば、イシスも巻き込んでしまうだろうがなあ」
いやらしい笑みを浮かべながら嘲弄するワイアット。
これではイシスを人質に取った格好である。
その言葉を聞いたゲイルが、いっそ哀れな表情でワイアットを見る。
「……お前は神器継承者の言葉の意味を勘違いしている」
「なにい?」
「神器継承者は神器を使えるだけが能じゃない。神器以下の攻撃魔法の特性を全て理解し、理論を組み替えて応用出来る者の事を言う。この様にな……」
「なんだと?」
ワイアットが慌てる。
ゲイルがワイアットに向け、マジカルグローブを構えたからだ。
しかし、紡がれる呪文はいつものではなかった。
「十二の竜王が一つ、風の竜王が率いし風の諸聖霊の御技に対し、請い願う……我が指し示し者より大気の理を断ち、生命の理から孤立させん!!」
ギュウン!!
風切り音が木霊するのと時を同じくし、ワイアットの顔色が紫色に変色する。
手に持っていた剣が滑り落ち、イシスを拘束していた腕が、イシスより離れる。
そして、喉を掻きむしり、襟元を引きちぎり、必死になって酸素を求めようとする。
しかし、その音は聞こえることがなかった。
「イセ!! こっちへ!!」
「は、はい……」
拘束を解かれて呆気にとられているイシスが、ゲイルの声で我に返る。
そして、ゲイルの元に走る。
ゲイルは、イシスを後ろに庇い、そして、呪文を解除する。
解除した途端、ワイアットが咳込み、そして、ようやく空気が体中に回る。
「…………ぐはあはぁはぁはぁはぁ…………!!」
「風系攻撃魔法エルウィンドの変形版だ。目標の周りの空気を遮断し、呼吸の出来ない状態にして、やがて、死に至らしめる……魔法の理論を理解し、特性を理解すれば、助ける者を助け、罪あるものに罰を与えることも可能だ……貴様はイセに手を出そうとし、しかも、人質のように扱った……ゆるさん、ゆるさんぞ!!!」
「う、うるさい……女なぞ、男のためにある物だ!! 儂のためにならぬ女なぞ!!」
ワイアットのその一言に、ゲイルの怒りが頂点に達する。
右手のマジカルグローブを突きつけ、左手に、魔法剣トリコロール・ブレードを構える。
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