疾風の騎士、雷神の姫

第四章第二節

 トーマス伯の、悪辣な言葉がみんなに飛ぶ。
 その言葉に、マーリンが思い当たる。

 「なるほど……それで魔法剣技が発動しないのか。ん? ちょっと待ってくださいよ。その言葉が示すなら、何ゆえイシスさんはすでにトールハンマーを継承されているのに、フリージ女公爵としてその時点で即位されなかったのですか?」
 「女公爵として即位するならば、それにふさわしい婚約者がいるであろうが! これだから下賎の者は……」

 遮るようにジュチが言う。

 「ほほう……で、あんな奴な方を婚約者に……」
 「あ、あんな奴とはなんだ!! ワイアット様はどこから見てもイシス様にふさわしい方ではないか!!」
 「もしそう考えているならば、貴方方長老連はそろいもそろって、節穴ぞろいですね」
 「な、なんだと!!」

 マーリンの言葉にトーマス伯が逆上する。
 そこに、ゲイルが割ってはいる。

 「貴様ら……猿芝居もここまでだ!」
 「猿芝居だと!! 無礼な、何物だ!!」
 「俺の名はゲイル。イセを取り戻しに来た。マーリン、あまりにしゃべりすぎだぞ」
 「おっと、これは失礼。では後はお願いしますよ、ゲイル」

 マーリンが後ろに下がりつつ、ゲイルの肩をたたく。
 ふっ、とゲイルが微笑み、そして、厳しい顔で長老連の方を睨む。

 「貴様がイシス様にまとわりついている馬の骨か!! 恐れ多くもイシス様を呼び捨てにするとは……」
 「やかましい! 権力の亡者が利いた風な口を聞くな!!」
 「なんだと!! 貴様!!」
 「貴様達の言うことは正当だろう。この世界のパワーバランスを崩すことが悪いことぐらい貴様等の言うこの悪い頭で考えても分かる。だが、貴様等はそこでミスを犯した」
 「ミスだと!! 何を言うか!!」

 ゲイルの言葉が突風となってトーマス伯の耳朶を打つ。

 「『正当な意見は公明正大に行わなければ正当な意見とは言えない』と言う言葉を知らんのか!! ならば何故、イセやイシュタル様、もしくは現在のフリージ公爵に伺いを立てずにユングウィ城からイセを運び出した!! 貴様達がフリージ公領を統治しているのではあるまい。誰が貴様達に公領の政治の権限を委託をしているのか! 元首不在の際に政道を壟断するほど、フリージ公領の政治は乱れているのか!! 誘拐の罪に問われる様な行為でなぜ無理矢理イセを連れ出した!!」
 「貴様にそのようなことを言われる筋合いはない!!」
 「その通りだとも。だが、言う筋合いのない人間に対して、運び出した正当な理由が説明できないのはどう言う了見だ!!」
 「そ、それは、警備の問題だ!! ユングウィからフリージまでイシス様の生命を狙う輩がいるという情報を……」
 「うそですね、それは」

 長老連の言葉をある人物がさえぎる。
 それは、イシスにスリープの魔法をかけた本人である、ファラフレイム継承者にしてヴェルトマー公子ユリアノスである。

 「ユ、ユリアノス様!!」
 「イシスは自分にスリープを掛けてくれと頼んだのですよ。自分でなければ彼女にスリープを掛ける事は出来ないですからね。そして、イシスの意識がないのをいいことに、貴方の手のものが連れ去ったと言うことはすでに明白です」
 「ば、ばかな!! ユリアノス様ともあろう方が……」

 ユリアノスが微笑を持って否定する。

 「僕はその情報をセリス陛下に伝え、十分に調べた結果、イシュタル様、ファバル様、そして、セレナ様を狙う刺客が全てあなた達の雇ったものだと言う事が判明しました。セリス王はこの事を知り、激怒され、僕を詰問団の代表として派遣されることを決定しました」

 そう言って、ユリアノスは詰問状をを開き、周囲に披瀝する。
 重装魔法騎士隊の中から、激しいどよめきが起きる。

 「今の会話で、あなた方が虚偽のことを申し述べているのは明白。何も知らないと思ったら大間違いです。今のような言葉がでた場合、セリス陛下は長老達の捕縛を命じられました。同調する方々も反逆罪として処断することが明記されています。フリージの誇る魔法騎士団よ、武器をおろせば罪は不問にします。今すぐここより撤退し、原隊に戻り沙汰を待つのです!」

 ユリアノスの言葉で、重装魔法騎士隊が武装をおろしていく。
 その中でトーマス伯は二、三の側近を連れ、その場から逃走していった。

 「あ、逃げた!!」

 フォルトゥナの叫び声が上がる。

 「ゲイル!! 俺はフォルトゥとアルカルドで、ユリアノスを守りつつこの部隊を抑える!! 頑張ってこい!!」

 クラウドの叫び声を背に受けつつ、ゲイル達は駆けだした。
 そして、その後ろから、バイゲリッターを待機させて城内に入ったコナンが追いつく。
 「ユリアノス!!」
 「コナン、ゲイル達は先に行きましたよ。この書面をもって追いついてください。今からワープで飛ばしますから」

 そういって、さっきの詰問状を渡す。

 「僕とコナン、ジークフリートの連名でなっていますから、コナンの名前で行使して下さい。僕はこのままゲルブリッターを統御に置きます」
 「わかった!」

 コナンが詰問使を引き継いだ。
 その頃、ゲイル達はトーマス伯が改めて引き連れてきた傭兵隊に取り囲まれていた。

 「ふ、お前達しかいなければ好都合!! ここでいなくなればイシス様も諦めがつくだろう!!」

 トーマス伯の勝ち誇った叫び。
 が、それは砂上の楼閣と化す。
 シオン以上に、張り切ったのはアルフィリアのほうだ。

 「さっきは出番がなかったんだから! ちょっと変わりなさい!!」

 その一言に手の止まったシオンをすり抜け、傭兵達に攻撃を仕掛ける。

 「どきなさい!! この雑魚達!!」

 銀の剣を一撃、また一撃。
 振るわれるごとに頽れていく傭兵達。
 戦う術を持つ者達を、一撃で殺すことは出来ても、無力化し抵抗させなくするのは相当な手練れである。
 「銀の魔女」と言われたころの彼女の強さが、これ程のものかと、改めて痛感した仮想空間の来訪者達であった。
 同じ事はセレンにも言えた。
 仮想世界では時々すっとぼけた返答で周りを当惑させた彼女、しかしひとたび戦いに出れば、流石聖戦士の血を引きしもの、と誰もが口を揃えて言うであろう。

 「……セティ・スキル・スタン・ヴァイ、エアリアル・インジビブル!」

 姿が消滅するセレン。
 マーリンが伝授したユグドラル警察秘伝の聖戦士武闘技が一つ、風使いセティの血を引くペガサスナイトが使える高速機動の術、エアリアル・インビジブルである。
 大気と、風と同化するその術にあれば、いかなる者でも目で捕えることは出来ない。
 さらに、セレンは驚くことをやってのける。

 ヒュン! ヒュン! ヒュン!

 「ぐわ!!」
 「ぎゃあ!!」
 「ぐえっ!!」

 風切り音だけして、傭兵の腕や足だけを傷つけ、命を失わないまでも無力化していく。 高速移動中に風の剣を振るい、風の刃で次々と傭兵達を無力化していく。
 その才能の非凡さに、ユグドラル警察の面々は舌を巻いた。

 「マーリン、よくあそこまで伝授したなあ」
 「凄いですよ、セレン様は。さ、負けてられません!!」

 言ってマーリンも、勇者の剣を構える。
 そして、同じように姿を消す。
 が、セレンと違うのは、その次があること。
 とある傭兵の眼前にいきなり現れ、勇者の剣を振るう。
 反射的に受け止める傭兵。
 が、それこそマーリンの思うつぼであった。

 「セティ・スキル・スタン・ヴァイ!! エアリアル・カノン!!」

 ドバアアアアアアアアアアアン!!

 『ドワアァァァァァァァァァァァァ!!』

 後ろの傭兵ごと一気に吹っ飛ばす。
 エアリアル・インビジブルで加速を付け、その時に発生した音速の壁で振動波を形成して、障害物一枚を挟んでその後方を粉砕する技、エアリアル・カノン。
 少し発生の仕方を替えるだけで、広範囲に破壊をまき散らす技となる。
 ユグドラル警察の聖戦士達を、一騎当千とたらしめる大いなる力。
 これが、聖戦士武闘技。

 「…………馬鹿な、馬鹿な…………」

 トーマス伯が蒼白な顔をする。
 それもその筈、500はいたであろう傭兵達が、たかだか10人足らずの戦士と魔導師の軍団にあっさりと破れてしまったのだ。
 無論、全員倒したわけではない。
 余りの凄まじさに士気はどん底までに低下し、逃げ散ったのが殆どなのである。
 倒したのは一割の50人ぐらいであろう。
 だが、倒し方が尋常な者でない者達に、金で契約を結んでいる傭兵達がいつまでも戦場に踏みとどまっていられようか。
 その点、正規兵を先に抑えたやり方は正しかったと言えよう。

 「さて……イセの元に案内して貰おうか……」

 ゲイルがトーマス伯に近付く。
 その時、絹を引き裂くような女性の悲鳴が上がる。

 「い、イセ!!」

 その悲鳴が耳に入った途端、ゲイルの顔に狼狽の色が走る。
 すかさず、マーリンがハンドヘルドコンピューターを使い、ゲイルがイシスに託した次元間通信ロケットの発する波長を捕え、位置を特定する。
 その情報を、ジュチのマジカルグローブに転送する。

 「位置は……特定できました、ジュチ、短距離ワープを」
 「よし来た!! 行って来い、ゲイル!! 天にいまし十二の竜王が一つ、癒しの竜王に請い願わん!! 我指し示すものを願いし地に運び給え……ワープ!!」

 シュン……!!

 姿が一瞬のうちに消えるゲイル。
 その間に、なんとか逃走を図ろうとしたトーマス伯の首と背後に、銀の剣が突きつけられる。
 シオンと、アルフィリアが背後に忍び寄っていたのである。

 「はい、ゲームセットね」
 「遅いんだよ、全く」

 二人の声に、完全に打ちのめされたトーマス伯であった。

 「マーリンさま、大丈夫でしょうか?」

 心配そうな表情でマーリンの側によるセレン。
 セレンに向かい、心配ない、と微笑むマーリン。

 「大丈夫ですよ。自分と、同じ、いや、それ以上に、責任感の強い人ですから、ゲイルはね」
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