疾風の騎士、雷神の姫
第四章第一節
夏のは明けるのが早い……夜が完全に明け切る午前6時前。
マジカルグローブの調整が終わったメル・ソープは、装備するゲイル達に向かって言った。
「ここの魔力って、かなり面倒ね……威力は通常になったけど、はっきり言って広範囲にはならなかったわ。普通A級クラスになると自然に広範囲に広がるものだけど……。それから、複合魔法、魔法剣技は使っちゃ駄目! 暴走してあなた達も危険になるわ」
「むう……攻撃力は半減ですね……」
マーリンが憮然とした声を出す。
それもその筈、マーリンの真の得意技は、魔法剣にA級攻撃魔法を上乗せして神器並の威力を計測する魔法剣技なのである。
「マーリンさんは他にも奥の手があるでしょ、それに今回はゲイルさん優先で直させて貰ったから。ゲイルさんのグローブは威力と共に、お得意の応用行使術は完璧にこなすようにしたから」
「すまない、恩に着る」
逆にゲイルは礼を言う。
ゲイルは風系攻撃魔法を、自らの思う形に変化させてしまう応用行使術を心得ていたのである。
「あとは、自分たちで、何とかしてね。一騎当千のユグドラル警察聖戦士軍団の、名に恥じないようにね……」
ふうっと意識を失い、その場に頽れるメル。
「お、おい!!」
ジュチが抱き起こすと、その呼吸はしっかりとしていた……簡単に言えば、眠りに落ちたのである。
「ひ、人騒がせな……」
「そうまで根を詰めないと出来ない仕事だったんだな……悪かった」
「そうですね……」
当代随一と認められていたメルの腕でさえ、多大な精神力と技量を要して、ここまでしかできなかった。ここの魔力の複雑怪奇さを思い知らされたものである。
様々なプレッシャーが、彼らを襲う。
「ま、やるしかないわな……それじゃ、準備を整えるか……」
そうして、午前7時半。
ジークフリートの竜騎士隊、コナンのバイゲリッターが続々揃う中、グランベル国王セリスの親書を携えた使者がやってきた。
その名は、ユリアノス。
この世界でのファラフレイム後継者で、今回イシスにスリープの魔法を掛けた人物である。
自己紹介の後、ゲイルに深々と頭を下げる。
「……今回、僕のやったことが許されるとは思えないけど、その償いだけ……させてほしい。どうだろう……」
「何を言ってる、俺のふがいなさが招いたこの事態だ。ユリアノスに罪はない。が……そう言ってくれるなら、一緒に、戦ってもらえるか?」
「分かった。けど、重ねていうけど……」
「分かってる。なるべく、この当事者以外は、傷つかないようにする……俺だって、ここに乱を起こしに来た訳じゃないからな」
握手を交わす、ゲイルとユリアノス。
そして、午前8時を過ぎたころ、間者からの知らせで、フリージ城の奥殿で、結婚の儀式が執り行われる情報が飛び込んできた。
ユリアノス、ゲイル以下10人の突入部隊が、その知らせを聞き、一声に立ち上がる。 そして、各員が乗る飛竜に、それぞれが搭乗する。
そして、フォルトゥナの飛竜、へーべにはクラウドが乗る。
「フォルトゥ、今回も戻れよ。何があるか分からないんだからな」
「今回は行くよ、クラウドさん。いい加減にして欲しい奴らの顔、見たっていいじゃない。自分で身を守ることぐらい出来るよ」
「お、おい……」
「何やってる! いくぞ!!」
「わ、分かった!! ……ええい、余り危険なこと、するなよ!」
「うん!」
こういう会話があった行く前にあったとかなかったとか。
そして、バイゲリッターを率いるコナンが、号令を掛ける。
「これより、グランベル王国詰問団はフリージ城に進撃する!! 急げや者共!!」
芝居係りな一声により、バイゲリッター並びに竜騎士団は進軍を開始した。
公式発表などの、手を打たれるまでに迅速、風の如く早き進軍で。
その頃、フリージ城では結婚の儀式の準備が着々と行われていた。
新婦の控え室では、イシスが、純白のウェディング・ドレスを身に纏い、侍女が立ち急ぎながら働くのを、虚ろな表情で見ていた。
従容として、自らの運命を受け入れる事しか考えることの出来ない、意志のない瞳。
そして、フリージのための贄になる、そんな瞳……。
が、ある時を境にして、イシスの脳裏に、違和感が広がる。
最初は微かな、が、段々と広がる違和感。
しかも、一つではなく、三つの違和感。
その違和感を、イシスは知っていた。
則ち、魔力の乱れ。
この世界では、神器継承者がそれぞれの封土にいることにより、魔力の均衡を保つ特性がある。
故に、イシスがフリージにいること自体が、大陸魔力の均衡を保っていることになるが、そこに、その均衡を崩すぐらいの魔力がフリージ城に近づくと、今のように、脳裏に違和感が広がるのである。
そして、その魔力を、イシスは知っていた。
一人は、この世界の、炎系魔法神器ファラフレイム後継者のユリアノス。
(ユリアノス様も来られたのですね……そうですわね……アーサー様、ユリア様の名代として……)
が、その後に続く二つの魔力に、驚愕する。
一つは、ユリアノスに匹敵する強大な炎の魔力。
(ユリアノス様……いえ、この世界とは違う構成の魔力……そして……炎……マーリン様!!)
その考えに思い至り、そして、必然的に、ある考えが導き出される。
かつてマーリンが現婚約者の異世界の姫、シレジア王国第一王女のセレンが暗黒教団に拉致されたときに、ゲイルと共にイシスはトールハンマーを携えて、援軍に馳せたのである。
今、その状態と逆のことが起き……そして、マーリンの魔力が感知された。
それは……。
(そんな、まさか……)
そう思った瞬間、今度は、思い描いた魔力が、イシスの脳裏に、確かに感知された!
それは風、流れるように、しなやかで、吹き飛ばすように力強く。
そして、包み込むように優しくて。
それだけの多彩な表情を見せ、そして、マーリンやユリアノス並の魔力の持ち主、そして、この世界と構成の違う魔力……。
望んでいた、けど怖かった。
これまでの自分が崩されそうで、けど、崩して欲しくて。
フリージのためにならない?
いや、あの人とならしていけるかも知れない。
恐怖と希望が入り交じったその心、けど、イシスの瞳に意志の光が輝きだす。
新たなる時を刻むため、雷帝の愛し娘は、その魔力の持ち主の名を、唇より紡ぎだす。
「……ゲイル様!!」
名前を呼び、イシスは立ち上がった。
「ど、どうなされたのですか!?」
「イ、イシス様!!」
侍女の驚きの叫びに我関せず、イシスは扉を開け、ウェディングドレスの端を持ち上げて、部屋を駆けだした……。
そのころ、詰問団は、すでにフリージ城が目に入る地点にまで近づいてきていた。
結婚の儀式が行われるとは思えないほどの、厳戒態勢をフリージ城は引いていた。
その城門付近には、すでに多数のシューターを配置し、そして、城壁にはサンダーマージを配置していた。
「竜騎士には嫌な兵種が固まっているな……」
思わず呟くジークフリート。
が、このままでは結婚の儀式が行われてしまう。
その時、援軍の一人、フィッツが申し出る。
「僕に任せてよ、今からシューターだけ壊してから戻ってくるから」
「な、なんだと!!」
「そうか、フィッツ君がいましたね。お願いします」
「うん! 任せてよ、マーリンお兄ちゃん!!」
「お、おい、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、彼なら、人的被害もなく、シューターのみを破壊してくれますから」
ジークフリート、ユリアノス達の心配をよそに、マーリンとゲイルは信頼している顔を見せる。
そして……僅か5分で、シューターは全てが使い物にならなくなっていた。
誰もが唖然としたことは、言うまでもない。
「結構多かったから、少し時間をとっちゃった。あ、シューターの人たちはもう逃げちゃったよ」
「…………」
絶句するジークフリート。
そして、バイゲリッターと竜騎士団が近寄るころには、城壁のサンダーマージも殆どが逃げ散っていた。
一人でシューター部隊を壊滅させるような戦士がいる部隊なぞ、誰も手が出したくないのが本音であろう。
が、一応、サンダーマージを率いる隊長が詰問する。
「トラキアの竜騎士団に、ユングヴィのバイゲリッター部隊が何用か!! シューターを破壊する狼藉は、ゆるさんぞ!!」
「戦争状態でもないのに、その様な配置をすることこそ、おかしいではありませんか?僕はヴェルトマー公子、ユリアノス。今回はグランベル王国国王、セリス陛下の名代として、フリージ公国長老貴族団への、グランベル王国に対する反逆罪嫌疑の詰問に参りました。城門を開け、通すのです!!」
「う、し、暫く待ってくれ……」
「そうは行きません、もし開けられないのなら、少数ですが、このまま竜騎士団に突入を命じます。返答は?」
「…………」
隊長の一人が口をつぐみ、沈思する、そこに飛来した一本の矢。
背中から矢を受け、たまらず叫ぶ。
「ぐはっ!!」
「!!」
驚いて矢の飛来した方向を見ると、長老の一人が弓兵隊を指揮し、竜騎士団の方向に向かってきていた。
「ジークフリートさん、城壁に自分達をおろしてください。あとはこちらで何とかします。このままでは竜騎士隊に損害がでます」
「分かった、後は頼む!!」
マーリンの言にジークフリートが頷き、竜騎士隊からゲイル達が降りていく。
一歩先に動いたのはシオン。
真っ先に弓兵隊に斬り込んでいく。
「よっと! まだまだだね」
余裕を見せて弓の弦を斬り飛ばしていく。
一応正規兵の服装を教えていたため、シオンは傷つけないように無力化していく。
「本当は死んだっていいんだけど、ま、助けに来て逆に首を絞めてもシャクだしね」
そして、ゲイル達が追いつくころには、弓兵隊は殆ど無力化し、今度はフリージ正規兵でも上級クラスの重装魔法騎士隊が集結していた。
その部隊の前に立つのは、長老連の中のNo.2であるトーマス伯である。
「ええい、狼藉者共が!! このフリージ城に乱入するとは寄りにもよって、不届き千万!!」
「何を言うのです。フリージの国政を専断しようと言う方が何を言うのです?」
マーリンの言葉にトーマス伯が鼻で笑う。
「何も知らぬくせに何を言う! 貴様達の話は聞いているが、この世界のことは知るまい!! あるべき所に神器がなければ、このユグドラル大陸の魔力の均衡は崩れる。そのため我々は、現在ユングウィに居られるイシス様に、フリージ公領エルデ候であらせられるワイアット閣下と婚儀を結び、正式にフリージ女公爵として即位されることにより、その均衡を保とうとしているのだ。貴様達どこの者とも知れぬ馬の骨ごときには分からんだろう。とっとと立ち去るがいい!!」
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