疾風の騎士、雷神の姫

第二章第二節

 仮想空間から戻ってきたジュチは、早速、ゲイルやマーリン、そして同期のスワンチカ後継者であるノイエと、バルムンク後継者のクラウドを呼び出し、この事を伝えた。

 「…………」

 ジュチの話を聞いたゲイルの顔面から、血の気がなくなり、蒼白となる。
 自らの職務が、これほどまで恨めしく感じたことはなかった。

 「俺がコナンから聞いた話は、ここまでだ。ゲイル……こいつは……やばいぞ」
 「言われずとも分かる……ジュチ……」

 その後が言葉にならない。
 なろうはずがない。
 このまま手を拱いていては、これまでの思い出が、出発前に過ごした一夜が、無残に踏み砕かれる。
 いや、事はそれだけではない。
 あの時代の女性は弱い存在である。
 たとえ神器継承者でも血と技術以外は用がないとばかりに周りの旧世代の遺物に良い様に扱われているのである。
 さらに求めるのは貞節、貞操。
 一夜を過ごしたことが明るみに出れば、イシスの身にどのような災いが降りかかるか想像したくもなかった。
 ゲイルの身体中から、魔力が噴出し、壮絶なプレッシャーとなって現れる。

 「…………おのれぇ!!!」

 ばきぃっ!!!
 手にしていたグラスが砕け散り、ゲイルの右手から血が流れ出す。
 セイジファイターとは言えそんなに握力のないゲイルだが、怒りの魔力は止め様がなかった。

 「落ち着くんです。ゲイル。かつて自分が、セレン様が攫われた時と同じような状態ですよ。ゲイルだけが乗り込んでもイシスさんがますます不利な状況になります。冷静になるんです」
 「む…………」

 さすがに経験者の言葉は重かった。
 マーリンの言葉に、幾分か冷静さを取り戻すゲイル。

 「まず、現在の状況を整理しましょう。幸いなことにイシスさんのご両親は、ゲイルのことを信じておられ、多分、ゲイルが思いの丈をぶつけたらそのまま見とめてくれる公算は高いでしょう」
 「マーリンの言うとおりだな。後味方は弟のコナンとセレナさんだ」
 「残りは敵かい。四面楚歌じゃねえか」

 ノイエの言葉にジュチが頷く。

 「で、その敵というのが、フリージ公爵家にトールハンマー、すなわち権力を引き戻そうと画策している長老、と言うか貴族連中か」
 「言葉にすると悪いから先に謝っておくけどよ、そいつ等から見たら、ゲイルはイシスさんに付いている悪い虫で、どことも知れない馬の骨ってことになるよな」

 辛らつなノイエの言葉に、苦虫を噛み潰した顔になるゲイル。

 「むかつくが……その通りなんだろうな」
 「……すまねえ。言葉が過ぎた」
 「いや、事実だろうな。それが」

 ユグドラルシティと違い、あの次元の聖戦世界ではやはり次元の扉と言うのは一般的とは言えない。
 神器継承者と言葉だけ向こうに言っても、誰も信じないのは目に見えていた。
 それに、貴族連中の望みは、権力を我が手に戻すこと。
 連中の息のかかった婚約者とイシスのトードの聖痕を持つ子供がフリージ家を継げば望みがかなうのならば、断固としてゲイルとの中を認めるわけがない。
 旧世代の生き残りの貴族が、権力と言う武器を手にしたい欲望の深さはユグドラル警察も熟知していた。
 そして、その欲望は時として、幾人もの犠牲を生じると言うことも……。
 だからこそ、ユグドラル警察は、内政干渉と言われようとも、孫世代が解決する分においては、一種暴走とも言えるこの五人の行動を黙認していたのである。
 次元は違えども、愛する人を守りたいと言う思いは、どの次元であっても共通のものだから。

 「今の話をまとめると、フリージ貴族連中の暴走と言えるよな。その事は、向こうのセリス王は知っているのか?」

 ゲイルの言葉に、ジュチが頭を振る。

 「まだ知らされてないかもな。さっき言ったように、あくまでもテロ事件にかこつけて短期間でもいいから動きを封じて、その間に目的を達成させるつもりらしいから」
 「……そうだ、それでは、この事を向こうのイシュタル様かファバル様、若しくはセレナさんに伝えて、向こうの方からの抗議であくまでも向こう側から解決をする方向に持っていきましょう。そして、我々が貴族達を捕縛する部隊に加わることにより、イシスさんをお守りすると言うことにすれば、我々の行動に傷害はなくなります」

 マーリンの言葉に、はたと手を打つみんな。
 このままイシスを奪還すれば、イシスだけではなく、ファバル、イシュタルに迷惑が掛かるだけではなく、下手をすればフリージとユングヴィの内乱になりかねない。
 そうなることを防ぐには、フリージやユングヴィの上に位置する期間が、今回の事件の罪を、フリージの貴族にあり、と断罪して貰うしかなかった。
 その制圧部隊の傭兵として戦うことにより、こちらの行動の自由を保障して貰うという手段であった。

 「しかし……連絡手段はあるのか? 向こうの世界ででロケットを持っているのはイセしか……」
 「そう思っていましたが、一つ忘れていました」
 「は?」

 マーリンの言葉に訝しがるゲイル。
 しかし、その疑問はすぐに氷解する。

 「全く……どうしてこう言うことを先輩に相談しないのかしら」
 『お、お、オードリー先輩!!』

 五人のいた部屋に入ってきたのは、仮想空間に先遣部隊として派遣された経験を持つ、フィン監察部長とラケシス監察部管理官の三人目の子供である、オードリーであった。
 実はオードリー、姿形がそっくりと言うこともあって、向こうの世界のセレナと親交を結んでおり、次元間通信機を装備したロケットを渡した相手は、彼女はセレナだったのである。
 
 「話は全て聞いたわ。ここから先は私に任せてもらえるかしら。責任を持ってセレナに伝え、私達が向こうの世界で暴れても罪にならないように手配するわ」
 「オードリー先輩……」
 「いい、ゲイル。セレナから聞いたけど、イシスさんはそれこそ、世界を知らないように育てられているんだから、あなたがその世界に行く扉を開かなきゃならない。そうしなければ、奪還しても意味はないわ。あくまでも、彼女自身で、あなたに付いていくような意志を取らせないと駄目。そうでないと、あなたもあの貴族連中と同じ、彼女を傀儡として操るのと同じようになってしまうわ」
 「……そう、ですね……」

 オードリーの言葉に思い当たるゲイル。
 確かに、イシスには、その当りが掛けているように思えていた。

 「大丈夫、あなたは彼女の心の鍵を開けかけている。思い切り開いてやりなさい。そして、これからの彼女の運命を、彼女自身で岐路を決めさせてやりなさい。そうすれば、貴族連中も恐慌を来すわ。なぜなら、トールハンマーとその後継者に対するカルト集団なんだから!」
 「……分かりました! このゲイル、命を賭して!!」
 「さあ、あなた達は警備に掛かりなさい。まずはこの警備を成功させることを考えて、職務を忘れず、そして、自らのことをしてのけてこそ、真のユグドラル警察なんだから」
 オードリーの言葉に、頷く五人であった……。
 そして、警備も終わりに近づく8月20日の夜。
 ゲイルは向こうの世界の天槍神器グングニル継承者のジークフリートに呼ばれていた。
 「……まさかあんな連絡方法があったとはな。全てを聞いたセレは大変驚いていたぞ。早速、イシュタル様とファバル様による連名の抗議文を提出された。そして、セリス王は直ぐ様、フリージ貴族連中を反乱分子として裁断し、その裁断の権限を……シレジア王国王妃にしてもとフリージ女公爵のティニー様に委譲した」

 ティニーの名前を聞き、ゲイルが呆然とする。

 「……母さんに……」
 「何!?」
 「俺の父はセティ、母はティニーだ」

 今度はジークフリートが呆然とする。

 「……そいつは、凄い偶然だな。そして、ティニー様が今回の総責任者として、詰問部隊を送ることとなった。部隊指揮官はユングヴィ公子のコナン。そして、この私もセレからの依託により、援軍部隊として参加することになった。我が飛竜騎士部隊が、フリージ城まで送り届けよう」
 「済まない……」
 「謝ることはない。セレの望むことは、私の望むことだ。但し、コナンの部隊も、私の部隊も城の直近までは来るが、そこからは、フリージ城を破壊しないためにも、少数の人間で行動することになる。警察の方からは何人来るんだ?」

 ジークフリートの問いに、ゲイルが答える。

 「無論俺と、マーリン、ジュチ、クラウドか……」
 「四人か……苦しくないか?」
 「私も行こうかしら。話を聞いたら、放ってもいけないし」

 まず最初に名乗りを上げたのは、別世界のシグルドとディアドラの娘である、アルフィリアであった。本来ならセリス一人と思われていたシグルドとディアドラの子は、そこの世界では、彼女もいたのである。

 「私も行く! 相変わらず運搬しかできないけど……そんな事を考える奴の顔を見てみたい!! 人を人と思わない貴族なんて最低よ!!」

 そう言ったのは、前回、マーリンの奪還作戦にも輸送部隊として参加したフォルトゥナである。
 彼女は一市民ではあるが飛竜のヘーベをペットとしており、その輸送能力はかなりの物である。

 「僕たちがいない間にそんな事になっていたとはね……僕とフィッツも参加しよう」
 「また、戦わせてくれるんでしょう? マーリンお兄ちゃんもいるしね」

 同じく、前回の作戦に参加した氷竜族の青年、アルカルドと、謎の少年のフィッツも名乗りを上げた。
 その戦闘能力は、一説ではユグドラル警察よりも上とされている。

 「……僕も行こう。近頃、腕がなまっているから……」

 そう言ったのは、セイジでありながらも、愛用の銀の剣を持つ、謎の少年のシオンである。
 纏う闘気は少し異質なものなれど、その戦闘能力はかなりの物である。

 「……みんな……」
 「いい友を持ったな。これで九人か。だが、ここからが難題だ。決して、フリージ城は破壊するなという厳命だ。詰問と称してきているのだから、当然だな」
 「むう……確かに」
 「それと、名のある貴族は殺すな。後ほど、他の旧勢力の貴族に対する見せしめとして公開処刑をするつもりでいるからな。もちろん、正規兵の中で降伏する奴も」
 「それは当然だな」
 「後もう一つ、お前達の世界の魔法は、かなり異質だから、威力が落ちる上に、魔法剣技も使えない。その当りの対策も講じてくれ」
 「……大変だな……」
 「何事も、力押しでは行かないときもある。その当りの力量も、見せてくれ」
 「分かった。やってみるさ!」

 ジークフリートの言葉に、力強く頷くゲイルであった。
 そして、話は変り、フリージ城の一室。
 すでに結婚式の前々日に迫っていたので、長老連はイシスをスリープから解除した。
 それ以前から、睡眠状態にあるイシスに、洗脳を施すように、彼らの大義であるトールハンマー継承者の役目を刷り込んでいった。
 それでも、流石に覚醒直後は、なじるような口調で長老連を問いつめたが。

 「ど、どうして、この様なことを……」
 「あなた様のためであり、フリージ公国、ひいてはこの世界のためでもあります。イシス様、あなたが訳の分からぬ馬の骨に心を奪われては、トールハンマーの管理はどのお方がなされます?」

 長老連の一番の代表であるユービス侯爵が意見を述べる。

 「そ、それは……」
 「宜しいですか、何度も申し上げたように、トールハンマーとその継承者が、フリージ公国を守護してこそ、この世界の魔力の均衡が取れ、外敵が侵入しなくなるのです。それが、トールハンマー継承者であるあなた様のお役目」
 「え、ええ……分かって……おります……」
 「それに、あなた様ももうお年頃。我々が厳選した婚約者との婚儀を迎えていただかなければ、フリージ公国全体の名折れであります。イシュタル様、ティニー様がおられない今、あなた様がこのフリージをもり立てていかなければならないのですぞ」

 だんだんと、イシスの瞳から、生気がなくなってくる。
 それは、「希望と自由」という生気か。

 (……わたくしには、役目がありました……ゲイル様……やはり、私は……)

 心の中に、これまで教え込まれた霧が再び掛かる。

 「分かり……ました……」
 「では、これで。準備が終わり次第、婚儀に望んでいただきますゆえ……」

 そう言うと、長老連は侍女を数人残して、イシスの部屋から出ていった。

 「危なかったですね。もう少し自由にされていては、我々の暗示が間に合わぬ所でしたな」
 
 長老連のNo.2であるトーマス伯がユービスに向かって言う。

 「全くだ、危うく悲願が達成できぬ所であった。我々フリージの盛名を取り戻すためには、こうでもせねばなるまい。イシュタルやティニーがもっと我々の言う事を聞いてくれればこうまで手間は掛からなかった物を……」

 呪詛のうめきを響かせ、ユービスが言う。
 もはや、元主人であったイシュタルやティニーには敬称さえ用いない。

 「全くですな。しかし、これでようやく我々の望むフリージが出来ようと言うもの」
 「うむ、さて、今度はあの馬鹿者が暴発せぬようにご機嫌を取らねばな」

 そう言うと、今度は別室に入っていく二人。

 「おお、待ちかねたぞ。イシスは目覚めたか?」
 「はい、そして、ワイアット様との婚儀を望まれました」
 「おお! 本当か!!」
 「はい。それはもう楽しみにされておりました」

 嘘も方便とばかりにまくし立てるユービス。
 実は、用意した婚約者というのは、到底、フリージの国政に役に立つような代物ではなかった。
 婚約者の名はワイアット。
 年齢は四〇代前半の髭面、痘痕面の醜悪な容貌の男性である。
 さらに言うなら、バックの富裕な財産で、金に飽かせて貴族位を買った名ばかりのジェネラルである。
 趣味は女漁りで、その道の先達である、エルトシャンを尊敬しているが、その醜悪な容貌と性格の悪さ、能力のなさで、寄ってくる女性は皆無であった。
 そこに降ってわいたようなイシスとの婚約である。舞い上がらないわけはなかった。
 当然、イシスの身体も待ち望んでいたのである。

 「で、では、早速、手を付けても良いのだな!」
 「お待ち下さい、はやってはなりませぬ」
 「し、しかしだな、イシスは待ち望んでいるのであろう。ならば別に構わぬではないのではないか!」
 「したが、婚儀の終わらぬ前になされては、何かと不都合もございます。後二日、お待ちいただければ……余りがつがつなされて、全てを失っては元も子もありませぬぞ」
 「む……そ、それもそうだな……わ、分かった」

 流石に、ワイアットといえども、今言う事を聞いて置かねば、全てを失うことを悟ったようである。

 「では、くれぐれも粗相をなさらぬように。婚儀が終われば、あなたは名実共にフリージ女公爵イシスの夫として、公爵附馬として振る舞えるのですから」
 「わ、分かった……」

 がくがくと頷くワイアットを後にして、長老連は部屋を出ていった……。
 こうして、多種多様の人の思いを飲み込んで、時間は確実に過ぎ去っていった……。
 そして、8月24日の午前〇時を迎える……。
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