疾風の騎士、雷神の姫

第二章第一節

 その数日後、ゲイルはイシスと例の仮想空間で出会っていた。
 その前に、ゲイルだけがいたときに、イシスと同じ世界のミストルティン後継者であるエルトシャンと、イシスのことで、大喧嘩をやらかしたこともあったが、それは伏せていた。
 なにせ、エルトシャンは神器のことで苦悩するイシスのことを「面倒くさい女」などと言い、ゲイルの逆鱗に触れたのである。
 ゲイルはエアリアル・スラストからフォルセティ連続攻撃まで繰り出して、エルトシャンをずたぼろにしてしまったのである……。

 いろいろと話す間に、他の次元からの常連達も姿を現す。
 とか何とかやっている間に、飛竜に乗っていたアラゴルンとフォルトゥナがを曲芸飛行することになったのだ。
 当然曲芸飛行だから、その機動は激しいものとなる。
 フォルトゥナとアラゴルンの飛竜が空中を舞うその姿は美しいものであったが、地上にいた何人かは、大変な目にあっていた。
 翼が巻き起こす風により、女性達が纏っていたスカートが次々にめくれ上がる。
 嬌声の巻き起こる辺り一帯。
 そして、イシスもそれは例外ではなかった。

 「きゃああああああああああ」

 黄色い声を上げ、スカートを押さえつけるイシス。
 が、ゲイルの網膜には、すでに焼き付いていた。
 イシスの腰の辺りを覆う、シルクの光沢が眩しい、総レースの純白のショーツが。

 「………………」

 思わず、天を仰いで首筋をとんとんと叩くゲイル。
 それぐらい、刺激的な物であったのは、想像に難くない。
 それを見たイシスが、頬を膨らませ、ゲイルをにらみつける。

 「ゲイル様……今、みました……?」
 「え、あ、い、いや…………」
 「……バカぁ……」

 顔を真っ赤に染め、俯きながら拗ねるイシス。
 慌ててイシスの元に駆け寄るゲイル。

 「あ、い、いやその、あの……」
 「もう、知りません!!」
 「あ、あう…………」

 横に頭を振り続けるイシス。
 どうすればいいか分からなかったが、ややあって、ゲイルはイシスを抱きしめる。

 「……確かに見たよ。可愛かったな」
 「!!」
 「けど、それ以上に安心した。怒って、泣いて、笑って、悲しんで、どうやら、人形でなく、人間なんだな」
 「え……」
 「最初見たとき、どーも、人形みたいな感じが拭えなかった。道具や周りに操られるマリオネット……それが、初めて見たときの印象だ。だけど、たわいでないことかも知れないけど、感情を露わに出来た。なんか、嬉しいんだよ」
 「ゲイル様……」
 「もっと見せてよ、これからも、そのいろいろな表情を」
 「え、ええ……でも、下着は、駄目ですよ……」
 「誰がんなこと言った!!」

 ひとしきり笑う、ゲイルと、イシスであった……。
 そこから、二人の仲は睦まじい物となる。
 マーリンの婚約者であるセレンが暗黒教団の手に落ちた際、イシスは一緒に討伐に向かうゲイルと共に行動し、トールハンマーを行使して勝利に貢献した。
 そして、ゲイルやマーリン達がヴェルダンで行われる各行政府首脳の会議の警護に就くときには、いろいろと愁嘆場を演じていた……。
 そして、身も心も結ばれたのは、警備に出発する前日。
 その後も何度か、ワープの杖で警備から抜け出し、イシスの世界で密会していたが、ある日を境に、一切の音信が不通になった。
 不審に思ったゲイルは、丁度、休みの時に異次元世界に休憩に行くジュチに、イシスの消息を調べてくれるように依頼したのである。
 ジュチが空間に入ったとき、ジュチと殆ど同じ顔立ちの男性が先に入っていた。

 「君は?」
 「初めまして、僕はコナン……ユグドラル警察の関係者なのかな?」
 「ああ、ユグドラル警察のジュチだ……まさか、イシスさんの?」
 「イシスは僕の姉なんだ」
 「なるほど……じゃあ、お前さんとは兄弟になるな」
 「え!? じゃ、じゃあ……」
 「俺の親父はファバル、お袋はイシュタルだ」
 「そうだったんだ……じゃあ、いろいろと話しやすいな」

 そう言うと、コナンは次のことを話し始めた。
 イシスから音信が無くなった理由……それは、イシスの世界に置ける政治闘争に巻き込まれたという重大な事態であったのである。

 「それじゃあ、最初はイシスさん自身が、スリープの杖で?」
 「そうなんだ、姉貴も不思議だよ。何度も逢ってるのも、逢うごとに寂しさが募ったと言って、ヴェルトマーのユリアノス公子に頼んで、スリープを掛けて貰ったんだ。姉貴の修行仲間だし…魔力の兼ね合いからして、公子ぐらいじゃないと掛からないからね」
 「うーむ……」

 ジュチもしかめつらしい顔をする。
 寂しいのに逆に冬眠とは、変った思考である。

 「ところが、それをフリージの長老貴族どもが知ったから大変だ。俺が不在の時になんのかのと理由を付けて、姉貴をフリージ城に運び込んでしまったんだ」
 「なに!! それじゃ誘拐じゃないか!」
 「ああ。それだけでも大問題だというのに、長老どもは、勝手に姉貴に婚約者を用意して、結婚させる予定まで立ててやがる。既成事実で周りの反論を押さえつけるのが目的だろうな。そうやって、政治の実権を握ろうとしている」
 「ええええ!! 彼女の意志は!」
 「彼奴らに取っちゃ意志なんて関係ないさ。トールハンマーとその後継者、その物を崇拝しているカルト集団みたいな所があるからな。もっと厄介なのが、潜在意識でそう教えられている姉貴だから、彼奴らが説得すれば、まず間違いなく、姉貴はそのまま随ってしまうだろうな。ここに来たのはつい最近だ。いくら離れられない人が出来たって、これまで年少時から叩き込まれたのを『大義』と持ち出されたら、姉貴も、余り自我が確立してないからなあ……」

 コナンの言葉にジュチは目眩がしそうであった。
 しかし、これが本来の聖戦士に置ける、普通の世界なのだと、今更ながらに思い知らされたのであった。

 「で、その婚約者は?」
 「まだ分からない。今のところフリージのあぶれている適当な貴族を見繕っているんじゃないのか?」
 「はあ? 適当!?」
 「奴らが欲しいのは、姉貴じゃなく、姉貴とその婿の子供なんだよ。徹底的に洗脳して傀儡に仕立て上げる。全く、ふざけた奴らだよ」
 「……お前さんの世界の親父はお袋は! こんな事になって何も動かないのかよ!」
 「動きたいのは山々さ、でも動けないんだ」

 コナンの苦渋に満ちた表情。
 ジュチも激高を収め、冷静に聞く。

 「何があったんだ?」
 「君の方でほら、ヴェルダンで首脳会議が今やってるだろ。それをうちのセリス王が聞いて、いたく興味を持ってさ、それで同じ事をね。最も、同窓会に似たようなものなんだけどね」
 「な、なんてこった……」

 まさかこっちの会議が向こうでこんな事になろうとは思わなかったジュチであった。

 「け、けど……それぐらいなら……」
 「そう思うだろう。ところが、警備上の理由、と言うか、ユングヴィ方面で父上と母上に、それと姉貴の親友のセレナ公を狙ったテロ事件が多発しているから、背後関係の調査が終わるまでヴェルダンにとどまってくれと要請があって、事実上軟禁状態にあるんだ」
 「そこまで手を……」
 「奴らは権力という甘い果実のためなら、そこまでするんだよ」
 「で、奴らの最終目的である、結婚式は?」
 「すでに通達がでていて、8月24日の正午から開催されると言うことらしい」
 「なに……!!」

 ジュチの顔面が蒼白になる。
 警備終了は8月24日の午前〇時である。
 行くことは出来ても、それまでに向こうの陰謀を暴き立て、阻止するには到底時間が足りなかった。

 「今現在で動けるのは僕一人。はっきり言って手駒が足りなさすぎる。なんとか、君たちの協力を仰ぎたいんだ! 僕だって、姉貴の人形の顔よりも、今の生き生きした顔の方を見ていたい。そっちの方が絶対幸せなんだから。ゲイルに伝えて欲しい、姉貴を、助けてやってくれ、父上や、母上もきっと、ゲイルの今回の働きが良ければ、仲をきっと認めてくれるはずだから」
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