疾風の騎士、雷神の姫
疾風の騎士、雷神の姫
第一章
マーリンが異次元世界に通うになって、しばらく経ったある日、マーリンの同僚で、風系魔法神器フォルセティ継承者であり、ユグドラル警察初のクラス、セイジファイターであるゲイルは、捜査第一課長のアーサーに呼ばれていた。
「ゲイル、お前も仮想異次元世界に行ってみたくはないか?」
「俺が、ですか?」
「そうだ。すでにセティからは推薦の返事は貰っている」
マーリンが異次元世界との交流をおおむね良好に収めているのを見た他の聖戦士達が、自分の子供達を、と話を申し入れてきたのである。
そして、様々な選考の結果、四番目までが順位が決まったのである。
マーリンの次、すなわち二番手は、ゲイルと。
「俺が、あの世界に……」
「嫌なら良いぞ、捜査第四課のノイエに譲ることになるが」
「い、いえ。行きます! 行かせてください!」
「そうか。では今から装備課に行き、次元の扉通行用のカードの発行の申請を行ってこい。まあ、最初はマスターカードでの出入りとなるがな」
「分かりました。有り難うございます!」
そして次の日、許可を受けた武装であるマジカルグローブと風の剣を携えて、ゲイルはマスターカードで次元の扉をくぐった。
そこでは、一面に広がる自然と、数棟の休憩用の建物があるだけの、平坦な世界であった。
「はあ……こんな所があったんだなあ……」
そして、人だかりのする方にマーリンを見つけたので、そっちの方に行こうとしたら、強力な魔力の波動を感じたのである。
しかも、この波動は……。
「ま、まさか、トールハンマー!!」
そのまさかである。
そして、どこからともなく響く玲瓏たる声の、呪文の詠唱と共に、周囲の魔力が帯電して、一つに集まっていく。
「トード! 遠きみおや、我その御名と御業を讃えん、嘉したまえ、我新たなる雷の主たるべきことを!
阿鼻叫喚の嵐とともに怒り来れ雷帝、あらゆる雷を集め御身が名を冠した鉄槌となし、今我こそ振りおろす!
邪なるもの滅せよ、トールハンマー!」
丁度ゲイルのいる進行方向に、トールハンマーが放たれる。
「だだ、誰だあ!!」
驚きながら身体は反射的にマジカルグローブを構え、さらに風の剣を抜き放つ。
ゲイルがセイジなのにわざわざ剣術の認可を受けたのは、魔法剣技を習得するためであった。
「天にいまし十二天の竜王が一人、風の竜王に請い願わん!! 我が身、我が力を持ってその力を現せ! トルネード!!」
ゲイルの周囲の魔力が風と化し、竜巻を起こす。
「私のトールハンマーをトルネードで止めようとは……誰かは知りませんが見くびられたものですね」
どこからかそんな声が聞こえる。
声の質は女性だが、どうも硬質的な声だ。
「とか気にしている訳じゃネエよな! セティ・スキル・スタン・ヴァイ!!」
ゲイルの武闘技発声が朗々と響き、風の剣にトルネードのエネルギーが吸い込まれる。
そして、風の剣の刀身が青鋼玉色に輝きだす。
「風の牙に宿りし疾風よ、我らが敵、滅ぼさんが為の、無敵の剣となりたまえ!! エアリアル・スラスト!!」
セティ系魔法剣技のエアリアル・スラストが成就する。
それをトールハンマーを放った相手ではなく、ゲイル自らの前に、盾になるように開放する。
その盾のようなエアリアル・スラストを貫こうとしたトールハンマーが、徐々にエネルギーを減じて、そして、丁度トールハンマーのエネルギーが消滅したと同時に、エアリアル・スラストの盾も破壊されたのであった。
「え!! そ、そんな……」
唖然とした声を上げる謎の女性。
自分に向かってくるものと思い、マジックシールドを使っていたのだが、まさか、対消滅とはいえ、トールハンマーが消滅したなど、初めてのことだったのである。
「あのなあ……何考えてるんだよ! 異世界とはいえ神器放てばここら一体がどうなるか、考えたのか!」
「…………ご、ごめんなさい…………」
あれ? と思うゲイル。
さっきの呪文を放つときとは違う、弱気な声。
どうやら、こちらが普段の声のようである。
たまらず、気勢をそがれたゲイルは、声のトーンを落とす。
「……まあ、なんだ……余り、無茶はするな、ってことだ、うん」
そして、改めてトールハンマーを放った女性の姿を見る。
金色の豊かな髪をポニーテールにして、藤色を基調とした、高級なシルクをふんだんに使ったシックなドレスを身に纏っていた。
思わず息を飲むほどの美しさである。
魅入るゲイルに構わず、女性のほうがさらに謝る。
「すいませんでした……あ、あの、あなた様のお名前は……」
「……ああ、俺か? 俺は、ユグドラル警察のゲイルという」
「ゲイル様ですか……まあ、ユグドラル警察の方でしたのね。道理でわたくし如きの呪文では弾かれると……」
「おいおい……ん? 知ってるのか、オレ達の世界のことを?」
「ええ、セレより教えていただきました。それはすばらしい組織だと」
セレことセレナは別次元のリーフとナンナの娘で、「青い竜騎士」と異名をとる程の高名な女性騎士である。
実は彼女は、先遣隊でこの仮想世界の視察に来ていた、オードリーとアルフォンスと親交を結んでいたのである。
「なるほどなあ……道理で知っているわけだ……ん? そう言えば、まだ君の名前を聞いていなかったな……」
「あ、も、申し訳ありません……わたくしはイシスと申します。フリージ家女公爵を継ぎました、まだ未熟ではありますが……」
「フリージ? 俺もその血は引いているけど……金髪とは……」
フリージのメインカラーは銀色、ゲイルの母親のティニー、叔父のアーサー、そして伯母のイシュタルに伯父のイシュトー、血脈を持つ親類は殆どが銀髪であるのだ。
「あ、これはお父様の受け継ぎなんです」
「へ? 失礼だけど、両親の名は?」
「お父様の名は、ユングヴィ公爵、ファバル。お母様の名は、公爵夫人、イシュタルです」
「へえ…………それでトールハンマーか……」
これで全て合点がいった。
同じなのだ、自分の世界と。
ゲイルの世界でも、イシュタルは生き、現在はファバルと結ばれ、ジュチとフレイアの二子をもうけているのである。
「なーるほどな。じゃあ、君と俺とは次元を越えた親戚、だな」
「え?」
「俺の父の名は、セティ。母の名は、ティニー」
「それじゃあ……ゲイル様も?」
「こんな成りだが、フォルセティの後継者だ」
「そうだったんですか……」
目を輝かせるイシス。
自己紹介の後に、二人はいろいろなことについて話していた。
しばらくして、ゲイルが問う。
「そういや、さっき何でトールハンマーなんて使ったんだ?」
「よく……分かりません……」
「はあ?」
「その……なんて言えばいいのか……セレから、『貴方も行ってみれば? そうでもしないと、貴方、フリージでは誰もそう言った人付き合いのことなんか教えもしないでしょ。今のままじゃあの嫌な長老連中に良いように扱われるだけよ』と、言われてきてみたんですけど……その、誰も知らないところに来たのが始めてで……何をしても良いのか分からず……」
口ごもるイシス。
呆れながらも、何となく分かるゲイル。
「なるほど……けどよ、流石にトールハンマーはまずかろう。ま、俺でよければ、いつでも話し相手になるさ」
「え? で、でも、迷惑じゃ、ないですか……」
「何が? 俺としちゃあ、大歓迎だから」
「でもでも、あんな事をして……」
「結局、何事もなかったから、良いんじゃないのか? それにな、せっかくセレナさんがそう言ってくれたんだし、俺をきっかけにして、他の人とも付き合い方を覚えればいいさ」
「ゲイル様……」
何故だろう、この人の声を聞く度、優しい気持ちになる。
イシスの表情が軟らかくなる。
「……わたくしの周りは、そんな言葉をかけてくれる方は皆無でした。周りの方々は口をそろえていいます。『このフリージを治めるために、トールハンマーの継承者として、ふさわしい人物になって貰わないと』と。それは、間違いなのでしょうか……」
「ある意味は正しいが、ある意味では間違ってる」
「どういう意味でしょうか……」
「神器を持つ者は、確かにふさわしい力を要求される。だがな、その神器は、誰がために使う?」
「それは……わたくしの世界では神器はパワーバランスのため、継承者と共にそれぞれ神器の継承者が治めるようになった地点を守護しなければなりません」
「けど、それは君の世界に住む、人々のためではないのか?」
「は、はい……」
そこで、ゲイルが正面からイシスを見据える。
重要な言葉を口にするときの、ゲイルの特有の癖である。
「人のために何かをするときは、その人が何を望むのか、そう言う思考が必要だろう。特に君は、フリージの守護もするのだろう、そうなれば、フリージの国政もしなきゃならない。そんな時、人の心が分からなければどうなる? オレ達の世界と違い、神器継承者や、それに連なる者はその国民も守らなきゃならないんだろ」
「は、はい……」
「それにな、神器はあくまでも道具だ。人の使うな。道具に使われるようになってはいけない。人との繋がりが神器を圧することだってある。神器は勿論大切だ。それと同じくらい大切なのが、人との繋がりだと、俺は思う。父や母を見ると、そう思えてな」
ゲイルの最後の言葉に、イシスが頷く。
「はい。母も仰っていました。『父がいなければ、今頃この世にはいなかった』と」
「……それだよ。だから、誰も一人じゃ生きていけない。支え合える誰かがいるからこそ、人は生きていける……まずは、俺から始めてみたら?」
「……ゲイル様……頼っても良いのですか?」
「ああ。こんな俺でよければ、な」
ゲイルのはにかみの微笑みに、同じように微笑みを返すイシス。
「有り難う……ございます……」
「あ、いけね。俺はもう帰らないと。すまん、またな、イシス」
「イセ、と呼んでくださいまし。お父様やお母様、セレもそう呼んでますので」
「……わかった。じゃあな、イセ」
「はい。お気をつけ下さいまし」
その日はそのまま別れた二人であった。
その直後に帰ってきたマーリンが、ゲイルに言う。
「ゲイル……随分とあの女性と話し込んでいたけど……」
「あ? さあな?」
曖昧に微笑むばかりの、ゲイルであった。
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