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その日の夕刻、魔鈴のもとに、人員振り分けの沙汰が来た。魔鈴はそれを見て、自分の予想が適中したことに、何となく安心した。ゴルゴニオは、
「なんて因果じゃ、まさか弟子を追うことになろうとは」
と嘆きを隠せない。しかし、アリアドネはけろりとして
「大丈夫ですよ」
と言った。
「どうしてじゃ、白銀聖闘士が5人も向かうなど、青銅の制裁にしては大掛かりすぎる、星矢はまだ青銅になったばかり、たすからんぞ」
ゴルゴニオがおどおど言うのを、アリアドネはふふ、と笑って
「自分の水晶玉は嘘をつかないといったのは、おばば様ですよ、安心なさってください」
と云う。
「は?」
「言ったとおりです。星矢は、これぐらいで死にはしませんよ」

魔鈴と、蜥蜴星座のミスティ、ケンタウルス星座のバベル、白鯨星座のモーゼス、猟犬星座のアステリオンの、勅命を受けた白銀聖闘士の青銅聖闘士抹殺組の5人は、日本に降り立った。
「聖衣を来て移動した方がよっぽど早いのに、わざわざ飛行機を使うなんてまどろっこしい」
と、今更になってモーゼスが呟いた。大方彼の場合、移動時間云々よりも座席の狭さに辟易したのだろう。裏の事情を読み取って、アステリオンが笑った。傍からみれば、彼等がカモフラージュしている観光客の一行そのものなのだが、それをよそ目に他の二人は、真面目にこれからどう活動しようかと言い合っていた。
「こっちに、連絡員が派遣されている。必要な情報は聞き出せるだろう」
とミスティ。
「問題はどうやってこっちを悟られずに使命を果たすか…」
「魔鈴にならペガサスの居場所ぐらいわからないか? 彼女になら奴も油断していろいろ話すと思うのだが」
とバベルが言うが、道案内と通訳の魔鈴は生憎、売店で贖った地図と、鼻の低さにずり落ちる仮面がわりのサングラスを上げながら睨めっこだった。
「魔鈴」
とミスティが促すように呼ぶと、魔鈴は振り向かず
「何?」
と聞き返す。
「連絡員の居場所わかるか?」
「それなんだけど、」
すると魔鈴は、地図を畳んで、
「考えて見れば、公務なんだから、わざわざこっちから探さなくても向こうから迎えてくれるのが筋じゃないか!」
と言った、その時である。
「遅くなりまして」
と言いながら、男が一人走って来た。
「白銀聖闘士方でございますか」
とたずねて来る。彼等は一斉に頷くと、
「私、当局と日本の青銅聖闘士とを繋ぐ任務に当たっております者でございます」
と男は一礼した。

連絡員は、宿泊先に案内しながら大雑把に、青銅聖闘士対暗黒聖闘士の筋を説明した後で、
「今は、ペガサス、アンドロメダ、キグナスの3人が、フェニックスとその率いる暗黒聖闘士との果たし合いを前にグラードの元に身を寄せている状況です。
ドラゴンは、銀河戦争で傷ついた自らと天馬星座の聖衣の修復を依頼にジャミールに向かったとか」
と付け加えた。
「…ドラゴンは、ジャミールにつく前に命を落とすだろう。
今まで同じ目的で乗り込み、帰って来た者は十中八九いないからな」
ミスティが笑う。バベルも
「後の3人も、一人いれば十分だ。
こんな大人数で来ることもなかったな」
「いやいや、いっそのこと暗黒と相打ちになってくれれば、こんな手のかかることしなくてもいいのだが」
男共は笑った。しかし魔鈴だけが顔の下半分を神妙に強ばらせていた。
「どうか、いたしましたか」
と連絡員が尋ねると、
「もし青銅が暗黒を打ち破ることになったら、星矢を私に任せてくれないか」
と魔鈴は云う。一同は魔鈴のほうを振り向いた。
「正気か、 折角6年もかけて聖闘士にした弟子を?」
とアステリオンが言うと、ミスティが
「その方がいい」
と言った。
「なまじ我らの手にかかって無残な死に様をさらすよりは、師匠のお前が引導を渡して、きれいに死なせるのもよかろう。
しかし、そんな冗談も今のうちだぞ。
事と次第によっては、その場所に居合わせた者が討つ。いいな」
魔鈴は頷く。
「で、場所はどこなの?」
と連絡員に聞けば、
「貴女ならご存じでしょう、フジという山のふもとだそうです」

翌日、一行は白銀に輝く聖衣を纏って、東京から一路西へと向かった。
「この日本という国は、観光ならば2つとないいい場所らしいが、それを俺達は景色を楽しむ余裕もないとは」
とアステリオンが溜め息をついた。それにモーゼスが返す。
「どうせすぐ終わる仕事だ、ゆっくり見ながら帰るがいいさ」
するとアステリオンさらに
「…それにしても魔鈴は、つらい役をよく自分から言い出したなぁ」
と呟く。
「俺だったら絶対言えない」
「女は神経が思っているより強いらしいぞ」
「それでもできることなら変わってやりたいよ」
すぐと、他の三人が好奇な声を上げた。
「こいつはごちそうさまなことで」
「勝手に笑ってろ!」
アステリオンはたまりかねて声を荒らげた、すると先行する魔鈴が
「無駄話もいいかげんにしな、到着だよ!」
と振り向いた。

十風穴。
例の小僧っ子どもは、とうにバトルに入ってしまったらしく、白銀達が降りた場所に人影はなかった。
「青銅はやだね、これぐらいでむきになるなんざ」
とモーゼスが言った。そしてバベルが辺りを見回し、一同に呼びかける。
「おい、こんな所に棺桶があるぜ」
「死ぬ覚悟ができているとでもいうのか」
ミスティが言う。
「馬鹿馬鹿しい」
それは一同同意見であった。しかし一瞬後に
「ん?」
とミスティは顔を上げる。
「何だ?」
回りが尋ねる。
「青銅でも暗黒でもない妙な気配が感じられるのだが…」
「気のせいじゃないか?」
皆はっきり言って、任務の内容が内容だけに意欲がなく、注意力も疎かになっていた。
魔鈴は、黙っていたが、ミスティの言う気配を彼同様に感じ取っていた。
「ごめん、少し離れる」
と男共に言って、気配の出所を訪ねて行く。
男共は、魔鈴の奇行をさして見咎めず、
「久しぶりの帰郷だ、少しは女らしく感傷的になっているらしい」
ぐらいにしか思っていなかった。

十風穴を少し離れた樹海の中に、その気配の主はいた。
子供を一人連れた、二十歳ぐらいの若い男である。
彼は、鬱蒼と折り重なった濃い緑の陰から出て来た魔鈴を、まるで予見していたかのような眼差しで見て、
「…業界きっての女猛者が、私如きに何の用です?」
と柔らかく尋ねてきた。魔鈴は聞き返す。
「…アンタの小宇宙、どうもただ者は思えない。誰なんだい?」
男はおや、と言う顔をして、また魔鈴に微笑みかけ
「もっと言葉を勉強なさい」
と言った。
「それに名乗ってほしいのなら、そちらから名乗るのが礼儀というものでしょう、違いますか?」
その一枚上手の物言いに、魔鈴は面食らって、しかし改めて礼法通りに
「お手数ですが、御名をお聞かせ願いたい。当方は白銀聖衣・鷲星座の魔鈴」
と言うと、男は
「…貴女のその可愛らしいお耳に名乗るような、大した名前は持ち合わせておりませんが、回りの皆は、私をムウと呼びます」
魔鈴は一瞬眉をしかめた。
「牡羊座の、ムウ?」
「今は専ら聖衣修復が生業です。
今日も先だって直した二体が実践に耐え得るまで回復したかを確認に来たまで」
魔鈴は、ムウの言うことも、まんざら嘘ではないのだろうと思い、
「では、今日の貴方のこと、私の胸一つに閉まっておくことにします。
私の仲間が見咎めないうちに、ここからお離れください」
と言い、踵を返そうとする。しかそこにムウが
「実を言うと」
と思わせ振りに言った。
「どうも、今戦っている青銅の坊や達に、何やらただならぬものが感じられて仕方がないのですよ。
特に魔鈴、貴女のお弟子には」
「星矢に?」
「ええ。末頼もしいじゃありませんか」
ムウは笑って、しかしすぐ改まって、
「そこで、ものは相談なのですが」
と魔鈴に近寄り、ぼそぼそと耳打ちする。魔鈴は
「ええっ?」
と戸惑った様子で
「でも」
と立ち止まっている。
「大丈夫。万事私の言うとおりにして、損はありませんよ」
ムウはさらに囁いて
「頼みましたよ」
と念を押すや、ふっと消えてしまった。

白銀がやって来て、小一時間経っただろうか。
十風穴は、どの穴からも、誰も出て来る様子がない。
「まさか本当に、全員中でくたばっちまったとかいうなよ」
とバベルが穴の一個を覗き込んだ。
「それとも俺達に気がついて出て来ないとか」
するとミスティが
「出て来ないのならこの風穴ごと潰してやるまでよ!」
と、地面に一撃をくれた。

 すぐと大地は激しく鳴動する。それを合図に、白銀一同も大きく跳躍した。その足元で風穴が音を立てて崩れて行く。
その振動は、樹海を離れようとしていたムウと貴鬼にも伝わって来た。
「やったな」
とムウは呟く。
「白銀め、力にものを言わせて、十把一からげにあの子供達を潰しては、こっちの計画が狂うではないか」
そして今までいた十風穴の方に念動波を送る。
「魔鈴、あとは貴女の良心にかけるしかありません」


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