あらすじ===異母姉妹で従姉妹。それが魔鈴と星華の関係であった。兄弟同然に育っていたのを突然わかたれて、5才にして聖域に送り込まれた魔鈴が師と仰いだのは、その出自に一癖ある白銀聖闘士・アリアリドネだった。紆余曲折を経て最強の女聖闘士にゆるされる鷲星座の聖衣を拝受した彼女が弟子としたのは、同じく日本からやってきた星矢、くしくも星華の実弟であった。
英雄とは賢き女が育てるものである。アリアドネのかげながらの支援を受けて、魔鈴はとにかく必死に、星矢を育て上げようとしていた。遠く会えない彼女のためにも。
しかし、星矢の聖衣拝受の声も近いころになって、突如起こったのが、当局の東洋人に対する不穏な見方であり、星矢の聖衣への道は、閉ざされようとしていたのだ。
てんま
一体何が悲しくて人種的突き上げを食らうのか、正直魔鈴は頭が痛かった。
「東洋生まれの聖闘士なんて、今までいくらでもいた筈なのに!」
しかし実際のところは、「異端バッシング」が一段落したところで、恐れをなして息をひそめてしまった聖域自治に対する当局への不満が再び頭をもたげて来て、当局はそのはけ口として、まだ聖闘士の世界ではマイノリティに属する東洋人に対する突き上げを食らわせることになったらしい。
「当局が問題を抱えている場合、それが見つからないように当座の矢面に立たされているだけよ」
アリアドネはそう、事態を冷静に分析する。もちろん、当局も正当な理由なしではできないことなので、表向きは
「現在、当局に造反した、あるいはしている黄金聖闘士三人の内、二人までが東洋人である。これに習い、東洋人が新たな不穏分子として、聖域の方向を惑わせないように、十分に監視する必要がある」
などと、わかったようなわからないような、とにかくこんな建前である。
「私だってそうじゃない」
と魔鈴が呟くと、
「あなたの場合は安心なさい。女子区にまで、この理屈は通らないから」
師匠アリアドネは返した。
「でも先生、そのせいで、星矢に聖衣を取らせるなって、言われてるんですよ。現に。
彼の出来はともかく、こんな屁理屈ぐらいで、今までの苦労を水の泡にはさせられません」
「…シャイナは少し跳ねっ返りだから、当局の言うことが気持ち良く聞こえるだけなのよ。
それに、自分の弟子が星矢に負けるかも知れないからってやっかんでる」
「…それだけならいいのですけれど」
魔鈴は納得ののいかなそうな返事をした。
「そんなものなのでしょうか」
「今まで練習試合に負け知らずなのでしょう?
それが星矢の実力で、そう育てたあなたの実力なのよ。自信をもちなさい。
雑音なんか、耳をふさいでしまえばいいの。貴方の6年を、無駄にしたくなかったら」
教皇は、例のバッシングには頓着しない主義なのか、それとも当局とは超然した立場にいることが身上なのか、星矢が聖衣を拝受する事に関しては何の咎めもしなかった。
星矢が天馬星座の聖衣を拝受するまでのくだりは、周知の次第であるからこの筆者の稚拙な文で敢えて再述はしない。
ただ魔鈴は、その試合が果てた後の、シャイナのいかにも悔しそうな様子にいやな予感がしていた。
案の定、その夜。
「魔鈴」
と、アリアドネが彼女を揺り起こす。
「…何ですか?」
魔鈴が瞳をしばたたかせたが、
「シャイナ達が動いているようよ」
のアリアドネの言葉に跳ね起きて、
「あの子、よっぽど悔しかったのねえ」
と呑気に言うアリアドネを尻目に、別室に駆け込む。
「星矢、起きろ!」
寝ぼけ眼の星矢に服を投げて、彼が着終わるのももどかしく、パンドーラボックスと帰国の荷を背負わせて、彼の手をつかむや、魔鈴達は市街地に通じる道まで走った。
「ま、魔鈴さん、一体何が起こったって…? 帰国は明日だって…」
と星矢が口の中でもごもご言う返しに魔鈴は
「明日になったら、お前は死体になっていたよ。
考えてみたら、あのシャイナの一党が、東洋人のお前に聖衣を奪われて、はいそうですかと手を引くはずがなかったんだよ」
と言い捨てる。しかし目の前に、何やら陰が飛び出して来て、彼女らは足止めを食った。
「…遅かったかしら」
何とシャイナ直々に二人の前に立ちはだかった。
星矢は彼女に対して、何やら気丈なことを言っているようだったが、その間に魔鈴は考えた。
「これは、星矢が練習試合じゃない実戦に役立つかを見るいいチャンスではないだろうか。
日本に帰った所で、彼にまっとうな生活が、望んでもおくれるわけじゃない。
甘いところがあったなら、次に帰って来た時にでも、鍛え直すのも一興だろう」
だから、シャイナに、
「セイヤをおとなしく引き渡してもらえる?
さすがにケンカっ早いあたしでも、お前とだけはできるだけ避けたくてね」
と言われた時、
「確かに、私もこいつのためにあんたと戦う義理はない」
魔鈴はこう返して、次いで星矢に
「というわけ。
死体にならずに日本に帰りたければ、あのひとと戦うよりなさそうよ」
それからは、筆者の駄文で雰囲気を汚さないように、
「魔鈴はそれからの様子を、崖の上から文字どおり高みの見物と決め込んだ」
としておく。
ともかく、その後に、あと一山で市街地というところにまで星矢を送って行った後で、魔鈴が緩衝地帯の家に帰ってみれば、壁のどてっ腹に大穴が開いて、部屋の中には師匠アリアドネと、哀れにも彼女によって命を失った雑兵が56人転がっていた。
「殺したくなかったけど、寝起きの不覚を穿たれて、素顔をさらしてしまったわ」
とアリアドネは呟いて、
「それより、星矢のこと、首尾は?」
と尋ねる。魔鈴が大雑把に事の次第を話すと、アリアドネは
「そう、無事に帰れたのね」
と言った。
「ええ、先生が教えてくれたお陰で。
ただ、ちょっと気になることが」
「何?」
「私、あの子に仮面のことを教えたかしらと」
魔鈴は、そこに至るまでの次第を話して
「後回しと思っていたのですよ。まさかああいう事態になるなんて、予想もしなかったから」
しかしアリアドネは、少し考えるようなそぶりをした後、あっさり
「別に追いかけてまで大急ぎで教える必要のあることじゃないから放っておきなさい。」
と言った。
「星矢はほんとうにいい子に育ったわよ。それに、仮面のことは、私たちが四角張って教えるよりは、効果的な先生がいるじゃない」
「いましたか?」
「いるのよ」
雑兵たちの死体を片付けさせながら、アリアドネは云い、また嫣然とした含み笑いを漏らした。
そして。
無論、銀河戦争のことは、聖域の存在自体にもかかわる重大事態として、聖域の中にも大々的に報道された。
「派手におっ初めよるの」
と、ゴルゴニオは、ロドリオ村より入手した外地の新聞に爪弾きをした。
「聖闘士同士の戦いでは、いつも最悪の事態は覚悟の上じゃが、こんな子供の遊びで、死人なんか出すなよ。それこそ末代までの名折れじゃて」
アリアドネも、椅子に座ったゴルゴニオの後ろから、それを覗き込んでいたが、一転目の色を変えて彼女の手から新聞をひったくった。
「うわぁ!」
ゴルゴニオは驚いて
「アリアドネ、一言言わんか! まだ読み終わっておらんというのに!」
と苦情を言うが、アリアドネの耳には聞こえない。
「こ、これ…」
アリアドネには、その紙面の写真つきの小さな記事に目が行ったのだ。
『…さて、このギャラクシアンウォーズの勝者に与えられる「黄金聖衣」なのであるが、これは、財団のサオリ・キド総帥の話によると、彼等の世界には88人の聖闘士が存在するが、その中の12人にのみ与えられるという、大変格式のあるものの一つだそうだ。
その12体の黄金聖衣は黄道12星座に模されているという。日本で初めて公開されたとき、それまで出場者が世界各地の修行地から持ち帰り、一堂に安置されていた青銅聖衣の共鳴が、まるでその風格に畏怖するように止んだという、見るからに気品と威厳と神秘に満ちた代物であるらしい。
その実体は、専用の箱に収められていて、優勝者が決まった瞬間姿を現すことになりそうだ』
写真は、その日本で公開されたときの写真で、アリアドネはそのパンドーラボックスの、内容する聖衣の星座を表したレリーフから、目が離せなかった。
「見間違えるものですか!」
そして、声高に一人ごちた。ゴルゴニオはそうやって手をわななかせているアリアドネから新聞を取り上げた。
「一体何があったと…」
人からものをひったくるような無作法に育てた覚えはないのじゃが、とぶつぶつこぼしながら、読んでいたページを開けたが、しばらくして、やっぱり、例の記事に目を止めた。
「!」
「女神は日本にいる」
それが、落ち着いたアリアドネと、彼女から13年前の、あの重大事件のあった夜のことを聞かされたゴルゴニオとの出した推察の結論だった。
「アイオロスは、何らかのきっかけで、日本人か、後になって日本に行く機会を与えられた人物かに聖衣と女神を託し生死不明になった。
聖衣はそのまま日本に保管され、女神もそこに遠くない場所で保護されているに違いない」
と。
案の定、その銀河戦争が、翌年のグレイテストエクリプスにまで連なる聖戦に繋がろうとは、だれが予想し得たか(反語)。
さて、ゴルゴニオとアリアドネは、すぐと魔鈴を呼び付け、まだ推測に過ぎないが、と言い置いた上で、彼女らの推測を話した。
「星矢は、きっと何かの縁で射手座の黄金聖衣に近づくことになる」
と、ゴルゴニオは意気揚々と言った。
しかし、魔鈴は
「そんなうまい話があるでしょうか」
と冷めている。しかしゴルゴニオは
「わしの水晶玉に嘘は写った試しがないのじゃ!」
と鼻息を荒らげた。アリアドネも
「信じてみてよ」
と言ったが、魔鈴は最後まで疑いを隠さなかった。
しかし、である、その銀河戦争たるや、予定を半分も消化しないうちに、闖入者の登場でなし崩しの結果になった。
<突然現る黒い聖闘士! 率いるフェニックスの意図は!?>
<そして黄金聖衣はどこに! 箱だけが空しく残る>
と大見出しの踊る新聞にアリアドネは怒鳴りつける。
「失くさないでよ大事なものを!」
そして、星矢たちが、我がまま城戸沙織の手駒となって、一輝と暗黒聖闘士の愉快な仲間達との死闘を水面下でこなしている頃、魔鈴に、教皇のもとまでの出頭命令が下った。
御座所には、白銀聖闘士ばかり10人ほどが集められているようだった。
シャイナの顔もある。
教皇は彼女らの目の前の壇上にたっぷりと腰を下ろして
「お前らも知っていると思うが」
と話し出す。
「先日、日本とか言う極東の小国で愚かしい事件があったことは皆も知っての通りだ。
我々には縁も縁もない小娘が、世界から青銅の小僧を集め、一儲けしようと企んだのだ。これは我々の存在意義を侮辱した許すまじき行為である。
青銅どもも、あの黄金聖衣を本物と信じ込み、勝てば得られるなどという言葉に乗ってご禁制の私闘に手を染め、あげくは死人まで出しかける始末になった。
このような、聖闘士を侮辱し、その栄えある価値を地に落とした青銅の小僧達に、私は制裁を与えねば気が済まぬ!
そして、あの馬鹿騒ぎの舞台となったコロッセオをも破壊し、聖闘士の世界を侮れば、どのような見返りを受けるか、あの小娘に思い知らさねばならぬ!」
そして、横から教皇近侍の参謀が勅命を読み上げる。
「貴殿らの任務は2つ、一にこの度の冒涜の一件の先鞭をとった青銅聖闘士の抹殺、一にグラードコロッセオなる施設の破壊、である。
人員の振り分けは、追って沙汰することになろう」
と。