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 そして時間はたって行く。阿美が
「んもう、みんなお酒よわーい、たよりなーい」
と声を上げる。甘寧のつれてきたものたちは、つぶれるなり帰るなりしてしまい、結局例の四人だけが結局卓を囲んでいる。名のある武将は、内臓も健啖、ということか。
「阿美殿が強いんですよ」
「まあ、結局、付き合ってる俺達も俺達だがな」
二人がそう言う中で、呂蒙が、阿美の手から杯を取り上げた。
「本末転倒になったな、宴はお開きだ」
「どうしてー? お酒まだあるでしょー?」
「これ以上はいかん」
「お兄ちゃんの意地悪ぅ」
「それぐらいの悪口ならいくらでも聞け、だが、ダメなものはダメだ」
「いいじゃん、おっさん」
甘寧が気楽そうに言って、阿美に別の杯を渡す。
「こっから先は依頼料で、俺はやらせてもらうぜ」
「甘将軍、話わかるぅ」
「おうよ、一度でも俺の下に付いた奴は仲間だ、阿美、飲め飲め」
「わっかりやした、兄貴ィ」
甘寧と亜美が勝手に続きを始めたのを見て、凌統が
「…呂蒙殿、いいんですか? いい加減とめないと、阿美殿、クセもってるんでしょ?」
と言う。呂蒙はしばらく唸って、
「…もう知らん」
と言った。

 結局、四人で飲むことになる。
 呂蒙と凌統は流石にちびりちびりだが、甘寧と阿美はザルにあけるように飲む。ふと阿美が、
「ふう、回った回ったぁ」
とため息をついた。
「回っちゃうと暑いよねぇ…息苦しいし」
「何だ阿美、もうしまいかよ」
「とんでもない、ただ、ちょっと苦しいから、脱ごうと思って」
阿美の言葉に、男三人がバキ、と固まる。
「ぬぬ、ぬぐって、ここでかよ、おい」
「阿美どの、さすがにここではまずいんじゃ」
「だから阿美にはすごさせるなと」
てんでんにうろたえる三人をよそに、阿美は帯とあわせをゆるめ、ぽいっと一枚脱いだ。
「あ、阿美、それだけにしておけよ」
呂蒙が言っては見るが、阿美は
「お兄ちゃんは黙ってるの」
すとん、と座り込んだ目で言い、ぽいっぽいっと取ってゆく。しまいには、一番下の衣に裳裾一枚の姿になって、それでも
「ぷはー、動くと余計に回るぅ」
と最後のあわせもすかすかに緩めた。見てられん、と言うように凌統は座の向きそのものを変え、
「バ甘寧の奴、飲ませすぎだっつの」
と毒づいた。
「全くだ… しかし凌統よ、お前は何故阿美のこのクセを知ってるんだ?」
「部隊の中で飲んだときに、知らなかったもんだから無礼講といったら、…全く、今のように景気よくやってくれましたよ」
「そうか、苦労をかけたな」
「とんでもない。
 それより、呂蒙殿」
「うむ」
「阿美殿を娶る男は、殺しても死なない上に酒豪で癖も気にしない肝っ玉じゃないと勤まらないってことになりませんかねぇ?」
「…いるのだろうか」

 酒が全身に回った阿美の肌は、どこも薄桃色に染まって、薄い衣から透けて見えそうだ。実際、一枚きりの裳裾では、脚の線が透けてしまっているのだが。
「阿美…お前、少し脱ぎすぎじゃねぇか?」
流石に甘寧も、見てしまった尋常ならざる振る舞いにそう言ってみるが、
「甘将軍なんか、いつもかっこよくもろ肌脱ぎじゃぁないですか、まだまだ」
「まだまだ、じゃない」
アレは甘寧だから許されるのだ。呂蒙の突っ込みを、阿美はさらりと聞き流す。
「いや、しかし…俺、こういうのはどうもなぁ」
甘寧は、目の前にほぼ半裸の女性がいるという事実を受け入れかねているのか、そのほうに視線をやりもしない。凌統がその背中に寄って
「遊んでいるワリにはうぶいねぇ、甘寧殿」
と茶々を入れる。
「っせぇ、素人だぞ、眺めていいもんじゃないだろうよ」
「あれぇ、甘将軍、もうおしまいですか?」
甘寧の杯がぴったりと止まったのを見て、亜美が隣までにじり寄ってくる。
「いや、まあ、確かにまだいけるけどよ… 阿美」
「うん」
「その前に、その乳しまえ、目移りして酒どころじゃねぇっつうの!」
朱に混じれば何とやらか、どこかで聞いたようないい口に、阿美は
「ええ、見えちゃってますか? 全然見えてないですよ。
 …将軍、意外と純情なんですね」
「純情とか、そう言う話を超えててだなぁ、女てな、もっとつつましくなきゃいけねぇもんだろが!」
「甘寧よ、今の阿美には何を言っても無駄だ」
呂蒙の言葉通り、阿美には、今の甘寧の小言?も馬耳東風である。
「おっさんがそうやって甘やかすから、出戻ってくるんじゃねぇのかよ」
甘寧がそう言う間にも、阿美は手酌で楽しそうに一杯、また一杯。
「阿美、聞いてんのかよ」
「あーもう、甘将軍たらぁ」

  ぽふん。

「眠ってる方もいるんですから、大声出しちゃダメですよぉ」
眉を吊り上げた甘寧の顔は、阿美にぐい、と引き寄せられ、頭ごと、阿美の
はだけた胸の間に押し込まれていた。

「阿美!!」
呂蒙の雷が盛大に落ちたのは、翌日の昼も過ぎてのことである。
「お兄ちゃん、怒鳴るとあたし頭痛いよぉ」
「自業自得だ、それより、人一人息の根とめるところだったんだぞ」
容赦の無い阿美の手力は、あともう少しで関寧を窒息させるところだったのだ。とはいえ、仔細を説明されても、阿美の答えは一つ、
「あたし、覚えてなーい」
だ。
「それよりもさぁ」
「この上まだ言うことがあるか」
「気に入ったひと、全然いなかったなぁ」
…というよりは、阿美は全然、三人以外は見ていなかった。
「お兄ちゃん、あたしやっぱり、ずっとここにいたいよ」
「そうは言うが…」
「変なことしないから、追い出そうとしないで。お願い」
「追い出すつもりでは無いのだが…」
ややあって、呂蒙は深くため息をついて、
「…もう少しだけだぞ」
と言った。

 一方。
「おい」
と、甘寧が、城の部屋で見つけた凌統に詰め寄る。
「昨日のこと、まさか、誰かにバラしちゃないだろうな?」
ややドスを聞かせてそう尋ねると、凌統は肩をすくめて
「バラすとおもうかい? 呂蒙殿の悩みが増えるだけだっつの。
 それに、今回ばっかりは、俺もあんたに少し同情したしね」
「同情?」
凌統が、茶化すでもなく、「それじゃこれから言いふらしにでも行きますか」的な言動に出ると思っていた甘寧は、毒気の抜かれた顔をした。
「お前、何か悪いものでも食ったかよ?」
「馬鹿言うなっつの」
甘寧の間抜けた質問に凌統は肩をすくめ、
「俺も前にアレを食らって…あんたのことを笑いたくても笑えないんでね」
と言った。
「お前『も』?」
甘寧が裏返った声を上げる。
 近くで、書簡の整頓をしていた燕淑が、「ぷっ」と小さくふき出した。
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