息子三人がそうであるように、その父三人も、どういう縁か…まあ、息子三人が縁と言えば縁か…仲がいい。
立太子式典という、国威を示すのにうってつけの行事と言うのに、バイロン、そしてレンスターのカルフ王は、それぞれの息子を名代として全権を委譲する旨、すでに先方には伝えてあるらしい。それに何も言わないノディオン王も、機微をわかっているのだろう。
「しかし、ご令息ご令嬢もともにと、書いてあるとは思わなかった」
馬車の中でシグルドが言う。
「ま、私が来てはいけない理由でもあるの、お兄様」
エスリンがぷう、とふくれる。
「そうじゃないが…礼儀作法が試されるぞ、覚悟してろよ」
「その言葉そっくりお兄様にお返しするわ」
「まあまあ二人とも」
馬車の中でにらみ合う二人に間に、キュアンが割って入る。
「頼むから、この狭い中で喧嘩だけはしないでくれ」
心配だなぁ。キュアンがいろいろな意味でため息をつく。シグルドの性格は今に知らないことではないが、結構エスリンは気が強いんだな、と、キュアンはまだいつ正式に自分のところに来るかもわからない彼女の意外な一面を知る。
キュアンが一言やんわりとめただけでは兄妹の口はとまるわけでもなく、やいのやいの馬車の中をにぎやかにしてくれるのを見て、
「なぁ」
乗り合わせた、レンスターからこの式に随行するよう遣わされてきた側近に思わず言う。
「クール、彼女がレンスターに来て、あの勢いが私に向かってきたとしたら、私はどうすればいい」
「親しいから出るのですよ」
と、側近が言う。
「その時が来ましたら、公女様もいよいよレンスターに慣れられたと思って、むしろ喜ばれるべきかと」
「お前も、ムーナとあれこれ喧嘩したんだろ?」
「キュアン様、喧嘩は理由があって初めてできるのですよ」
側近はそれだけ言って、
「公子様も公女様も、そこまでになされたほうがよろしいかと」
と、仲裁など慣れた様子で話に入る。
「しかしエスリンが」
「だってお兄様が」
というのを、「似たもの兄妹だなぁ」とキュアンは、少し感心すらしてみている。そして、自分が兄弟も姉妹もないのが少し残念になってくる。だからと言って、この年で弟妹を両親にねだるというわけにはいくまい。
「クール、お前の子供は、まだ王宮に上がっていなかったよな」
「…ええ」
二人をやっとなだめて、座りなおした側近は、キュアンの問いに短く答えた。
「母上はそろそろあげてよさそうなことを仰ってなかったか?」
「承っておりますが…何故今それを?」
キュアンは、少しだけ、その理由を言いたくなさそうな顔をして、
「あの二人がなぜか羨ましくなって…私にも弟の一人もいればなぁと思っただけだ」
「では、帰ったら一族に計りましょう。私の子が殿下のおめがねにかなえばいいのですが」
「お前の子供なら大歓迎さ」
キュアンはそう答えたが、この側近は、妻と喧嘩しことがあるのかどうかについては、結局何も言わなかった、とおもいとがめる。キュアンの側近の中でも、この彼は一番若く、自分が士官学校に入る直前に息子を得て、幸せのさなかなのだ。それに、その妻が、夫と事事しいことをする性格でないのも知っている。兄姉のように慕ってきた二人なのだから。
彼のような家族が作れればいいと、キュアンは漠然と、そんなことを思う。
と、その思索がエスリンの声で打ち切られた。
「お城が見えるわ!」
「ノディオン城ですね」
側近が言った。平原に、夏の日差しを照らし返して、その姿は、花嫁のように真っ白な衣装をまとった、可憐な姫君のように見えた。
立太子式典のくだくだしいことは省略する。何もかも完璧で、主役である王子エルトシャンが、まるで自分達の親友とは思えないほどに、シグルドとキュアンは二人してそう思った。
「キュアン」
「ん?」
「お前は立太子式典って、やったか?」
シグルドがたずねてくるのに、キュアンは
「いや…したはしたんだが、覚えてない。記念の絵が残っているけど…私はまだ歩けないほど小さかったらしい」
「ノディオンは、何でもしっかりやらないと気がすまない性格なのかな」
「私達と違って、エルトは超がつく優等生だからなぁ…こういう式典があってもまったくおかしくない雰囲気がある。
初めてだろう、君に負けて模擬戦闘会で2等になったのも」
そう言う話をしながら、四人はエルトの部屋で待たされている。
「アグストリア諸侯連合は、盟主であるアグスティではなく、このノディオンに魔剣ミストルティンを伝えています。
他国には量りえない事情があるのだと思われます」
キュアンの側近がそう言う。その後をエスリンが
「ね、ね、式典のときにかけられていた絵、二人ともご覧になったでしょ?」
そう言う。
「見たよ。すごい美人だった」
とキュアンが言う。するとエスリンは
「確かに、お綺麗な方だったわ」
と返し、ついとすねる顔をする。
「殿下…」
側近が苦笑いする。
「公女様は、そこではなく、あの絵の中の魔剣のことをおっしゃっておられるのではないかと」
「あ、ああ…そうか。それも見たよ。
それがどうかした? エスリン」
「…知りません」
エスリンがつん、とあさっての方を向く。
「どうせ、私はまだ、あんなに綺麗じゃありません」
当惑した顔のキュアンを、横でシグルドが笑いをかみ殺す顔で見ている。キュアンが視線で、側近に助けを求めた。側近は
「あの絵は、聖ヘズルの姫で、ノディオンに魔剣をもたらした聖女のお姿なのですよ」
と、エスリンが言いたかったことを代弁し、
「そうでしたよね、公女様」
という。エスリンは、その側近には顔を向け、
「そう、そういいたかったの。…えーと」
「クールと申します」
「ありがとうございます、クール卿。
それなのにキュアン様ったら…」
「ごめんエスリン、考え事があって、つい」
「知りません」
「クール、笑ってないで助けろ」
「何事も体験です、キュアン様」
側近はいとも冷静に、若い主君を突き放す。部屋の隅にまで行ってしまったエスリンを追いかけるようにキュアンがついてゆく。
「怒らせると怖いんだぞ、エスリンは」
シグルドがその風景を見ていった。側近も
「王妃陛下にご報告しておきましょう」
と、あたかも弟でも見るような顔でいる。と、彼はやおら向き直り、腰を追って最敬礼をする。
「お前たち、少しうるさすぎだぞ」
という声は、式典の緊張からほぐれたばかり、という雰囲気だった。
「エルト!」
二人の親友は、その声に向き直り振り返り、やがて三人団子になる。
「式典見たぞ、お前すごい!」
「お前かっこよすぎだよ!」
と、罵っているのかほめているのかわからない言葉をかけられて、エルトは
「…式典なんだから、仕方ないじゃないか」
と言った。
「あんな場所で士官学校でやってるようなバカ騒ぎができるか?」
「そりゃ、そうだけど…」
「やっぱりいつもどおりのお前だな」
まったく普段どおりの彼の様子に、シグルドとキュアンは盛大に脱力する。
「しかし、それぞれの父上が、名代にお前たちを送り出してきて、うれしくないわけでもないんだぞ」
何か気が抜けたような二人の顔を見て、やっとエルトの顔が緩む。そして、部屋の隅にいるエスリンにも声をかける。
「そこにいるのはシグルドの妹君だね? こんな遠くまで来てくれてありがとう」
「は、はい」
エスリンはにわかに立ち上がり、ぎくしゃくと二、三歩歩き、
「こ、このたびは立太子おめでとうございます、エルトシャン様。
父に代わって、兄とともに、お祝い申し上げます」
と、ようようの態で練習の成果を見せた。エルトはひざまずいたエスリンを立たせるようにその手を引き、
「シグルドと同じように、エルトと呼んでもらって結構ですよ」
そう言う。行く末が楽しみな端正な顔で、エスリンの緊張はなかなか解ける様子ではない。今度はキュアンがむくれたように
「どさくさにまぎれて口説くなよ」
という。エスリンを椅子に座らせてから
「お前じゃあるまいし」
エルトはにや、と笑う。
「出会ってその場ではい決めました、はもう俺にはできないんだよ、知ってるだろう?」
「知ってるさ。でも、エスリンに向かってあんな顔されて、黙っていられるほど俺は寛容じゃない」
「だったら、早いうちにレンスターに連れて行けばいい」
「そうしたいのは山々なんだけどねぇ」
キュアンは、本人が慰めに来てくれないことに拗ねながら、側近に相手されているエスリンを見る。
「卒業までは、無理なんだ」
「シアルフィ公に止められているのか」
「そんなところだ」
「まあ、それはともかくとしてキュアン、お前はしばらく彼女の相手をしてればいい」
エルトはにべなく言う。
「自分でこれと決めたのなら、余りないがしろにするものじゃないだろう」
キュアンは、気が進まなさそうに席を立った。彼らと話がしたいのではない。すねたエスリンの機嫌のとり方がわからないのだ。
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