長い緒論を終えた後、やっと各論に入る。
「『初めて女子に逢うの法』
…これでは、どっちが初めてなのかわからんな」
キュアンが先を何枚か黙読する。そのあと、
「うむ、ここで間違いないようだ」
と納得した声を出した。
「『初めて房事に臨む女子には、格別のおもんぱかりこそ肝要なれ。初回にて傷つくは、後々禍根ともなるべし、よくよく心にとどめて、よき器の割れぬがごとく扱うがよし』」
「ま、またよくわからねぇ言い回しが」
ベオウルフがまた頭を抱えるのを、キュアンがかいつまんで言い直す。
「最初にトラブルがあると、後々まで引きずることもあるから、そうだな、グラスでも扱うようにしろと」
「グラスのように、か。簡単そうで、難しいっスね」
「難しいな」
キュアンとレックスは、そのことも納得したようでうなずきあっている。しかしアゼルは首をかしげて
「どう難しい?」
と言う。それにベオウルフが、
「『最初の男』になるってのは、また特別なことなんでさ、それこそ、まっさらな自分専用のグラスを手に持って、そいつに何入れて飲むか考えるようなもんで」
そんな風に答えた。その言いようは、彼もそのクチらしいにおいを漂わせている。
「そうなんだ。僕は残念だけど、彼女の初めてじゃないからよくわからないけど」
「まあ、そういうこともありまさ」
「壊れ物みたいに扱えって、どうすればいいんだろう」
「うむ、まあ、ぎりぎりの説明をすると」
キュアンが
「初めての女性は、初体験の際難儀をすることがある。考えてみようアゼル君、ナイフが紙に穴を開けるようなものだ。穴をあけられた紙にとっては、たまったものではないだろう」
「はぁ」
「『経験なき女子ははじめは痛みより他になきものと思うべし、いたずらに工夫をこらすも悪ろし、おしなべての形にて、教うがごとく終えるべし』
だから、あれこれと言った技も必要ない、基本の形で、教えるつもりで済ませろと」
「そうか、初めてのコは痛いだけから基本の形が一番だってことなんだね。
でも、基本の形って何?」
「それは」
すでに経験者であるはずのアゼルの問いに、百戦錬磨の三人は固まった。
「お前、わかんないの?」
「予想はつくけど、それが普通かなんて、僕はわからないよ。初心者なんだから」
「では仕方ない」
キュアンは小さくため息をついて、
「レックス、ベオウルフ、その基本の形の見本になってもらえまいか」
「ええ?」
二人はあまりの注文に飛びすさる。片やもうじき子持ちの身、片や年齢不詳ではあるが経験だけはありそうな傭兵、正直、二人がそういう形を取るのは…
二人はお互いをみて
「へへっ」
とひきつった苦笑いをした。
「キュアン様、相手がアゼルだっていうなら俺も考えますけど、…冗談でしょ?」
「俺も、…まあ、できれば」
「それは出来ない」
「そ、そりゃねぇよ」
「確かに、アゼル君やフィンが混ざれば見栄えはいいだろうが、それでは二人の学習にもならないし、第一洒落にならない」
「俺らなら洒落なんスか」
「うむ」
キュアンは深くうなずいて、アゼルのチェス駒を一度全部袋の中に入れなおした。
「二人とも、中から任意の一つを取るように、探るなよ」
渋々二人が手を入れる。
「ポーンとタワーか。これも運命と思って、レックス、女性を演じてもらおうか」
「うぐぅ」
かくして、おぞましい見本がここに出来上がる。その詳しい様子は筆に堪えない。しかしアゼルはそれを見て納得したようだ。
「ああ、やっぱりこれかぁ」
と言った。
「どうだねレックス君、姫と同じ立場の気分は?」
「確かに、これじゃ灯りは嫌がりますわ」
さすがのフィンも、今ばかりは気絶のタイミングを失ったのだろう、複雑な顔で二人を見ている。それをベオウルフが仰いで
「もちろん、これではい終わりじゃねぇぞ、今は形だけだからな」
「ベオウルフ、実演まではしなくてよろしい、この創作がサーバーを変える必要が出てくる」
キュアンはそれを見咎めて、アゼルに向き直る。
「少しアゼル君のほうに話を向けようか。君がいつもこの基本の型だというなら、ここにその他の形が出ている、図だけでも見るといい」
原本をアゼルに預けて、そして二人には形を解くように指示する。
「形については、逆にお前はこれだけ覚えていればいい」
そしてフィンに言った。
「その前にお前は、理解しなければいけないことがある」
「はぁ」
「ノリと勢いで上手くいくなら話は早い。だが実際には、あの形に至るまでには手順が必要だということだ」
「手順ですか」
「教練前の準備運動みたいなものだ」
前にもこんなことをやったな、と、キュアンはそんな思い出しげんなり顔をしながら、手元にある医学書を引き寄せる。件の原本は、すでにレックスとアゼルのおもちゃになっていて、
「へぇぇ、こんな形があるんだ」
「生まれた後で試してみるかなぁ」
等等、すでに心この部屋にあらずである。
「やっぱ少年には、まだ武張った説明のほうが通りがいいんかね」
ベオウルフは、すでにあれには興味なさそうに、こちらの話を聞く姿勢のようだった。
「ベオウルフは、あの本はもういいのか」
とキュアンが聞くと、ベオウルフは
「あの坊ちゃん達も、街で行くところに行けば全部教えてもらえるコトばかりで」
そう言った。
「なるほど」
キュアンはこれを笑んで受けて、医学書をフィンの前に置いた。
「かの姫もまだ夜のことにはとんと知識がないだろうと思う。…エスリンが変なことを吹き込んでいなければな。
それこそ、小手先はいらん、勘所をつかんで離すな。
勘所には二種類ある。心の勘所と体の勘所だ。この二種類、特に心の勘所がお前に味方すれば、雰囲気という香辛料で多少はかの姫の心象もいいだろう。そればかりは俺にはわからん。生真面目なりに考えるんだな」
「はぁ」
「次に体の勘所だが」
医学書の図面で、勘所を説明する。
「お前は記憶力は悪くはないハズだから、彼女の体と重ねれば、どういうところか自然とわかるだろう」
「…はい」
「それでだ」
キュアンがにんまりとする。
「あまり彼女がつらそうなら、彼女にも血脈のしるしがあるだろう。そのあたりを撫でてあげれば、多少は落ち着くはずだ。場所の詮索まではせんがな」
「わかりました」
とフィンが意外に素直な返答を返すのは、その場所だけは覚えているからなのかもしれない。
「で、いざ基本の形をとったら」
ああしてこうしてこうなるだろうからこうして、と、肝心の説明があり、
「先だっての失敗は数えないことにして、今度こそがお前の『初陣』だ。上手くいけばいいな」
最後にキュアンはにやっと笑った。それにややたじろぎながら、フィンも慣性で
「…は、はい」
と返事をする。
「俺が説明できるのはここまでだ、後のことはベオウルフにでも聞けばいい。経験は豊富そうだからな」
今度はベオウルフが、
「え、俺に丸投げはあんまりじゃ」
と声を上げた。
「我が妻はあまり普通からはみ出たことは好まないのでね」
キュアンは言うが、おそらくは、むしろ自分が教えて行くよりはベオウルフに吹き込まれたほうが面白そうだという親心と打算が働いているのかもしれない。
「しょうがねぇですねぇ、主筋からのご命令じゃあ」
ベオウルフは後ろ頭をかきやって、
「それっから先はなんとかしますわ」
「よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
フィンにも頭を下げられて、ベオウルフはぽかんとする。
「おまえ、今の立場わかってるのか?」
「わかりませんが、何かを教えてくださるなら私の師と思うようにしているので」
「師匠か、よく言った」
フィンの返答に、ベオウルフはエクボが出来るほどのにやり顔をして、
「じゃあ、師匠として命令だ、まずよーく自分を磨けな」
「はい」
「ほれ、戦でも言うだろう、『敵を知るにはまず自分から』っていってな」
そういう説明を、まったく素の顔で聞いているフィンを見て、キュアンの肩は笑いで震えが止まらなかった。
|