その日は、私がなじんでいるアグストリアの暦の上ではもう花が咲き乱れてもいいころなのに、まだ、空からは、花びらの代わりに雪がちらつく、そんな寒い日だった。
昼日中、彼が私を呼ぶ。私が彼の元に近づくと、その顔は真っ青だ。
「どうかしたの?」
「え?」
「顔が真っ青よ、風邪でも引いた?」
「いえ、そんなことはありません。
それよりも王女」
キュアン様が、私に御用らしい。彼の真っ青な顔が、それがいつものような軽い雰囲気のものではないことからきているのに、やっと気がついた。
通された部屋は、シグルド様が執務室になさっているお部屋だった。シグルド様のご機嫌は…このごろまぎれることも多少はおありになっていたのか、お笑いになることもあったらしいけど、今はそんなご様子などぜんぜん見られなくて…キュアンさまも、がっくりとうなだけて、それをエスリンさまがなだめていらっしゃる。軽く膝を折って礼をしてから
「御用ですか?」
と尋ねると、エスリン様が促されるようなお顔をなさる。キュアン様が顔を上げられて、
「ああ…すぐ来てくれたんだね、ありがとう。
座って…すこしつらい話が続くけど、大丈夫かな」
「つらいお話、ですか」
「ああ。でも、話しておかなければならない、大切なことなんだ」
キュアン様は大儀そうに仰って、お手元の手紙を寄せられた。受け取った彼から渡される。
「父上からの書状だ。君に読んでもらいたいことが少しならず書いてある」
「よろしいのですか? 私が知ったらいけないことがあるのでは」
「大丈夫、君に知らせるように書かれてある手紙だから」
そう仰るので、私は手紙を一度押し頂いてからそれを開く。読み進むうちに、私のどこかが揺さぶられているような感覚がした。
「お姉様が…?」
「そうだ」
キュアン様は、もう何事にもお答えされるのが億劫そうでいらっしゃる。私もしばらく、言葉を失った。
お姉様が亡くなられた。遠からず、そんな予感はしていたけど、まさかこんなに早くだなんて。
<惜しいことをしたと思う。お前にと考えていたが、ノディオンのたってのたのみとあっては断れなかった。王女にはよくよく因果を含め、お預かりしているアレス王子については、私がこの手紙をしたためている現在においては、何も異状のないことを伝えてほしい>
カルフ陛下のご筆跡は、キュアン様によく似ていらして、しっかりとした信念を感じさせた。私は手紙をお返しする。キュアン様のご様子は、少なからず、そのことが原因でもありそうだった。
「手紙は、もういいのかな?」
「はい。必要なことは承ったとおもいます。お話は…それだけですか」
と尋ねてみると、キュアン様は、「いや」とかぶりを振られた。そして、彼をちらりと見て、一息つかれて、
「よんどころなくして、レンスターに一度戻ることになりそうだ」
「まぁ」
私はつい声を上げてしまう。キュアン様のお声が、そこだけ急におどけられる。
「出来の悪い一人息子を持って、父上もさぞかし肩身がお狭かろう」
でも、その軽いお言葉もご様子も、わざとつくられたものであることは、私にもよく分かった。帰国する理由、察するに、レンスターも時勢の流れと無縁ではなくなってしまったのだろう。
「すまない、キュアン」
シグルドさまが、同じように、ぐったりとしたご様子で仰る。
「ヴェルダンを制した時点で、一度君にはレンスターに帰ってもらうべきだったな。そうならば、私に加担したものを出した国として、マンスター地方諸国に軽んじられるようなこともなかったのに」
「何を言う、親友で義兄のお前を放って、俺一人のこのことレンスターに帰れたものか。
あいにくだが、俺はそんな薄情には出来ていない」
キュアン様がそれに返される。エスリン様のお顔にはもう笑みがなく、ただ、お二人のやり取りをおどおどとお聞きになっていらっしゃるだけだ。
「兄上、キュアン、…やめて、私が、無理に援軍をと言い出さなければ、こんなことには」
私は、一人そこに取り残されていた。お姉さまの訃報だけでも、私は十分揺れていた。そのうえ、レンスター軍が帰国する? 私の隣で、真っ青な顔のまま、彼が立ち尽くしていた。目の焦点の合っていない、呆然とした顔の彼の正気を促すように、手を引いた。でも、返答がない。
キュアン様は、かたくなにそれをご遠慮されるシグルド様をお相手に、援軍を連れて戻るようなことを切々と仰っておられる。エスリン様が
「私がずっとわがまま言い続けて…リーフがうまれたこともあったし…ここにい続けていたのだけど、もう、限界なのね」
リーフ様は、ご両親の深いお悩みなどどこ吹く風で、すやすやと眠っていらっしゃる。
「あなたなら分かるでしょう? レンスターは長く、マンスター地方がトラキアと対峙するに当たり、その主導役となってきたわ。
でも」
「兄のことですか」
エスリン様はかぶりをふられた。
「シアルフィ公爵…父上を追捕するグランベルの動きが大掛かりになるのにあわせて、私がらみでレンスターが父上をもしやかくまいはしないかと言う疑いがかけられるのは、避けられないかもしれないわ」
私はもうレンスターにとついで、シアルフィの人間ではないけれど。エスリン様はそう、苦笑いされて続けられる。
「これ以上、私たちがここにいると、どんどんレンスターのお父様のお立場を悪くするだけ…
キュアンは、レンスターに戻って、レンスターの信用を回復させるために、宮廷や、他家との間の政争に飛び込まなくてはいけないの。そこがあの人の、新しい戦場なんだわ」
私はただだまって、エスリン様のお話を聞くよりない。
「キュアンはああいう人だから、事態が決着の方向に動いたと判断したなら、きっと援軍をつれてここに戻るつもりよ。
だって兄上は、これ以上シレジアのご厄介になることは望んでいないのだし、正規軍の補充なんて、望むべくもない。
ランスリッターの旗頭は、代々王太子の勤め。きっとキュアンは、そのランスリッターを正式に投入する、そのための一時帰国と、自分に言い聞かせているみたい」
私へのお話は、ひとまずそこまでのようだった。帰りしな、まだ青い顔のままの彼に、
「あなたも、行くのでしょう?」
と尋ねると、彼はへなりと全身の力を抜いたようだ。
「それがお分かりなら、私が申し上げることは何もありません」
「だって、キュアン様が見込んだから、あなたはここまで来たのでしょう? 帰るのは当然のことだわ。
それに、デュークナイトが仮の叙勲ですむはずもないし、向こうで管理されているあなたのお父様の領地を相続もしなければならないし」
その言葉は、半分自分に言い聞かせていた。帰らないでと、わがままを言うのは簡単に出来る。私がレンスターに行くことも、ありえそうな気もしたけど、あの話でこのあわただしさでは、余計な荷物が増えるだけの話だろう。今は、カルフ王のお手紙の通り、アレスが無事であることを祈るよりない。そんなことを考えつついると
「…王女、いかがされました」
と、彼が呼びかけてくれていた。
「あ、ごめんなさい、ちょっと考え事…」
「お休みになられていたほうが良いと思われます」
「どうして?」
「お手がいつもより暖かく感じるので…」
「そうかしら…私には、熱なんてあるようにはぜんぜん感じないのだけれど…」
部屋についても、私達二人は、特に話すことがあるでもなく、あの人は青い顔のまま、私は、風邪のような微熱を彼に指摘されて、横になっていたほうがよいか考えていた。
そこで、扉が叩かれる。
「はいって、大丈夫かな」
キュアン様の声だ。私は自分で扉を開ける。入ってきたキュアン様にお席を勧める。
「よかったら、取り込み中だったらどうしようかと思った」
と、またおどけられる。そして、
「突然のことで、本当にすまない」
と仰った。
「いつかこうなることは分かっていました。援軍でいらしたレンスターの方々は、…一人も残ることなく…ご帰国なのですね」
「ああ、君にはつらい話だろうが、そういうことになる。だが、安心して待っていてほしい。向こうで俺がやるべきことが終わり次第戻ると、シグルドには確約してきた。
こいつも」
とキュアン様は彼を指され、
「正式にデュークナイトになれば、もう少し見栄えも羽振りもよくなるだろう。
もちろん、帰った先で浮気はしないように、俺がきっちりと見張っておく」
「はい」
キュアン様はよくそうやって、人をおからかいになるけれど、今ばかりはそれもなんだか、上滑りと言ったご調子だ。それでも、つい笑ってしまった私のそばで、彼がバツの悪そうにうつむく。
「キュアン様」
「何かな」
「あちらの情勢を考えると、私はここに残ったほうがよいのですよね」
「そうなるね…コーマック…グラーニェの実家なんだが…そのせいで彼女が返されてきたのはシグルドとエルトと君が結託して行ったていのいい厄介払いだと、そんなふうにレンスターでは思われているらしい」
奴は君を優先した。そのために、グラーニェが邪魔になった。そういう解釈だ、と、キュアン様は、少し鼻で笑われながら仰る。お姉様のご実家は、何故そんなことをお考えになるのだろう。兄は、お姉様を戦火が広がることは避けられないアグストリアからとにかく離したくて、身を切る思いでそう言ったはずなのに。
「そのコーマックというお姉さまのご実家は、そんな話を信じられているのですか?
お姉様は、私を、本当に妹のように可愛がって下さったのに…」
「レンスターに戻ってからのグラーニェのことは、手紙でしかわからない」
キュアン様は神妙に仰る。
「帰った当初はどうだか知らないが、今際の際には、エルトが命を落とさざるを得ない状況を作ってしまったシグルドを恨み、そのいのちが落ちてゆくのを、見殺しにした君を恨んでいたと」
「…」
「それなのに、生きたエルトがきっとレンスターに来て自分をノディオンにつれて戻ってくれると信じ続けていたらしい…
どっちが本当なんだろうな」
キュアン様は苦笑いをされた。私には、十分に分かった。私は、このままレンスターに行ってはいけない人間なのだと。
「分かりました。そういうことならば」
「すまん、なまじレンスターに縁が出来たばかりに、君にもつらい思いをさせて」
キュアン様は、私に深々と頭を下げられた。
出来るだけ早く、早くと、準備は整えられているらしい。忙しいだろうからと、私は多少、彼の足が遠のくのは仕方がないと思った。微熱ですんでいるあいだに体を治して、当日はちゃんと見送ってあげたいし。そんな私の様子が気になるのだろう、彼の、私の体調を問う短い手紙が、一日に何回でも届く。
字はその人の性格を現すというけれど、まじまじと眺めるあの人の字は、流れるようで、それでいて手を抜かない、端整な字だった。
忙しい中、気を使ってくれる彼の心は、正直とても嬉しい。でも私は、それだけでいいの?と、寝台の中で思う。帰国する日も決まって、ますます城内はあわただしいというのに、私の体は、まったく回復の兆しがない。
手をこまねく間に、彼から、こんな手紙が届く。
<いよいよ明日になりました。お体の具合、一進一退と伺って、元気なお姿をお見受けできないことが残念です。ですが、お体第一ですから、寒い中のお見送りは…>
メイドが持ってきてくれた手紙を読む。私は、その文面に、案の定だとあきれる。その便箋の片隅を切り取り、さっと走り書きして、その中に、小さな仕掛けをする。
「これを、あの人に渡して」
夜やってきた彼は、いつになく神妙な顔で、
「言い訳のようですが、今夜は何があっても、お話だけはと思っていました」
と言った。寝台で身を起こしている私の片耳に、渡しておいた耳飾りを付けてくれる。
シレジアが雪に閉ざされる前、気晴らしに町に出かけたその先で買ってもらった、傍目には安物の耳飾りだけど、私には、持っているほかのどんな飾りよりも大切で、だから私は、この耳飾りを、手紙の中に仕込んだのだ。
「対でなければ意味がないでしょう」
そう彼が言う。
「そうよ。『対』でなければ意味がないわ」
寝台に招き入れても、彼は優しく抱きしめてくれるだけで、何もしない。
「もう一つわがまま、聞いてもらうけど、いい?」
「何でしょう」
「何故あなたはそうしてくれないのか知らないけれど…
私の名前、呼んでくれる?」
薄い明かりの中、彼の戸惑いが伝わってきた。
「お願い。あなたの声で、呼んで」
私の前髪がかき上げられる。額と唇に、熱い彼の唇が当てられ、本当に、小さい声で、私の名前が紡がれた。優しい声で。
「あ」
つくん、と体の奥がうずく。自分の名前に、こんなすばらしい響きが入っているなんて、気がつかなかった。涙が流れそうになった。
「もっと、呼んで。
次に会うときは、私の名前をそのまま呼んで」
「…努力します」
彼は言って、私の素肌に触れてきた。
「あ」
熱の引かない体は、彼の手指を敏感に感じ取って、すぐにとろけたように力をなくす。私の体一杯に彼が満たされて、私は何かの高みに何度も放り上げられながら、気を失うように、眠ったものか。
そして、目を覚ましたとき、私は一人きりだった。
彼がいたはずの空間は、もう冷えていて、脱がされた服も、ちゃんと元に戻っている。
「姫様、おはようございます」
とばあやがいた。
「ばあや、あの人は?」
「早朝にお発ちになりました。お見送りのために起こして差し上げようとしたら、その必要はないと仰られて。
私にも、丁寧にお言葉を頂きました。ありがたいことです…」
ややあって、食事が運ばれてきたが、私はそれを拒んだ。ただ、呆然とするしかなかった。まだ雪の残るセイレーンの庭から差し込む光は、私の部屋を明るく照らしてくれるけれど、一体その光のどれだけが、今の私に当てられているのだろう。そのさしてくるいくばくかの光も、私の体にぽかんと開いた穴を通っていってしまっているようだった。
「まだお熱がございますから」
「きちんとお食事はなさってください」
「お寝間のおとりかえもしないと」
そういってくるばあやとメイドたちを、私は全員部屋から追い出した。
「誰も来ないで、ひとりにして!」
だだをこねる子供のように私はただ部屋の中で泣きじゃくった。
何日も、何日も前からこうなることは分かっていたはずなのに、どうして今になって、私はこんなに、後悔するように泣いているの。彼との別れが出来なかったのを後悔しているわけでもないのに、涙だけは止まらない。
気持ちを有る程度整理するまでには、半日ぐらいはかかった。覚悟はしていたのだもの、泣いたところでどうにもなるものではない。私は、気持ちを切り替えなくてはいけない。私は、いつまでも泣いていていいひとじゃない。
呼ばれて、やっとかんしゃくが収まったのかと、おどおどと入ってきたメイドに、私は
「フュリーを連れてきて」
と言った。
フュリーは、そよ風のようにふわりと入ってきて、私に膝を折って挨拶する。
「お呼びでしょうか、王女様」
私は、なるべく目立たない服に着替えて、それに答える。
「街に連れて行ってほしいの」
「街に、ですか」
「そう、出来れば、お医者様のところに」
「お医者様なら、シレジアから権威のある方がいらしておりますのに」
と言って、フュリーはは、と口を手で覆った。
「王女様、もしかして」
「分かってるなら、話は早いわ。お願い」
フュリーは何も言わなかったが、私が言わせなかったといったほうが正しいか。彼女はしばし考えた顔をして、
「分かりました。街まではほどない道ですが、大事を取って、乗り物を用意いたさせます」
街医者は、いかにも訳ありそうに、自分のところの扉を叩いた私を一通り見て、必要なことを私から聞いて、
「軽い微熱が治まらないのは、ご懐妊のごく始まりにはままあることでございますよ」
と言った。私は、特にこれといった情動もおきず、
「そうですか」
とだけ答えた。わきに控えていたフュリーの顔は、明らかに顔色が違っている。
「どうなさるのですかな、ここには、ペニーロイヤルもサビナもございませんよ」
と医者が至って真剣に言う。どうも、困り果てて「処置」を受けに来たものと、勘違いしているらしい。私は
「どうもいたしません、周りにしかと見立てるものがおらず、お手を煩わせてしまっただけですから」
「左様ですか。
しかし、カンのいいお方だ、熱だけでご懐妊を悟る方はあまりおられない。
そうですな… お子様は、秋ごろを期待なされるとよいでしょう」
「わかりました。ありがとうございます」
私は、手元から診察台に銀貨をおいて、町医者のもとを後にした。
帰り道、私は指を折る。ばあやの、「女の体にも、月があるのですよ」と言う言葉が私の頭の中でめぐっていた。私の中の満ち欠けをたどっていけば、ちょうど、あのころにぶつかる。あのころから、私の月の動きはぴったりと止まっていた。
レンスターからの召還が来る少し前、私は彼と、些細なことでけんかをした。
その喧嘩は、紆余曲折があって、ラーナ様やいろいろな方のおとりなしを頂いて収まったわけだけど、仲直りのつもりで彼を迎えた一晩。あの夜に、神様は私達に微笑んでくださったのだ。
あの一晩の、ふわりとした高揚感と、頭の中まで真っ白になるほどの…言いがたい気持ち。思い出すと、少し恥ずかしいけれど、あれが授かった瞬間なんだわと、そう思う。
「ねえフュリー」
隣で座って、神妙な顔のままのフュリーに、私は言う。
「今日聞いたことは、誰にも話をしてはだめよ」
フュリーの声は、まだ少し動揺していた。
「私一人なら、そうすることも出来ますが、いずれ誰の目にもはっきりしてしまいますわ。
その前に、お知らせできる方にはされたほうが」
「それでも、だめ」
私は、フュリーのそれ以上の反論をはねつけた。
「いつまでも秘密に出来ないのは、私もわかってる。でも今、私だけが大事をとられるなんて、そんなことはされたくない」
「ですが」
私の部屋までついてきて、心配そうなフュリーを、私はいじましく思ってみた。
「心配してくれるのね、ありがとう」
「卿がいきなりお発ちになられてのことですから、王女様のご落胆を思うと」
フュリーはそういう。私は着替えて暖炉の前に座りながら、
「でも、心配の方向を少し間違ってなくて?」
「え?」
「シレジアが大変なんでしょう? レヴィンがいつまでもフォルセティを継がないから」
「は、はい…」
「あなたのお姉様がわざわざここに来て、レヴィンを叱ったそうじゃない」
「姉はラーナ様のお言葉を王子に届けようとしただけです。私は、姉ほどには強くなれなくて、甘やかしてはいけないって、私まで叱られました」
「気にしなくていいのよ、あなたはその優しいところがいいところなんだから」
私は言いながら、部屋の隅に隠されるようにしてあった槍を一本、フュリーの前に出した。
「面倒なことに付き合わせてしまって、ごめんなさい。
お礼には、少し大げさかもしれないけど、これを使って」
「これは」
フュリーが目を丸くする。
「レンスターの、勇者の槍ではありませんか。受け取れません、お形見なのに」
「いいの。私はしばらく、何の武器も持てない人になるわ。
どんな銘槍も、使わなければ錆びてゆく。錆びてしまった槍を、あの人には返したくないの」
私は強いて、フュリーの手に、勇者の槍を握らせた。
「あの人は、あなたをとても評価していたわ。
確かに、あなたは、お姉様に比べたら、気丈さは少し及ばないかもしれない。でも、お姉様にはないところがある。
二人で力を合わせれば、きっとシレジアは大丈夫って」
「…王女様…」
「その槍で、お姉様と一緒に、助けてあげて、ラーナ様と、レヴィンを」
「はい。僭越ながら、この槍、一時お預かりいたします」
フュリーは、勇者の槍の石突きでかつん、と床を突いた。それが天馬騎士の、正式の立礼なのだ。
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