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 マンスターまでの道は、気味が悪いほど、何も無かった。
 もちろん、行く手を阻むフリージ軍の襲撃は何度か会ったが、それが取るに足りないことに思えるほど、セリス様の解放軍には力があった。
「僕達には出番がないねぇ」
と、ため息交じりにリーフ様が仰る。
「マンスターにてすべてを終わりにさせる、そのために力をためておけと言うことですよ」
私はそう思うようにしていた。セリス様に吹く追い風は、私達にも少なからず、恩恵をもたらすだろうと思っていた。
 そのリーフ様は、馬に、あの「迷いの森」で仲間になった少女サラを乗せている。サラはゆらゆらと揺られるままにしながら、
「すごい、ひとね」
と後ろをふりかえった。
「そうだね」
リーフ様が相づちを打たれる。私達の後ろには、誰彼という解放軍の名だたる勇士があり、さらに、セリス様やリーフ様の意思のもとに集った、多くの無名の戦士がついてきているのだ。
「人がいっぱい、楽しいわ」
サラが言う。
「おじい様のところは、みんな暗い顔をしていて…私、それが嫌だったの」
「そうなんだ… 僕は、みんなに守られてて、辛い時でも、そこそこ楽しかったけど」
リーフ様はそう相づちを打たれながら、馬を進められる。そこで
「楽しそうだね」
とセリス様が馬を寄せられる。セリス様も、後ろに誰かを乗せておられた。
「ほらユリア、サラだよ」
セリス様に促されて、うつむいていた顔が上がる。サラも、ユリアと呼ばれた少女も、銀色の髪の菫色の瞳で、似たような雰囲気を持っていた。
「こうして見てると、二人とも親戚みたいだね」
「本当だ」
「でもリーフ、今日に限ってサラを一緒に乗せてて…」
「私が、お願いしたの」
サラが臆することなくセリス様に返答なさる。そのあとサラは、ユリアと、私には分かりもしないような魔法の話を始める。
 コノートとマンスターに別れる道が近くなっていた。
「コノートは、誰かに見守らせておこう。僕達は、何人かよりすぐって援護につくよ」
「有り難うございます」
セリス様は、何人かの名前を呼ばれ、
「リーフを援護するから、ついてきて」
と仰る。
 振り返れば、その分かれ道から、人の群れは二つに割れて、お互いにその武運を祈りあっていた。

 「リーフ様」
と、天馬を飛ばせていたカリンがおりてくる。
「トラキア大河で見た赤い髪の司祭様が、暗黒司祭に追われてます」
「え?」
「しかも、マンスターから子供たちを連れてきたようで…どうしましょう」
「どうしましょうも何も、助けないと」
「分かりました」
カリンはそう返して、また上昇していった。セリス様がいぶかしげに仰る。
「赤い髪の司祭?」
「はい、トラキア大河を渡る時に、フリージ軍と衝突したでしょう、その時に見たものがいるのです。戦っている間に、味方にワープされてどこかに行ってしまったのですが」
とリーフ様が答えられると、
「当たり前だ、彼の命が失われるのは、宮廷の良心を抜き去るのも同然だからな」
今までおし黙られていたレヴィン様が仰った。
「彼はサイアス、帝国の宮廷司祭だ。むかし皇帝アルヴィスに仕えていた将軍の息子だ。母親の将軍は、このあたりの生まれで、当時公爵だった皇帝の信頼もあつかったのだが、バーハラの悲劇のあと、謎の死を遂げている。
 サイアス本人も、皇帝は一目置いて重く扱った。それがマンフロイは気に入らなかったのだろうな。命を狙うようになり、母親の実家になるあの場所にいたというわけだ」
アルヴィスもバカなことをした。最後にレヴィン様はそう仰る。その声は、誰に聞いてもらう風ではなく、小さかった。

 程なくして子供たちとともに保護した赤い髪の司祭は、果たしてレヴィン様の仰るようにサイアスと名乗った。
「わたしは、マギ団に、自分から頼み出て、帝国に差し出される子供を城外に逃がしていたのです。
 リーフ王子、セリス公子、あなた達に出会えてよかった」
サイアスは言い、マギ団の棟梁から預かったという剣を見せた。
「リーフ王子、マンスターの主レイドリックは、いまだ城内におります。その体は暗黒教団の負の意思にまとわれ…なまなかな剣では彼に傷つけることもなりますまい。
 これは、そのロプトの気を寄せ付けぬ、大司教ブラギの祝福を受けた剣です、お収めください」
「気持ちはありがたいけれど…」
と、リーフ様は、セリス様の顔を窺われる。セリス様はかぶりをふられて
「それは、君が持つべきだよ。君にこそ必要な剣じゃないか。
 城の外は僕達で守る。リーフ、君は城の中に入って、レイドリックを倒すんだ」
「は、はい」
「では、私はこれで」
サイアスが立ち上がる。
「私には、やらなくてはいけないことが残っています。ブラギの塔まで行き、神託を戴かねばならないことが」
「司祭殿、急ぐのですか?」
リーフ様が仰り、背を向けようとしたサイアスは立ち止まる。
「急ぐのでなければ、あなたの力をお借りしたい。しばらく、レイドリックを倒す間だけでも」
サイアスは何事か考えていた。そして
「もしかしたら、これも神のおぼしめしなのでしょうね。
 分かりました。お供いたしましょう」
ふと頬を緩めた。その時
「ああっ
と上方が声がする。カリンの声ではなかった。セリス様のもとで解放軍戦士となっている、天馬騎士フィーのものだった。
「どうしたの、フィー」
「セティ兄様!」
「は?」
「サイアスさんが言ってた、マギ団の棟梁って、お兄ちゃんだったんだ!」
「フィー、吶喊するな、シューターがいるんだぞ」
そんな声の錯綜する中、サイアスは、リーフ様の手を引かれた。
「さあ、行きましょう、セリス公子たちが城の外を攻めている間に!」

 「うわ…」
城内に入るなり、深くよどんだ気が漂っていた。
「魔法のにおいがするなぁ」
「俺魔法だけは苦手だよ」
そんな声がする中、サラだけが中に入っていこうとする。
「私の杖…」
「サラ、危ないよ!」
「でも、私の杖…おじい様が意地悪して…ここに隠したの…」
「キアの杖をですか」
進み出てきたセイラムの問いに、サラはうなずいて返す。
「どう攻めようか」
「まっすぐ行けば相場としては玉座ですね、レイドリックがいるはずです」
「別れて侵入したみんなはどうしてるだろう」
「うまく戦力が散らばっていればいいのですが」
サイアスが首をひねる。そこに、
「司祭様」
と声がした。サイアスがその方を見やると、マリータがいる。
「この城には…母さんが…石にされているのです。
 母さんを助けるために、私はここまで来ました。
 途中でレイドリックに操られていた時、剣と私についていた呪いを解呪してくださった司祭様、ですよね」
「ああ、あの時のあなたでしたか。
 無事で何よりです」
「司祭様、母さんを助ける手伝いをしてください。私、精一杯、司祭様をお守りしますから」
「ありがとうございます。ですが私は、あなたと同じ志のリーフ王子を助けるためにここにいるのです。リーフ王子を守ること、それが私を守る事と同じですよ」
「分かりました」
マリータはこくん、とうなずいて、
「リーフ様、行きましょう」
と、暗がりの前に立った。私達の気配に気がついた敵の戦士たちの足音が聞こえる。

 そしてレイドリックは戦士たちの最後の一撃を受け、崩れ落ちるように倒れた。しかし、その体は、崩れ落ちると同時に姿を消した。
「死に、たく、ない…
 今一度、ちからを…」
そんな声が、まだ、よどむ。
「みんな、無事かな」
「無事であればよいのですが」
その時、盗賊が
「いたいた、リーフ様」
と物陰から顔を出してくる。シスター・サフィの妹で、盗賊から足が抜けないシスター・ティナだ。
「あ、よかった、みんな無事?」
「大丈夫だよ、奥の部屋で合流したの。
 あ、それから、この杖。
 お姉ちゃんにもだれにも使えなかったの。使える人、いるかな」
「司祭殿は?」
渡された杖を前に、リーフ様が仰る。サイアスは
「さあ、未見の杖なので…」
と首を傾げる。しかしセイラムが見て、
「これは」
と声を上げた。ふらふらと部屋の中を興味深そうに見て回っているサラを、
「サラ様! キアの杖ですよ!」
と呼び寄せた。サラはその杖をみて、
「あ、私の杖」
そう行って、ひょいとリーフ様の手から取った。
「これで、助けられるよ。みんな。みぃんな」
そういうサラの、薄い笑顔が、私にも、希望を与えているような気がしてならなかった。

 ふたたび隊伍を整えて、地下の神殿に入っていく。再び分かれ道があり、私達はここで二手に分かれる事になる。
「激しい魔力のよどみを感じます」
セイラムがつぶやいた。
「『迷いの森』のような?」
「おそらくは。ただ、あまりに魔力が強くて、その場所がはっきりしません」
「ゆっくり進もう」
「助けてって、聞こえる…」
サラがつぶやくのに、リーフ様とマリータがかぶりつくように振り返った。
「この先なの?」
「母さんは?」
「誰かはしらない。でも、助けてって…」
「しのごの言い合ってないで、まずは進もうじゃねぇか」
後ろから戦士が一人出てきて、見えてきた敵の戦士に躍りかかる。しかし、致命傷をおわしきれなかった戦士は、相手の反撃をくらって
「ぐあっ」
と地にのめった。
「あ」
「リーフ王子、気をつけろ、ここの戦士…みんな…狂ってやがる、痛みなんか、感じちゃいない動きだ…!」
「分かった。
 誰か、彼を治癒してあげて。
 直接戦うな、魔法か弓で相手しよう!」
 化け物のような力で襲いかかる戦士たちをたおし終えて、私達は、扉の前にいた。
「開けるよ」
ぴん、と扉の錠前が開いた。開くと、今にも襲いかかろうとしている何かから身を守るようにして剣を構えるエーヴェルの姿が会った。
「エーヴェル!」
「母さん!」
二人は部屋に飛び込んで、
「早く、母さんを助けて!」
「サラ、キアの杖を!」
と、口々にサラを呼ぶ。サラはゆっくり階段を上って
「たすけて、あげる」
そっと、杖を当てた。

 肉体を取り戻したエーヴェルは、フィアナの戦士たちの喜びの言葉を体いっぱいに浴びながら、一人一人に声をかける。私にも
「リーフ様を守って、ここまで来られたのですね。立派な騎士がそばに会って、リーフ様も心強いことでしょう」
と言葉をかけられたが、通り一遍のことしか返事が出来なかった。
 今、外で戦っているティルナノグの子供たちが、もしエーヴェルの顔を見たら、いまだかの地にいらっしゃるというエーディン様を思い出されるかもしれない。私も、疑問を隠しきれず、一度、質問したことがあった。
『貴女はもしや、当代の聖弓の使い手、ブリギッド様ではありませんか』
と。しかし、エーヴェルはかぶりをふった。
『夢のあるお話で結構なことです。でも、私には、どこにもそのような印はありません。
 私はフィアナを興す以前の記憶はほとんどありません。
 私はただの旅の傭兵。フィアナのエーヴェルです』


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