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 会議室に集まった一族は、私が座るべき椅子にリーフ様がおられることに一様にどよめいていた。
「この方が…あのお小さかった王子様ですか…」
「そうです」
「各地であげられたさまざまな武勇を耳にするに当たり、いつかはこのアレンに、レンスターに、戻ってくださることを信じて来ました。ようやく、その時なのですな…」
「そうです」
私はそう言って、いなかった間のことをいろいろと聞くことにした。
 それによると、受け入れたフリージからの領主は、従順な住民の態度に気を良くして、ほとんど放任状態であったという。故に、残された自衛団は訓練を重ねることも出来たわけだ。
 そして、リーフ様の進撃の噂が聞こえるようになって、締めつけの強くなったのを口実にして領主の追い出しに成功、自由都市を宣言し、昼夜の警戒を怠らないよう言い合わせたところで、私がやってきたと言うわけだ。
「ご領主、アレンの街には戻ってきてくださったというわけでは…」
「申し訳ありませんが、そうではありません。
 私は、こちらにおられるリーフ王子が、レンスターを開放されるため、たまさかこの進路を選んだだけなのです。
 重要な拠点とはなるでしょうが、腰を落ち着けられるのは、もう少し先になりそうです」
「そういうことでしたら、街もご協力致します」
と一族からそういう声が上がった。
「我々も、積年の恨みを晴らし、レンスターの旗が再び城にはためくことをこの十何年とお待ちいたしておりました!
 私達にも、そのお手伝いを!」
波のようにその声が押し寄せてくるのを私は止めようとした。しかし
「待ってください」
と、リーフ様のお声が先に、会議室に響いた。
「皆さんのお申し出は、よくわかりました。
 ですが、僕は余計な血を流したくないのです。
 小さい頃、僕は何度もこの街に来て、王子でない暮らしを教えてもらったと聞いています。あいにく僕は、そのことをほとんど覚えていないのですが、その体験は、王子という身分を隠し、力を蓄えている間、知らないうちに、役に立っていたと思います。
 今までフリージの下で少しでも辛い思いをしてきて、今やっと開放された皆さんに、これ以上の危ないことを、僕は望みません。
 僕には、ここまでともに戦ってきた仲間があります。今度は、僕が皆さんを守る番です」
「王子…」
一族は、水を打ったように静まり、古老達は感極まって嗚咽を始める。
「疲れている仲間がいます。朝を待って、受け入れてください」
「かしこまりましてございます」
私にはもう、何も言うことはなかった。王子はご立派に、一族との話を取り付けられた。

 「ナンナ?」
そういう話をしている間、とナンナは姿を消していた。気配をたどりながら行くと、王女の使っていらしたお部屋が、わずかに開いている。入ると、そこにナンナがいた。
「どうしてここに」
「会議室のみんなの目が恥ずかしくて」
「…おとなしいのも結構だが、なるべくああいう場所にはいなさい。
 館に集まったみんなは、おそらく、離れたときには乳飲み子だったお前がそんなに大きくなった帰ってきたことを、驚いていたのだよ」
ナンナは少し面はゆそうに
「この部屋に来る途中、『奥様』って呼ばれました。その上この部屋を開けてくれて…」
という。もしかしたら、年老いたものは、ナンナを王女と間違えでもしたものか。
「ここは、代々女主人が使う部屋だよ。私の母も使っていたし、お前の母上がおいでだった頃は、同じように使っていらした」
「そして、私は、ここで生まれたのですね」
「そうだよ」
ナンナは、寝台の脇にあるゆりかごを、軽く揺らしていた。
「こんな小さなゆりかごの中に、私が入っていられたなんて…」
「天使が羽根を忘れたとは、生まれてて来たお前をこそさす言葉だったもかもしれない。そのお前と母上と、ともにいれば、それ以上、美しい風景もなかった。
 お前がここにいた時間は、長いものではなかったが、それでも、ここを出るまで、お前は何を置いても大切に育てられていたのだよ。
 私もお前をはじめて腕にしたときの、もろそうな重みを、よく覚えている」
薄暗がりの中で、ナンナのほほがほんのりと色づく。そんな表情も、またいいものだ。
「それはそうとして、どうする?
 リーフ様と私は報告がてら一度野営に戻るが… お前は残って、ここで休むといいと思う。この頃戦闘が続いているから」
「特別扱いしないでください、お父様。私もレンスター解放のためにリーフ様についてきているのですから」
「館のものが世話をしたがっているのだよ。察してあげなさい」
そういうと、ナンナはまだ複雑な表情をしていたが、
「わかりました、でも、ただでは休みません。これまでに傷ついた方、疲れた方を、癒しながら、ここにいます」
「それでもかまわない」
そういっている間にも、リーフ様が
「何話してるの?戻ろうよ」
と遠くで仰る。私は声に導かれるまま、館を出ていった。
「あれ、ナンナはどうしたの」
「ここにいさせます」
「休ませるんだ」
「本人はここを拠点にして、回復に専念すると言っていますが…もう少し、彼女の体調に配慮しようと思いましてね」
「ああ…そうか」
リーフ様も、なんとなく納得されたようだ。
「女の子も…大変だね」

 夜明けになり、解放軍の面々が続々と入ってくる。疲労のあるものは休ませ、私達は会議室に、地図を広げていた。
「ロングアーチの放つクォーレル(矢)も、無限にあるものではない」
と、ドリアス卿が仰る。
「放つものが無くなれば、自然とおとなしくなるだろう。それまでは無理に進撃するべきではない」
「そうですね…」
「攻め込むのは裏手からになるが、裏手なだけに守備は薄い。王宮にはいるのはまた別の問題として、敷地内に入ること自体は難しいことではなかろう」
「勝手知ったる他人の庭、だね」
リーフ様が仰ると、
「そうかもしれませんな」
ドリアス卿は呵々大笑された。そこに、
「あのう…」
と、一族のものが顔を出してくる。
「どうした」
私が問うと、
「お城の中の情報を聞かせたいというものがいるので…通して大丈夫ですか?」
目線で集まっているものに問うと、皆許しているようだったので、
「通しなさい」
と言った。
 その住民は、フリージからの領主に使われていた男だった。
「もしお城に入るならば、助けて欲しいお方がいるのです」
「助けて欲しい人?」
リーフ様が興味深そうに聞き返すと、
「はい。レンスター城を守る武将に、ゼーベイア将軍という方がいらっしゃいます。
 その方を… 将軍は、もとレンスターにお仕えしていて、アレンも何度となく、あの方のご差配で助けられました」
「ゼーベイア!」
ドリアス卿がだん、と、机をたたかれた。
「レンスターに長らくお仕えしておりながら、陥落となったらフリージに寝返ったあのゼーベイアか!
 そんな男、助ける必要はない!」
「仰るのもごもっともでありますが」
住民は、額を床にすり付けるようにうずくまって、
「放任された領主の下で、フリージ軍が気晴らしのように略奪をおこしたり、『子供狩り』のために子供を提供するよう強要された時も、みなゼーベイア将軍のお計らいで助けていただいたのです。
 どうかお怒りを静められて…」
「殿下、いかがお考えですか」
リーフ様はしばらく思案されてから、私に尋ねる。
「ゼーベイアというのは、ドリアスと一緒に父上を育てた、あのゼーベイア?」
「おそらくそうだと思いますが」
「じゃあ、僕の意見は言うまでもないね」
リーフ様はそう呟かれ、つと立ち上がって仰った。
「ドリアス、ゼーベイア将軍のことは、誰でもない、お前が一番よく知っているはずだ。
 今までの話を聞いて、それでもお前は、ゼーベイアを助ける必要はないと思うか」
「うむむ」
ドリアス卿はうなられた。
「多分僕のことは、もうレンスターの城でも感づいているだろう。それでも、なぜゼーベイアがフリージへ造反をしないか、その理由も考えないと」
「そう…ですな…」
うなりながら、ドリアス卿は答えられる。
「よし、決まった。
 ゼーベイア将軍は、何とか助けてみせる。
 それでいいね」
「はい、有り難うございます」
住民は、何度も謝意を表しながら、部屋を出ていった。

 レンスターに向かい進軍するという朝。
 私は、アレンにとどまっていた私の従者をすべて集め、騎士に叙任した。
 一部は、過日のアルスターの一件でアレンを離れたりしたようだが、それでも、あの日アレンに伴ってきたうちの何人かはとどまり続け、ベオウルフが残していった自衛団を鍛え続けながら、相互に教練を忘れなかったという。騎士徽章を一つずつ、付けてゆくたびに、神妙な青年達の顔が報われた歓喜の顔に変わる。
 しかし、騎士徽章がひとつ余った。そして、いつもの顔が一つしかないのに気がつく。
「ブランかシュコランがいないな、どうした」
「たぶん、シュコラン様のほうだと思いますよ、お父様」
とナンナが言うのに、ブランが膝を突く。
「シュコランは、領土の運営のほうが性に合うといい、剣をおきました。騎士徽章だけでももらっておけと言いはしたのですが」
「そうか、それでは私が預かっておこう」
私は、そしてうまれた新しい騎士たちを前にして告げた。
「お前達は、引き続き町を守るように。
 私は、リーフ様がご本懐を遂げられるため、全力であの方をお助けしなければいけない。そしてまだ疲労の取れない解放軍の兵士もいる。おそらく、レンスターの攻略にあわせて、フリージが隊を展開してくることもあるだろう、それを退け、街を安穏に保つのが、今のお前達の使命だと思ってもらいたい。
 『守るものがあるならば生きろ』
 いいな」
その言葉に、彼らは一様にうなずく。
「私は出撃する。街を頼む」

 「何だか僕、震えてるよ」
リーフ様がそう仰った。
「今までこんなこと、全然なくて、自分の家に帰るんだから、もっと気が楽なものだと思っていたのに」
「今までの戦いとは勝手が違います。城が開放されても、リーフ様がおられないでは意味がありません、いつもより慎重で結構です」
私がそう返すと、リーフ様は左右を見まわされ、
「ナンナは、…ああそうだ、ここにいるんだったね」
そう仰る。
「疲労が重なっているものが多いので、介抱のために残るよう言いおきましたが?」
「そうか、それならいいんだ。
 いるなら、見送って欲しいかなって、少し期待しちゃって」
返答のしにくいことをお言葉をてらいなく口にされるリーフ様に呼ばれたかのように、
「リーフ様」
と、ナンナが館から出てくる。しかし、全く武装をしていなかった。
「うわぁ」
リーフ様は感嘆の声を上げられながら、その傍らまでお近づきになる。
「どうしたのその格好? まさかそんな綺麗な格好で戦うんじゃないよね?」
そう、目を丸くして仰るリーフ様に、いつものようにナンナは目じりを染めはにかみながら、
「これは…お母様のお衣装なんですって。
 お見送りするならって、着せられてしまって」
お節介め。私は館の中のメイドに小さく毒づいた。しかし、解放軍の中からも、ため息ともつかない声が漏れるそのたたずまいは、父親として悪い気分ではない。
「ここで、僕を待っててくれるんだね」
「いえ、フリージがまたここに来るかもしれないので、残って疲れた人を癒しながらここを守るよう、お父様に」
「そうなんだ。
 戦うのもいいけど、無理はいけないよ」
「はい」
リーフ様は、そう仰ってから向き直られた。
「僕はこれから…故郷を取り戻しに行く。
 相手の数も編成もわからないけど、これまで戦ってきた僕達なら、負けることはないと信じている。
 行こう!」

 ゼーベイア将軍は、部隊ごと人質にとられられたようなものであった。客将としてレンスターの各地を、影ながら慰撫しつつ、今の機会を待っておられたのだ。ドリアス卿はその事実を聞かされ、男泣きに涙され、長年の誤解をわびておられる。
「今度は、父上のどんな話が聞けるかな」
リーフ様は、少しく楽しそうに仰った。
「は?」
「うん、ドリアスが、父上が小さいころからの話を時々話してくれたんだ。それこそ、生まれたころの話からね」
「…はぁ」
「おじい様は、王太子になるからと言って、父上を甘やかすことは絶対に許されなかったって。
 今は思い出せないけど、面白い話もいろいろ聞いたよ」
「そうですか」
「僕は、父上みたいになれるよね」
「なれますとも」
 まもなく、アレンへ向かわされたフリージ隊の撃破も伝えられた。これで、障害は何もない。

「リーフ様、玉座に座らないんですか?」
若い戦士の茶化すような声を背中にされながら、いままでレンスターに封ぜられていた敵将の座っていた玉座の手すりだけを、リーフ様はそっとなでられる。
「僕は、本当に、レンスターを取り戻せたのかな」
「そうですよ」
「おじい様や、父上、母上の願いを、かなえられたのかな」
「そうですよ」
「…」
リーフ様は、唇をかすかに震わせられる。
「まだ、ここにゆっくり座る時間は、僕にはないね。まだやらなきゃいけないことはたくさんある。
 エーヴェルも助けないといけないし、ミランダとの約束もある。
「私はどこまでも、リーフ様をお助けしますよ」
そういうと、
「お前は、不思議な奴だな」
リーフ様はそう返された。
「お前は、僕の父でもない、兄でもない。血のつながりなんか何もないのに、命がけで、家族も犠牲にして、僕について来るんだ」
私は言われて、いささか面食らった、それが当たり前だと思っていたのに、リーフ様はそれにさえ疑問を傾けられるのか。
「でも僕は、お前がいてくれてよかったと思っている。他の誰が側にいても、今頃僕はここにいることは出来なかったと思う。
 お前はいつものように、父上からの使命です、と言うかもしれないけれど、僕は、お前を部下と思ったことは一度もない」
「…はぁ」
「あえて今言葉にするなら、お前は僕の戦友、かもしれない」
「…もったいないお言葉です」


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