しかし問題は、まさしくその後の進路にあった。
マンスターを経由してきたうちに仲間になったものは、マンスターを開放すべきと言う。
リーフ様のご生存を確認して勢いのついたレンスター遺臣は、レンスターに開放すべきという。
「両方いっぺんに開放できれば、いいんだけどねぇ…」
と、リーフ様は苦笑いして仰った。最終的に、地理的な条件などなど鑑みて、レンスターの開放が妥当であろうと言う意見に傾き、やがて落ち着いた。
私の目の前に広がる、半島の地図。その一点を軽くナゾって、私は胸のうちが騒ぐのを感じずにはいられなかった。
アレン。私の生まれ育った町の名が、そこにある。王女を迎え、ナンナを得た、つかの間の幸せの街。街は無事だろうか。
「…で、」
どういう経路をたどってそのレンスターに接近するかと言うことについて、激論が戦わされていたのだ、リーフ様の問いかけで、私はわれに帰る。
「はい」
「…もういい、お前の顔を見ただけで、どっちの道をとりたいか、お前の意見はわかった。
あと、メルフィーユの森を突破さえ出来れば、アレンの裏手に回れるとか言う話らしいけど…
そうだよね」
リーフ様に改めて確認を取られて、
「え…はい」
私はついと返事をする。
森を行く旅人の方向感覚を狂わせる「迷いの森」が、アレンの背後を天然の要害として守ってくれていた。ドリアス卿が地図をご覧になり、仰った。
「そうか、アレンはメルフィーユの森の間近にあったな」
「ええ…ですが、この森方向への開拓は長く禁じているので、中はどうなっているかといわれると私も返答に自信がありません。何分、迷いの森と言うほどですから」
「逆手に取れば、地理さえわかっていれば、潜むに苦労はない場所と言うことだな」
「そうなるでしょう」
「盗賊ないしは暗黒教団がねぐらにしている可能性もあろう、進軍は細心の注意を払わねばならないな」
「はい」
かくして、迷いの森をそのまま踏破するという荒業ににも似た作戦を取ることになったが、その途中、森を切り開いて何かの建物があるのが見えた。
「あれは、なんだろう」
とリーフ様が仰る。
「まがまがしい気配を感じます…」
リノアン嬢が、ひそかに呟く。
「リノアン様はまがまがしさを感じますか」
そういう声がした。
「確かに、そう感じられるのも尤もかも知れません、あの建物からは暗黒魔法の気配が流れてきます」
というのは、暗黒教団に疑問を感じ抜け出したという、解放軍の中でただ一人、暗黒魔法を使いこなす、セイラムと言う名前の魔導士だった。
「もともとの魔力が強い森のようですから、隠れるには適当と考えたのでしょう」
そのとき、背後で、
「うわっ」
と言う声がした。
「どうした!」
「と、突然人が消えた!」
「どういうことなんだ?」
リーフ様が尋ねられる。
「迷いの森が『迷いの森』といわれる所以です。同道していたはずのものが突然消え、全く予想外の場所に現れ…」
「能書きはいいよ、消えた人を探さないと」
「リーフ様、私がお供しましょう」
歩き始めたリーフ様を、一度セイラムが引き止める。
「局所的に濃い魔力を発している場所があるようです。それが、人の言う『迷いの森』の原因でしょう。
魔力の高いものが一緒であれば、感じ取れます。避ければ安全に進めると思います」
「わかった」
リーフ様は、魔導士やシスターたちにそれぞれ数名ずつをつけ、魔力の罠を回避するよう指示される。
「たったお二人で…大丈夫だろうか」
ふと私が呟くと、
「大丈夫ですよ」
と、リーフ様がマンスターにとらわれている間再会されたというアスベルが言う。
「困った人を放っておけないように育てられたのは、そもそも卿でしょう」
と混ぜ返されて、周りから小さく吹き出すような笑い声がする。
「確かに、そうだ」
私は開き直って答えるしかなかった。
「私達は私達の、できることをしましょう」
「そうだな」
うっそうとした森の中、魔力の罠を避けながら、私は東北方面にあるという森の出口を目指す。
そうその森も終わりに近かろうというころ、
「よかった、間に合った」
と、リーフ様がセイラムと一緒に戻られた。
「お怪我はございませんか」
「全然。それより、もっといいことがあったよ」
リーフ様はそう仰って、一同の前に、二人の人物を示した。どちらも少女だったが、そのうちの一人に、私は、いつにないデジャヴを誘われた。
銀色の髪に、すみれ色の瞳。そんな雰囲気の方を、以前お見受けしていたような気がするが…
その不思議な少女と一緒にいたのは、あの建物…ロプトの僧院にとらわれていた、旧アルスター王国のミランダ姫だった。しかし、姫はリーフ様がためにアルスターが崩壊したと、再会と言う形ではあるがあまりそのご機嫌はよろしくない。とはいっても、それは姫がアルスターの再興に人一倍の情熱を傾けておられるからで、おそらく遠からず、アルスターも我々が開放すべき拠点のひとつとなるのだろう。
それよりも私は、不思議な少女のことが気にかかった。
「セイラム」
野営で彼を訪ねて、あれこれと尋ねた。
「お察しの通りです」
セイラムは、私の話にとつとつと返した。
「サラ様は、かつてあったロプト帝国に造反し隠遁された、賢者マイラの血を引かれておられます。
もっとも、ロプトの血筋を預かるものは、今の世にはすべて賢者マイラの子孫でありますが」
「なるほど…」
「少なくとも、卿が只今お話してくださったディアドラ様については、暗黒教団の中では、聖母とも呼ばれておりました…」
「暗黒教団の、聖母?」
私がつい口を出すと、セイラムは、陰をやどした表情を一層に曇らせて、
「あまりそのあたりは、口にしたくありません」
と言った。
「すまない。私が今聞いているのは、サラのことだった」
「サラ様は、マンフロイ大司教のお孫様です」
「…マンフロイの」
「はい。出生に関しては、私がお話しすることではないと思いますから控えさせていただきます。
ですが、少なくともご両親の片方は、暗黒教団とは縁もゆかりもなく…
そのためでしょうか、サラ様のお血筋は、ロプトの、と言うよりは、賢者マイラのお血筋と言ったほうが正しく、その力を大司教は恐れていたのです」
「サラの魔力は、暗黒教団とは異質のものなのか」
「私は教団の一神官でしかなかったので、浅学にて詳しくは申し上げられませんが」
私の問いに、セイラムは眉根を寄せて考えているようであった。
「サラ様しかお使いになれない杖がございます、それをサラさまご自身の意思で使われるようなことを、恐れていたと」
「どういう杖なんだね?」
「『キア』という名で呼ばれています。教団にある『ストーン』の杖と対を成すもので、『ストーン』の効果を打ち消すものと聞いています」
ストーンの魔法といえば。リーフ様やマリータの「エーヴェルが石になった」と言うことと、関係がありそうだ。
「サラ様は、リーフ様とであわれたとき、あの方ごしに助けてほしいという声を聞いたと仰っていました。
聞けば、確かに、石になったお味方がおられると…
これもマイラのお導きかもしれません、サラ様をどうかよろしくお願いします…」
セイラムは、最後に、私達がきる聖印とは、少し形の異なる印を切った。
森をぬけ、しばらく行くと、白亜の城が私達を待っているかのように壮麗にたたずんでいた。騎兵達の間からどよめきがあがる。
「こればかりは、フリージに感謝せねばなるまい」
ドリアス卿が感嘆するように仰った。
「燃え尽きたレンスターの城を、ここまで美しく修繕したとは」
「…全くです」
私は、その白い、貴婦人のようなレンスターの城を、眺めるのに飽くことはなかった。そして、私達のいる道を行けば、アレンの街がある。
「懐かしかろう。お前の街だ」
「はい。ですが」
「どうかしたか」
ドリアス卿が怪訝な顔をされるのに、私はつと、今の不安を漏らした。
「今この解放軍がそのままアレンに入ると、フリージが警戒しまいかと」
「なるほど…」
「街を離れるときに、余儀なければフリージの傘下に入り、まず身の安全を確保せよといってはきましたが」
そんなことを話していると、
「なんか、危ない雰囲気ですよ」
と、天馬騎士のカリンが空から言ってきた。
「お城の外に向かって、城壁にずらっとロングアーチが並んでます。あれじゃあ、天馬じゃなくても、近づいたらハリネズミです」
「厄介だなぁ」
リーフ様が実にに忌々しそうに仰った。
「取り戻しにきたのに、そんな危ない状況じゃ、攻めるのもままならない」
しかし、この方向からレンスター城に奪還の攻勢をかけるとなると、どうしてもアレンの街を経由する必要がある。私のいない間に、一族はどういう選択を採ったのか、その決定も確認したかった。
「リーフ様」
と、私は言い出してみる。
「今夜戻って、街の様子など探りましょうか」
「どうして」
「もしかしたら、何か攻勢の手がかりになる何か情報があるかもしれません」
「なるほどね…」
リーフ様はしばらく考えられて
「こちらの損害もあまり出したくないし、アレンの街も、まだフリージ支配下の中だから、お前の味方になってくれるとしても、あまり迷惑はかけられない。
その辺を考えて、行動してほしい」
「かしこまりました」
その夜。空に残る細い月の光を便りにして、私は一人でアレンに戻る準備をしていた。
フリージの傘下にあることは、はるか前にもらった従者ブランからの手紙で知っていたから、身を出来るだけやつして、物々しいものは何も持って行かないことにする。
馬も怪しまれよう。徒歩で行くことを決め町へ降りる下り坂に臨むと、待ち受けるように
「やっぱり一人じゃ心もとないだろう?」
と声がした。リーフ様が、ナンナを伴って待っておられた。
「ご心配はありがたいのですが、ここは私一人で十分です」
「いや、僕も一緒に行きたいんだ。変な好奇心からじゃないよ。僕にも、出来ることがあるんじゃないかって」
「フリージの傘下にあるのですよ、ここでリーフ様がいらっしゃったとなったら」
「もうそんなこと、とっくに知れ渡ってると思うけどな」
「ですが」
「それに」
リーフ様は後ろで半身を隠すようにいるナンナに
「生まれた街を見せてあげなきゃ。折角帰ってきたんだから」
ね。そう確認するように仰る。私は細い明かりの中、ナンナを見た。
私にとってもそうだが、ナンナにとっても、この町は特別なはずだ。その記憶がなくても、自分が命を授かった町と聞けば、訪ねてみたくなるものではあるだろう。
「わかりました。では参りましょう」
街の入り口辺りに、哨戒の明かりがちらほらと見えた。
「本当に大丈夫なの?」
とリーフ様が仰る。
「フリージ兵が守っているんじゃない?」
「まあ、しばらくは私の後をついてこられるよう」
私は言って、さりげなく出入り口に近づいた。門の辺りの団員が一斉に近寄り、私達に松明を近づける。むっとした熱気が、私の顔を包んだ。
「こんな夜に、街に何のようだ」
「ご領主はおいでですか」
私は、わざと私であることを自ら言わずにいた。
「ふん、フリージから来た領主なんかこの間追い出したよ。
それを知らずに来たのなら、フリージの関係者として、通すわけには行かない、帰ってもらおうか」
「いや、もしかしたら、領主を追い出した仕返しを考えているかもしれねぇ、捕まえとくか」
私達三人は、縄をかけられて、どこへかと連れていかれる。
「こういうのも何だけど」
リーフ様は秋からに不服の表情でおられる。
「本当にいいのか? こんな方法で」
「いいのですよ。
まさかこの十年、しっかり活動していたとは、私の方が驚いています」
しばらく、自衛団に見張られながら縛られたままでいると、好奇心からか、だれかれとなく、遠目に私を見てゆく。その内、にわかに慌ただしくなる。
「その三人をほどきなさい!」
という声が近づきながら聞こえた。自衛団の面々は、その勢いに面食らいながら、ナイフで縄を切る。
「申し訳ありませんご主君様!」
と、騎士風の青年が二三人、私にむかって膝を折る。
「いや、名乗っていないのだからこうなるのは仕方ないことだ。
それよりも、なるべく騒がないように、一族を集めて欲しい」
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