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 「なーんで、セリスだけ一人の部屋なんだろ」
と、ラクチェがそれでも、二階の新しい自分の場所に、自分の私物を置いている。危ないからといって武器庫に入れても持ち出してくる剣は、スカサハにも握らせないラクチェの宝物で、それはまるでラナの寝台においてあるぬいぐるみと同じ扱いで、枕の隣に並べられる。
「特別だから? お勉強しなくちゃいけないって、お母様言ってたもの」
まだ、他の子供達には、セリスがどれだけ特別なのかは説明されていなかった。
「オイフェさん、セリスさまのお父様からのおいいつけで、一緒にここに来たのでしょ? 騎士様なのに」
「私そういうこと、よくわかんないから、いいや。
 それよりラナ、エーディンと一緒じゃなくて、夜平気なの?」
「あんまり大丈夫じゃないけど、でも、お母様がそうしなさいっていうんだもの」
ラナは、特にすることもないので、自分のベッドにぽつん、と座っている。階下では、ベッドを移すがたんごとんと言う音が、よく響いて聞こえた。
「でもどうせ、怖い夢見たらセリスのところ行くんじゃ、おんなじじゃない。
 セリスお兄ちゃん、優しいもんね」
うふふ、とラクチェが笑う。朝食の後、ラナがエーディンに
「あまりセリスにご迷惑になるようなことはおやめなさい」
と、やんわりちくりと一言言われたのが、ラクチェには聞こえていたのだ。
「うー…」
それに、何と言い返そうか、ラナが言葉を選んでいると、
「ラクチェ、ラナ、いらっしゃい、お洋服の整頓するわよ」
とエーディンの声がした。

 「本当に、二人とも、すっかり大きくなったわねぇ」
と、感心するようにエーディンは言う。たたむにも苦労した小さい服は、もうすっかり大きくなって、二人三人でひとつの衣装箱で足りたものが、一人でもういっぱいだ。
 それでもまだ、男子は楽でいい。一部は共有が出来るからだ。しかしラクチェとラナは、まったく趣味が違う。ラナはティルナノグ風の衣装はあまり好みではないらしく、エーディンが服を仕立てるといえば、たいていラナのものだ。
「ん?」
その衣装箱を整頓している間に、ラクチェが何かに気がついた。
「これ、覚えてる」
「何?」
「ラナがちっちゃいときに着てた服だ」
何度も洗って、くたくたになった服だった。
「もっと小さな服もあるのよ」
エーディンは傍らの衣装箱を指す。
「でもなんで、そんなものをとってあるの?」
「使い道があるのよ。きれいな色や模様のものはキルトにして何かを覆ったり」
「あ、ベッドに使ってる、あれ?」
「そうよ」
そうなんだぁ。娘達二人は、ふぅん、といかにも感心した顔をする。
「ものを大切にすることは、とてもいいことなのよ」
エーディンはそうとも言った。新調してあげなければならない彼女達の服をひとつひとつみながら、
「あら」
エーディンは、長くあけられていなさそうな衣装箱をひとつ見つけた。
「…まあ、こんなところにあったのね」
感心したようなエーディンの声に、ラナとラクチェはなになにと寄ってくる。入っていた服に、二人は「うわあ」と感激したような声を上げた。
「すっごくきれぇ…」
エーディンは、ティルナノグに着いてからは、より尼僧らしく、落ち着いた色合いの服しか着なかった。しかし、この衣装箱の中は、まるで季節の花々のような、鮮やかな色にあふれていたのである。
「これ、お母様の?」
とラナが尋ねた。しかし、エーディンは小さくかぶりを振って
「違うわね」
と言った。
「ラナは、こういう服好きよね」
「うん、大好き」
「そうね、新しい服は、ここから少しもらって、直して作りましょう。ラクチェの練習着も、探したら、体に合いそうなものが入っているかも知れないわ。あの方は武術もよくされたから…」
ひとつひとつをとりながら、懐かしそうに言う。
「で、これ、誰のなの?」
というラクチェの問いに、隠してもせんなかろうという顔で、エーディンは
「デルムッドのお母様のものよ。ここに来た時、デルムッドはまだお母様が必要な赤ちゃんだったから、一緒にいらっしゃっていたの」
「へぇぇ、デルムッドのお母様って、こんな綺麗な服が好きな人だったんだぁ」
娘達は、まだその先を知りたそうな顔をしていたが、エーディンはそれ以上の話は今はせず、
「ささ、二人とも、手伝って。男の子の服を下に下ろすのよ」

 模様替えはたっぷり半日かかって、さすがに夕飯は静かだった。
「朝と違って、みんなおとなしいこと」
とエーディンがくすりと笑うと
「だって、いろんなものをあっちこっちして、すごく疲れた」
いかにも、と言う顔でレスターが言った。
「何で今そんなことしたの?」
とデルムッドもたずねる。
「いずれしなければならないことだもの」
エーディンはそれにさらりと答えた。その下に隠された含蓄など、今の彼らにはわかる由もない。
「これでスカサハも、ラクチェにたたかれて起こされることもなくなっていいでしょう」
「そうだね。ほんともうラクチェの起こし方は乱暴なんだから」
スカサハがしみじみ言って、
「だってあんたが夜中に蹴っ飛ばすから」
とラクチェが言うのを
「はいはいはい、いい加減になさい二人とも、まだみんな食べているでしょう」
エーディンは止めて、
「お夕飯が終わったら、いいこと、ここにみんないるのよ」
と言った。

 夜のひと時は、エーディンが聖典をわかりやすく読んでくれたり、オイフェが昔見聞した騎士たちの話をしたり、レヴィンがいれば、彼がもっと面白い話をしてくれることがよくあった。
 とにかくエーディンは子供達を集め
「今日、このお家の模様替えをしましたね、一番変わったのはどこかしら」
と尋ねた。
「んー、セリスが一人の部屋になった」
「それもありますけど、もっと違うことがあります」
彼女は、子供達をすうっと見て、
「女の子と男の子は、まったく別になりました」
と言った。その後ラクチェが
「そうだ、そうだね」
と言う。
「その意味がわかりますか?」
しかし、確認するように尋ねられても、ラクチェは首を傾げるだけだ。
「これは、これからあなた達が大きくなっていく上で、とても大切なことです。
 今日、私とラクチェとラナは、お洋服の部屋の中で、昔ここにいらした、デルムッドのお母様のお衣装を見つけました」
突然自分の名前が出て、デルムッドがやおら首をあげる。
「僕のお母さん?」
「ええ。あなたはとても小さくて、もう覚えていないでしょうけれども、ここに着いて最初の一年は、あなた達には、お母様が二人いたのですよ」
「でも、なんで、デルムッドのお母様は今いないの?」
とラナが尋ねると、
「デルムッドがお母様から受け継いだ砦の聖者様の血がなくなるかもしれないからです」
エーディンはそう言った。
「砦の聖者様のお名前は、もうみんないえるわね。その中の一人、ヘズル様のご子孫は、セリスやシャナンのような、将来ご神器を預かる人がいなくなってしまって、そのままではなくなってしまうかもしれないといわれていたのです。
 ヘズル様のご神器を扱う方が最後におられた場所に行き、その方を探すために、デルムッドのお母様は、小さなデルムッドを私に預けて、この村を旅立っていきました。もし、自分に何かがあったら、デルムッドがヘズル様の血を守ってゆけるように、ここに残して行かれたのです。
 けっして、あなたが嫌いだったからとか、そういう理由ではないのですからね」
話がすっかり自分のことになって、デルムッドは青い目を瞬くこともせず、ただ
「…はい」
と言うだけだ。
「聖者様の血をあとに伝えなければいけないのは、デルムッドだけの話ではありません、ここにいるみんなに、その責任があるのです。
 私は、その責任と一緒に、レスター、ラナ、あなた達二人を育てています。そしてその責任は、あなた達にそのまま、引き継がれます」
「どういう…こと?」
レスターが、いまひとつ、話に入れないような顔をして言う。
「砦の聖者様にも、お父様お母様がありました。私にも、お父様お母様がありました。今は会うことのできない子もいますけれど、みんなに、お父様お母様がいます。
 そして、あなた達もやがて、お父様お母様になるのです」
子供達は顔を見合わせた。自分が将来父親もしくは母親になるかもれない未定の事実に、実感がわかない、と言う顔だった。
「これからあなた達は、将来お父様お母様になるための準備をする、大切な時期にはいります。
 そのための模様替えでした」
エーディンはそうしめて、「おわかり?」と言う顔をした。


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