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昼下がりのなぜなぜなあに

 普段はしかつめらしい軍議の会議場も、解放軍の少女たちの手にかかってしまえば他愛もない話をするちょうど良いたまり場になる。
 話題は何でもいい。それぞれの来し方行く先のこと、そして今のこと。時には、野郎ほどではないにしても、少し際どい話もあったりする。
 今日の話は、
「やっぱり、戦ってる間とか、『おすましの日』が来たりすると、憂鬱だよねぇ」
と、話題が転々とした挙句に誰とはなしに呟いたことから始まった。
「そうでなくても寝ている時に失敗したりしたら、恥ずかしいよね」
「恥ずかしいねぇ、この間やっちゃった。鼻血でごまかしたけど」
あははは、と笑いが漏れる。
「鼻血でごまかせてよかったねぇ、私、最初の頃失敗ばっかりで、ほんともう、お兄ちゃんに問い詰められても何にも言えなくって」
パティはそう言い、はぁ、と溜め息をついた。
「前はよくそのシーツの洗濯のネタでゆすられた」
「ファバルってば、けっこう意地悪?」
「意地悪というか…まあ、予備知識がなかったから、最初はお兄ちゃんも何のことだかわからなかったんじゃない?」
その点、ラクチェ達はいいよね、と、パティはその方向に話を振る。
「何で私達が良いの?」
「だってエーディンさんがいて、どうしたらいいかみんな教えてもらったんでしょう?」
「それは、そうだけど…」
ラクチェとラナは顔を見合わせた。確かに彼女たちも、そういうお年頃だったころがあった。



 とはいえ、ティルナノグで育てられていたのは、彼女ら二人だけではない。
 セリスやレスターと言った、年上の子の年が二桁を超え始めたころには、そろそろ全員一様の扱いはまずいのではないかとエーディンは頭を悩ませていた。
 朝。まず双子が一番早く起きてくる。二人とも、むっとぶすっとした顔だ。
「あらあら、どうしたの二人とも」
「ラクチェが、僕を殴って起こした…」
「夜中に私の背中蹴っ飛ばしたんだもの、おあいこ様よ」
「喧嘩はいいから、身支度をしていらっしゃい」
さあさあと二人を送り出して、ふう、とため息をつくと、今度はレスターがまたぶすっとして起きてくる。
「おはよう母さん」
「おはよう…すごい顔ね」
「寝てられなかった」
「あらまあ」
「デルムッドが本読んでで、灯りがまぶしくて」
「デルムッドは?」
「まだ寝てる」
この分では、起きてくるのは一番最後か。レスターをまた身支度に行かせて、振り返るとセリスがいる。
「セリス、昨晩、またラナがお邪魔に行きませんでした?」
そうエーディンがたずねると、
「うん、きたよ。怖い夢見たから僕のところで寝るって」
そのセリスの後ろから、ウサギ目のラナがひょこ、と、気まずそうに顔を出した。エーディンは、ひとまず朝から小言はやめることにして、二人をまた、身支度に送り出す。
「さて、デルムッドを起こさないと」
結わえていた髪をもう一度結わえなおし、エーディンは、子供達が眠っていた部屋の扉を開けた。

 食事の前には必ずお祈り。これだけは、子供達に有無を言わさず躾けた。しかし、そのお祈りが終わると、わっとにぎやかに朝食が始まる。
「あ、最後のゆで卵、私が食べようと思ってたのにっ」
「もう遅いよっ」
「お母様、オレンジむいて?」
「ああ、そんなことぐらい僕がするよ」
「…」
「デルムッド、いい加減に目をお覚ましなさい、あなたの食べる分がなくなってしまうわよ」
それはそれは修羅場である。さすがにこの修羅場と一緒にはできないと、オイフェとシャナンは別のテーブルになっていたが、
「自分で食べられるようになっただけ、まだ楽だよね」
と、シャナンがそうつぶやいた。
「まったくです」
オイフェがそう同意する。それこそ、ここに来たばかりのころは、乳母に世話係も総出で食べさせていたのだから、自分で食べられるだけ、後の掃除が楽だというものである。
 もちろん、その掃除も、エーディンは子供達も一緒に手を抜かせることはない。眠っていたベッドのシーツはちゃんときれいにしておくように、脱いだ服は洗濯にまわすように、それは八面六臂の指示の出しようである。
「はあ…」
それが一段落ついて、子供が遊びに出たときに、やっとエーディンは食堂兼広間のいすに座って、一息つくことができる。
「だいぶ、楽になりましたね」
とオイフェが言う。そのときに手ずからいれた茶が出せるのは、騎士見習い時代に鍛えられた杵柄というものだ。
「ええほんと。
 前は、一息つくこともできなくて、もうお昼ご飯? なんていったものだけど」
ふふふ、とエーディンは笑い、はた、と難しい顔をする。
「でも、育ってきたらきたなりに少しは考えないとだめかしらね」
「はぁ」
「いくら気が強くてもラクチェは女の子だもの。ラナもそろそろ、私と一緒ではかわいそうでしょう」
ラナをのぞいた子供達は、広間から扉ひとつで続いた、別の広間で全員一緒に眠っていた。もっともラナは、自分ひとりだけエーディンと一緒なのが、特別扱いのようでいい気分ではなかったようだが。
「そうね、そうしましょう」
エーディンは一人で納得した声を上げた。
「何を、ですか」
オイフェがたずねる。
「模様替えよ。力仕事になるなら、あなたも手を貸してね」

 昼食を済ませたあと、外に飛び出そうとした子供達をまず押しとどめて、エーディンは
「今日の午後は、お部屋の模様替えをします」
と言った。
「もようがえ?」
怪訝そうに顔を見交わす子供達に、彼女は続けて
「お部屋の家具やベッドを他の場所に移して、もうすこし住みやすくしましょう」
と言う。
「はい、はい、はい」
とラクチェが手をあげる」
「私、シャナン様みたいに一人の部屋がほしい」
「ずるいよラクチェ、それなら僕だってほしい」
やいのやいの声を上げる子供達を制して、
「シャナンは、あなた達よりずっと大きいからいいのです」
と言い、ぱんぱん、と手をたたいた。
「さ、少しお休みしたら、始めますよ」

 とはいえ、そのティルナノグの山荘の部屋も限られている。子供全員に一人の部屋を与えることはできない。ここに来たときに少し増築をしたが、それは物置やいざと言うときの武器置き場や、厩舎のことだ。
 それでも乳母や世話係、兵士といったものたちは、山荘に近い村の一軒に住みあって、そこから通っている。そのためにできた空き部屋が、何個かは出来ていた。
「ラクチェは、私がラナと一緒に使っていた部屋にお移りなさい」
「えーっ」
「お母様は、どこに行くの?」
明らかに不満の声を上げたラクチェ。そしてラナが不安そうに聞いてくる。
「隣に、部屋があったでしょう、そこに移ります」
「じゃあ、僕達は?」
とセリスがたずねる。エーディンは、オイフェに少し目配せをした後、
「セリスは、オイフェの隣にあるお部屋を使いなさい」
と言った。他の子供達から一斉にブーイングがあがる。
「なんでセリスだけ一人なのっ」
「セリスには、お勉強してもらわなければいけないことがこれからたくさんあるからです。
 そうですよね、オイフェ?」
話を振られて、オイフェも、気がついたように、
「そうですね、そろそろ、そんな時期かもしれません」
と返答する。
「今までみんなで眠っていた部屋は、これでスカサハと、デルムッドと、レスターの三人になったわね。
 デルムッド、あまり夜更かしはだめよ」
「…はい」
「お洋服の部屋も、男の子と女の子に分けましょうね、もうみんな服が大きくなって、ひとつのお部屋では狭くなってしましたし」
エーディンはそれはすばやい頭の回転で、そう部屋の振り分けをし、
「さ、はじめましょ」
と言った。

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