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 突然入り込んできた少年と、アイラの続柄を聞いて、メイド達は二度びっくりの様相である。
「兄上の継承していた期間はごく短いものであるから、事実上、神剣は父上からシャナンに行くことになるのだ」
その少年が継承者と聞いてから、メイド達の頭は上がらない。
「アイラ、この人たちどうしたの?」
シャナンが当惑するのも無理はない。アイラは
「お前ではなく、お前が手に持っている神剣に伏しているのだ」
と言い、メイドたちには
「私程度に接してくれれば良い」
と言い置く。そうでないと、このメイドたちは、シャナンに取り付いて、箸の上げ下ろしさえ彼にさせなさそうに見えた。そのシャナンは、言われなくても出てきた茶菓にかぶりつくようにしながら、
「寒くなかった?」
と聞いた。
「全然。冬が寒いのはどこも同じだ」
「お腹の中、びっくりしたんじゃない?」
「どうだろう。大切に暖めてきたから案外気がついているまいよ」
「僕さ」
「ん?」
「生まれてくるのが男だったらいいなあって、思ってるんだよ」
「なぜ」
「大きくなったら、僕が剣を教えるの」
「女の子だったらどうする? 女でも、私のようになることはできるのだぞ?」
「そこが困るんだよなぁ、だってさ、ここの女の人たち、剣の練習なんてほとんどしないから、僕も教えていいのかなと思って」
「遠慮せずに教えればいい。私に似れば、女らしくはないが、お前の導きでひとかどの剣士にはなるだろう」
「アイラが二人になるみたいだ」
「頼もしくてけっこうではないか」
アイラはつい、かみ殺しきれず、くすっと笑ってしまう。シャナンはそれを、ぶんむくれて見ている。やがて彼は、持っている分の菓子を食べてしまってから、
「僕、もう行くよ」
と立ち上がってしまう。
「この間言ったのはアイラじゃないか、あまりあちこち女の人の部屋に出入りするなって」
「ここは私の部屋らしいから特別だ。それに、お前の部屋は隣で、廊下を使わなくても行き来できるらしい」
「そうなんだ」
シャナンは、その話はあまり興味なさそうだった。
「でも僕行くよ。セリスのこと見てないと」
「今のお前には、その仕事があったな」
「うん。
 それから、レックスが、そのうちまた行くって言ってたよ」
最後の言葉だけを、少し嫌そうに言って、シャナンはメイドたちが伏して見送る中部屋を出てゆく。
「まだ、馴染めないらしいな」
アイラは少し肩をすくめた。

 夕飯がすんでしばらく、アイラが来し方などをメイドと話している間に、一人が続きから入ってきて、
「昼に姫様をこちらにお連れした方とお見受けいたしましたが、いらっしゃっています」
と言う。アイラが
「ここまで通して構わない」
そう言うと、ややあって、
「ちゃんと飯食ったか?」
と言いながら、レックスが入ってくる。
「食べたぞ」
アイラの言葉はそっけない。
「ちゃんと二人分食べたか?」
「二人分なんて食べられるか、出された分を食べただけだ」
そういうやりとりを、メイドたちははらはらと目配せあい、やがて一人が
「もし差し支えがなければ姫様」
と言い出した。
「この方はどういう方なのか、私たちにお教え願えないものでしょうか」
二人ははたと、顔を見合わせて、レックスが
「俺のこと?
 俺は」
と言い出すのを、アイラは
「私が言う」
と止めた。
『この方はレックスと言う。グランベル王国のさる公爵家にゆかりのある方だから、おろそかにしてはならないぞ』
突然アイラの口から母語が飛び出して、レックスは毒気を抜かれる。しかし、メイドたちの不安そうな表情は、おそらくは、なんとなく聞き取れた「グランベル」の言葉に反応したものらしいことはわかった。
『グランベル王国といえば姫様、偉大なるオード様とバルムンクのしらしめたまうイザークを蹂躙した国…
 私達はそのイザークから逃れ、ここにやってまいったのです』
『憎むのは国ではない。私は兄上より神器を預かり、流浪し、今この地に来る間に、そう思い至った。』
『ですが姫様』
メイドたちの間から、涙をすするような声が上がりはじめる。
『賢い姫様にはすぐにもご納得いただけることとは存じますが、私達には納得がいきませぬ。
 どうか姫様、本当のことを仰ってください、なぜこんなおいたわしいお姿に』
そのうち、アイラの目が毅然と見開かれた。
『さては何か、お前達は、私を流浪の間に心無く弄ばれた挙句の姿と見るのか』
『め、滅相なことを』
アイラのきつい様子の言葉に、メイドたちが一様にうろたえる。
『私は望んでこの方の子を宿した。それ以上も以下もない。
 生まれ出れば、いずれシャナンのよき手足たるべく育てるつもりだ。
 ここをイザーク王宮の奥向きとなぞらえて心得よ、表ごとは口にするな』
『かしこまりました』
『ここにおられるグランベルびとの方々は、みな母国に切り捨てられた寄る辺を失われた身。 グランベル本国に、何にかの悪意のあって、その被害者だ』
『は、はい』
問答の後、しん、と静まったのを伺うように、
「話は、もういいのか?」
レックスは言う。
「済んだ。
 誰か、灯りをここに寄せて…」
アイラがあれこれと指示を出す。数分もしないうちに、アイラが指示したとおりに、机が寄せられ、灯りが増やされる。
「まるで、何年も使ってきたみたいに動くんだな」
「少し釘を刺しておいたからな。
 さて、話は例のことだろう」
「そうそう」
メイドたちがひけるのを待って、レックスが言った。
「二三日は忙しいし、ラーナ王妃も来てあれこれあるらしいから、その後、仲間内だけで、食事会を少し豪華にして…って、話になりそうだ」
「なるほど」
「注文があれば今のうちだぞ」
「特にない。お前のいいようにすすめてくれれば」
「いいのか? この段取りだって、俺が話を切り出したら、エスリン様がずらっと並べて、『これでいいかアイラに聞いてみて』だぞ?」
「それでいい」
アイラは、本当にそれで十分らしかった。
「イザークの王女様なら、もう少し派手でもいいと俺は思うんだけどねぇ…」
「私はドズル家に嫁ぐのではないから、それでいいのだ」
「…そうか」
レックスは納得したようなしていないような声を出す。彼女がそれでいいといえば後はテコでも動かないのを、見ていた時間なりにわかってはいるからだ。
「しかし…こんな真冬で悪いな…何の華もねぇや」
「暖かくなるのを待っていたら、私はここから動けなくなってしまう。
 それに、雪模様も悪くはないぞ、こうして見ている限りではな」
「そうか?」
「寒い中、あえて暖を取らずに窓をあけ雪を見る、これが本当の通というものらしい」
「そんなのただのやせ我慢じゃないかよ」
「子供のころは、お前も、周りが止めるのも聞かずに、雪遊びに夢中になったろうに」
「確かにそうだがさ」
「私もそうだった」
ふふ、とアイラが笑う。汗ばむほど暖められた中で、灯りにその笑みが映える。その昔話を思い出しているのか、その笑みはずっと続いている。
「ん?」
そのアイラと、目があった。アイラはすぐとその笑みを消して
「もしかして、見てたか?」
と言った。
「見てたよ」
「…」
アイラは不覚を取られた、とでも言いたそうな顔をして、枕の下を探る。宝物でも入っているのか、灯りにちらちらと縫い取りの金糸が光る小さな袋を探って
「一つだけ、注文を思い出した」
「はいはい、なんでしょ」
「これを」
とレックスに差し出されたのは、金作りの髪飾りだった。
「俺にくれるの?」
「違う」
袋の口を閉めながらアイラは一言言い返し、
「これは、私のために父上が誂えてくれたものだ」
と言う。
「マナナン王が?」
「本当は、一揃えあったのだが、ここまでの間にやむなく金に換えてしまって…
 でも、これだけはどうしても置いておかなければと」
「俺にわざわざ見せるんじゃ、今回のことと関係ありか」
「そうだ。
 当日、これを私の髪に挿してほしい」
「それだけか?」
レックスは改めて、自分の前に置かれた髪飾りを見た。
「それだけだ。これでごく略式の儀式の代わりになる」
「へぇ」
「当日まで預ける。なくさずにいてくれ」
「了解。
 さて、話はこれだけだ。ひとまず退散とするか」
「何だ、今夜は泊まると言わないのか」
「今夜ばかりは、おとなしく自分の部屋にいるさ。ここにいても、朝には追い出されるだろうしな」
「よく分かっている」
「当たり前だ、今は俺が一番お前を知ってるんだから」
じゃな。レックスは、一度ことさらにアイラに顔を寄せてから、部屋を出て行った。

 こめかみの辺りについたろうか、整髪油の香りがまだ残っている。アイラは、頬を押さえて、部屋の暖かさにやられたように、ぽうっとした顔で寝台に身を起こしたままだった。


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