もどる
抱けないあのコ〜Gratest Hip in Japan〜 逃がすものか。
それが、正直なところの俺の感想だった。
場所はしののめ庵、時間は夜、急行待ちの客でそこそこににぎわしい店内で、俺はそう思った。
「ほら、ここをちょっとかえると、この二つの名前って、同じになるの」
「でね、この考え方で言うと、ここで『おいで！』っていうのはだれになるのかな〜って」
「それでさ、何となくなんだけど、この双児ッて、雰囲気が何となくこっちのこのキャラクターに対応すると思うの。同じ双児だし」
彼女は変なところで博覧強記だ。何の話をしても、ついてくる。今まで、誰に話題を振ってもわからなかった、難解きわまりないと定評のあるあの小説と、クリア率が物凄く低いともっぱら評判のあのゲームについて、彼女はいっしょくたにして、彼女はすらすらと言葉をつむぐ。
「で、このキャラクターって、能力の割に不遇なところが彼にそっくり」
とさしたキャラクターについて、
「じゃあ、このキャラクターの奥さんは、やっぱり、こうなる？」
と間の手をいれたら、
「そうそう。『メーダ、ＥＭＰＴＹ！』って言うのかもしれない〜」
と、ころころ笑いはじめた。
その瞬間、俺の仲で何かが弾けたのだ。「両目を開いて恋しなさい」
という、古の格言がある。相手のいいところ、悪いところ、きちんと見極めなさい、と言うことだ。
しかし、もっと有名な格言に、「恋は盲目」とある。俺はその盲目と言うか…目の前に人参を吊るされた馬のように、彼女に向かってまっしぐらだった。
告白して、デートの約束を取り付けて、当日を指折りながら待った。
そして…少し風のある日だった。
古き良き時代然とアレンジされた髪型に、あしらわれたリボンがふわふわと揺れる。
季節と言えば春、桜吹雪が降りしきる下で、彼女はたたっと走り出すと、おもむろに
「ぶそ〜、れっか〜」
と、昔のアニメのまねをした。
公園に近いレストランで食事して、映画を見ると言うのが、ありきたりだが当たり障りのないデートの日程だ。
彼女は、最後まで至極楽しそうに、俺がするゲームや小説やマンガの話を、全部分かっているような顔で聞いていた。だから、気がつかなかったのだ。
彼女が昼御飯に、
「本日のお勧め ヒレカツのコースたっぷり５枚セット」
なんてものを、ぺろりとたいらげていたことを。俺と彼女の関係は、しののめ庵の夜を中心にして、とても順調に進んでいた。
季節は春から夏・秋となり…俺は、気がついてしまった。
彼女の顎の下に、何かぷっくりと、出てきたものを。
じゃれるふりをして触ると、それはまごうことのないやわらかさでしっとりと乗ってくる。
よくよくみれば…彼女の顔は、夏バテとは縁もゆかりもなさそうな健康そうな顔で、コーヒーセットについてきたベイクドチーズケーキをおかわりしていた…俺は、
「見た目じゃない、ないんだよ！」
と自分に言い聞かせていた。
しかし…春には、後ろから抱き締めて回った腕が、今はすこし窮屈になってきたし、彼女が暑いからと脱いだコートのサイズ表示が「３Ｌ」だったり、そんなさまざまな事象が俺を打ちのめす。
こんな落ち込みなんか彼女は知らないで、フローズンヨーグルトに抹茶ラズベリー味のアイスクリームを「ずも〜」と音がするぐらいに重ねた片手では持ち切れないようなカップを抱えながら、いま見てきたプラネタリウムのプログラムだった宇宙の螺旋構造について、
「たしかさあ、あれってヤマトのワープ航法と同じ原理だったよね。
でもすごいよね、ヤマトが世界で最初なんでしょ、あの『ワープ』って発想は。
そういえばさあ、全てコンピューターに管理されてるはずのヤマトなのに、どうして波動砲だけ全部手動なの？
そうだ、最近、どこかで本物のヤマトが発見されたよね〜、でもあれじゃ全然、2000年の発進には間に合わないよね〜」
と、熱弁を振るっている…
すらっとして、ぼん、きゅ、ぼん、と、この間までの彼女のような、かわいらしい女の子が歩いてゆく。その後ろ姿を…目で追わずにはいられない俺だった。
「ねえねえ、アイスたべる？ 一杯おまけしてもらっちゃったからさぁ」季節は…また春になった。
俺はとうとう、彼女にこう言った。
「すまん、ダイエットしてくれ」
「…」
彼女はしばらく呆然とした。
「…やっばり、きになってた？」
「なってた」
「ごめんね。でもさあ、これって、幸せ太りなんだよ〜」
「知るか」まず何より、コーヒーセットの注文は禁止。
デートは公園でひたすら歩く。俺も彼女に付合っていたおかげか、なんだか腹の辺りが気になる。ちょうどいい。
「ウェディングドレス着るには、もうちっとひきしめなきゃ」
「私さぁ、顔が洋装って顔じゃないでしょ〜、和服で神式っていうのはだめなの〜？」
「やかまし、式の時に、俺は君を『お姫様だっこ』にするってきめたんだ」
「いっそ式なんてしなくてもさぁ」
「だから、やかまし。君のためなんじゃないか…ったく、もう」さんざんウォーキングの後、休憩をとっている間に、いつの間にか彼女は眠ってしまった。
悪意のない寝顔だ。
いつのまにか福々しくなった輪郭の顎が、ふと、去年のキュートな顎と重なる。
あれもこれも、彼女には違いない。俺は、公園で遊んでいる、他の人間に気付かれないように、そっと彼女のほおに口付けた。春の日は一日ごとに長くなるとは言え…傾けば寒い。
「ほら、起きれ」
ほっぺたを叩いて彼女をおこす。
「カゼ引くぞ」
むっくりと起き上がった彼女は、
「…あ、ずっとひざまくらしてくれたんだね」
といいながら、立ち上がった。
「ああ、まあ…のける理由もなかったし…
かえろうか、送るよ」
行って、立ち上がろうとして、俺はおもいきりこけた。
「あ、だいじょぶ？」
彼女が手を引く。その彼女の頭が今まで乗っていた部分から先の足に、感覚がない。嬉しいような、悲しいような。
おれたち二人の戦いは、続く。「まだだ、まだ終わらんよ！」
をはり