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じゅうく・踊らぬ笛を吹くものもなし

 ユークリッドは翌朝の朝食の席で、クラウンの言葉を伝えた。その顔は、ひさしぶりに清清しく、殺気すら感じる。とにかく彼は、一同の顔をぐるりと見回して、
「パラシオンに戻ろう」
と言った。
「ちょっと待って下さい、団長。姫様がオーガスタ宮殿にいらっしゃると言うことがわかったなら、余計なことはなしに、あとは取り戻すだけの話じゃないですか」
団員があわあわと意見する。しかしユークリッドは、頑として(かつ珍しく)自分の意見を納得してもらうつもりのようだ。
「だからこそ戻るんだ」
とまで言う。ナヴィユが茶をすすって
「火ぃついちゃったみたいだな」
と呟いた。ユークリッドは続ける。
「王女がオーガスタの賓客として公にされるとなると、我々のもとに王女を保護するという行為そのものが、不当なものとなりかねない。我々の身は消えておわびと言うこともできるが、ブランデル本国との間に起きる軋轢はさけられない。
 正当にオーガスタ宮殿に入れる方策を我々も考えなくてはならない。おそらく、王女を賓客として扱うようグスタフ王に注進したのはクラウンだろう、やつが何を考えているのか、それはわからないが、それを利用する、あるいは裏をかく、さもなければつぼにはまってでも、我々の使命は達成しなければならない」
「パラシオンに帰ってどうするのさ?」
今度はナヴィユが尋ねる。
「クラウンが何と言ってても、姫様に迫ってる危機は過ぎたわけじゃない」
「感情が入ると動けなくなるのはこの数日で思い知らされた。できることなら、俺本人の意思と言うものを介在させない状態で事をすすめたい」
ユークリッドの答えには落ち着きと、少しく自信というものもうかがえた。
「…愛されてる男は強いね」
わざとらしくライナルトにすり寄りながらナヴィユは笑った。
「あの日、あたしもあの場所にいた。グスタフはかなりアレックス王を恐れていたみたいだね。絶対目を合わせなかった。
 あんな近くに、どうひっくり返っても勝てないライバルが張り付いていたんだもの、たしかにヒネクれもしようさ、その点では同情するね。
 姫様をどうこうすることで、グスタフは、自分の中のアレックスをおとしめようとしているはず。でも無理だろうね、その度にアレックス王がちらつくんだよ、きっと」
は、は、は、と、一同は久しぶりに大笑いをした。ライナルトがまとめようとする。
「何にせよ、パラシオンに一度戻ることは妥当な判断だろうね。クラウンとやらがパラシオンにも通達を出したというのが本当なら、随行の騎士団の体裁で宮殿の中に入ることもできよう」
「あるいは、全く違う情報がパラシオンに入っているかも知れないし。どのみち向こうともいろいろ打ち合わせる必要がある。ここの革命分子との連絡や、宮殿の動きを監視するのに、誰かに残ってもらいたいのだが」
「それは私が」
とライナルトが手を上げた。
「ナヴィユと二人でいれば怪しまれないでしょう」
「お願いします」
ユークリッドは言うや否や立ち上がり、団員に「準備するぞ」と声をかけた。

 その夜。
「くそう!」
グスタフは、自室の寝台で輾転反側をしていた。
 数日の間に、モイラとの間は、本人が呆気無く思うほど急進展していた。その段取りに、いつもと変わったことなどない。好きな話題に引きずり込み、ときにはただ語らうだけの夕べを過ごし、安心感を与えたのちに、怒涛のように「積んで」しまう。
 それが今回は違う。最後の詰めを急がせるべく身体の準備が整わない。モイラの寝室を目と鼻の先に用意させておきながら、そこにいそいそと向かう勇気がどうしても起きないのだ。
 無邪気な小娘の眼差しが、震え上がる程に恐い。モイラの背後に、アレックスが、同じ眼差しで立っているのが時には見えるようだ。
「なぜ余があんな小娘一人に」
布団に顔まで埋めながら、グスタフはぶつっと呟いた。
「そんなにアレックス王が恐ろしくていらっしゃいますか」
クラウンの登場の仕方があまりに唐突だったので、グスタフはつい、枕の下の短剣を引き抜いていた。
「!…クラウンか」
「物騒なものは御勘弁下さい」
クラウンは言葉の割りにはおびえたふうでもなく、張り付いたような笑みで言う。
「アレックス王の命を取りざたにしてはいかがですか? さもなくばお薬なども御用意できますが。
 図書館と侍医長の調合室を拝見いたしました。いや、陛下は博覧でいらっしゃる。ただ、御本のほこりはまめにお掃除なさった方がよろしいかと」
「こんな場所にまでやって来て、何が言いたい?」
男をあまり入れたことのない部屋にまで、づかづかとやってきたクラウンの厚顔さにはやや辟易するものはあるが、これまでの彼からの借りを考えると、むげにもできない。
「用があるなら早く言え」
「陛下にはこれまでが『百戦錬磨』でおいででしたでしょうに、今回に限って及び腰とは、なんとも不可解でなりません」
「…」
何も言わずグスタフはそっぽを向いた。
「おそらく、目的と言うものが伴っていないからでしょう」
「目的?」
「いかにも。何のために、モイラ王女をここにおとどめ置きになるか、ということです」
「お前が連れて来たのではないか」
「そう読みが甘くいらっしゃってはいつまでもアレックス王に及びませんよ」
「だまれ」
「確かに、モイラ王女は、そのお身柄だけでも、万金も及ばぬ宝とはなりましょう。
 ですが、王女があの細いお肩にになっておられるるものをお見過ごしになってはなりません。
 パラシオン小王国の一切合財。
 モイラ王女をここで陛下の御物により懐柔なされれば、もはや、オーガスタの諸候には陛下に対し弓引くものはございません」
グスタフは、そういう顔をしておいて、このクラウンという男は、自分が現在、モイラにたいして不能であることを見すかしているのではないかと思わずにはいられなかった。

 ヒュバートが出迎えてくれた。
「例の、クラウンとかいう男から通告がありました」
「王女のお披露目の事ですね?」
ユークリッドはまたも、旅装を解かずに、城の一室が当てられた、パラシオン会議の執行室に入っている。
「知っているのですか」
「私の所には本人が直接来ました」
ユークリッドは言って、例の靴を出した。
「で、クラウンの通告には何と」
「日付がありまして、モイラ王女のお披露目が行われるが、盟主の近衛隊が王女の警護をまかされているので、パラシオン騎士団の随行には及ばず、云々と」
「こんなばかな話はありません」
と、パラシオン騎士団の団長が言う。
「姫様が宮殿に伺候なさるなら、警護の騎士十騎、兵士二十人、侍女十人、等、随行の者がなければ格というものが保たれません。
 御身一つとは、いかにもパラシオンを侮辱しております!」
「モイラ様の格が落ちるというのなら、こちらとしてもだまっておるわけにはいきませんなあ」
ヒュバートもいつになく思案顔だ。
「我々は、いってしまえば非合法的手段に訴えてでも、王女をせめてパラシオンにまでお戻りいただくよう、いままで動いて参りました。
 ですが、こうなった以上、騎士団をもって、処分を覚悟で王女に接近し、我々の存在を察していただくよりほかないのでは」
ユークリッドが部屋を歩き回りながら訴える。それに騎士団長がいう。
「もちろんその時には、マクーバル卿もおいでいただけますな? パラシオン騎士として」
「もちろんです。恩賜の剣にかけて」
「では早速準備を始めましょう。いかに卿が強行軍の末到着したとて、かの通告の日取りでは相当急がなくてはなりませんから。我々だけでは不安でしょうから、ディアドリーからの部下も一緒にどうぞ。随行の騎士が多いとなっても、事と次第というものがありますから」
とんぼがえりとはまさのこのことである。だが、不平などいう暇はなかった。いや、総体的に、双方の間がどんどん狹くなっていることを、喜ばずにはいられなかった。

 パラシオン騎士団が、街道の全てを蹴散らす勢いでばく進を続けている頃、モイラは、オーガスタ宮殿中庭の、洗練された幾何学模様の植え込みをぼんやりと眺めていた。
 モイラが本当に知りたがっているアレックスの動向について、まったく情報がないことを不満には思っていたが、グスタフが自分をお披露目する機会を設けてくれたにあたり、「きっとその時に合わせて私をびっくりさせたいのだわ」と鷹揚に考えて、すなおに、それに向けての準備をされていた。
 侍女が入ってくる。
「陛下のお召しでございます」

 グスタフの部屋に入ると、グスタフは待ちかねていたように立ち上がった。当のグスタフ、自分の身体に起こった緊急事態を収拾する手段として、この数日を実に健全に過ごしていた。
「モイラ王女、お披露目まであと幾日もないが、御機嫌はいかがかな?」
「ええ、大丈夫よ」
腹蔵なく笑むモイラに、グスタフはクラウンの台詞が過る。
『陛下にはこれまでが「百戦錬磨」でおいででしたでしょうに、今回に限って及び腰とは、なんとも不可解でなりません』
「余もわかっているのだ」
奥歯の奥で呟いたのを、もちろんモイラが気がつくはずもない。
「ご用は何ですか?」
と聞くモイラに、
「いや、お披露目を前にして、もし不安に思うことがあるなら、話だけでも聞いてやれぬかと思ってな」
「ありがとうございます陛下、でも大丈夫」
「ではいつものように、心ゆくまで語らおう」
「ええ、よろしくてよ」
モイラは笑みのまま、侍女の入れてくれた茶を飲んだ。諸々の話をする二人を見守るように、クラウンがひかえている。張り付いたほほえみのまま、リュートをかき鳴らしながら、唱うのは有名な恋歌だ。

 例によって、クラウンが一服盛っていた。
「お前、一体何ものだ?」
グスタフはそう聞かずにはいられない。
「職業柄世界を転々として、いろいろ顔見知りもおります。…気高さでいえば、陛下程のお方はありませんが」
「口のうまいやつよ」
「ありがとうございます。
 それはともかく陛下、こちらでございます」
クラウンは手のひらに乗るような入れ物を出した。
「大量に使えば命が危ないものですが、適度に服用すれば軽いめまいと多少手足がおぼつかない程度ですみます。痛みなども薄らぐそうです。
こちらで姫様をよしなになさったらいかがでしょう」
薬やその他器物の力を頼るのは、グスタフとしては、大いに自らの体力を否定される心持ちだった。だが、この際手段を選ぶような余裕はなかった。時間が解決させる問題とも思えようが、モイラの攻略は立ち止まれないとグスタフは異様なまでに焦っていた。

 クラウンの説明通り、モイラはしばらくして、視線が動かなくなり、ふう、とため息をついた。
「どうした王女」
その変化を喜ぶのを悟られまいと顔を引きつらせながら、グスタフはモイラの顔を覗き込む。モイラはそれを見返す。目もとに赤味のさして、酔態ともつかぬ有り様で、
「急に、頭がくらくらして」
と、細く言った。
「お披露目までにもしもの事があったらいけない、休んだら良かろう」
「はい」
とはいえ、モイラの足下はおぼつかない。
「いかん、余がついてゆこう」
「ありがとうございます」
少々舌足らずな声になるモイラの肩に、下心もさり気なく腕をまわし、グスタフはモイラの部屋に入っていく。

 モイラには、すぐに時代を把握する機転などきかなかった。寝室に押し込まれ、それらしき段取りは容赦なくすすめられてしまう。まるむきにされ怒涛のように畳み込まれながら、モイラは、抵抗することも思い付かず、あたかも投げ出された人形と言う態だったが、グスタフにはそんなことどうでも良かった。数日に渡る禁欲の成果を頼み、その時に至るモイラの声の甘さと、恥じらう顔の彩りを想像しながら、馬をむち打つように自分を叱咤した。
 ところが、なのである。
 目前のモイラは、触れればそのまま崩れ落ちそうで、グスタフの目に手に舌に残るのは、やはり極上質の印象である。浅い速い息で、秘密の場所を隠しもせず、やや恨めしそうにグスタフをみつめる眼差しが、いいようもなく艶やかだ。グスタフはいちど身体を離した。
 ところが、なのである。
 あにはからんや、ものの役に立たないというのはこれをこそ言うべきである。両足の間にぶらりと沈黙を守るものを、つかみ、揺すってみる。
「おい! いったいどういうことだ!」
その間に、モイラはとろとろと起き上がり、脱がされた服を身に寄せた。記憶の彼方のディアドリーで体に刻み込まれた、やがて心が散り散りになってゆくようなあの思いは、中途半端のまま燻っている。
「陛下?」
言葉をかけてみるが、自分に訪れている厳しい現実に打ちのめされかけているグスタフからの返事はない。
 グスタフは自分で自分を追い込んでいく。顔をあげると、モイラは自分を見つめている。実際に刺されたわけでもないのに、激痛が走るようだ。モイラの瞳の奥にあるものも見えるようだ。
「うぬう、アレックス、死んでもなお、余をあわれむのか…!」
モイラは、過ぎた嵐にほんろうされたあとのように、ぼんやりとグスタフを見た。グスタフは、モイラの目を睨むように、にじり寄り、
「なぜ我には与えられず、お前のみに与えられる?
 学も、知恵も、人望も、なぜ余より勝っておりながら、それを認めぬ? 備わらぬ余を哀れむ?」
「陛下?」
「お前の持て余すそのひとにぎりでも余にあれば…!」
グスタフは、自分を見ていなかった。自分を通して、別の者を見ているようだった。
「アレックスよ、死んだものは死んだものらしく、大人しくしておけ」
モイラがその台詞を聞き流すはずもなかった。かちりと、自分の奥の方で掛け金の音がするのを聞き逃すはずもなかった。
「今、なんて」
「王女モイラ、余を見よ、死人にはお前を抱く腕もない。余はオーガスタの盟主だ、お前のいのちを与奪する権利がある。お前が頷けば、お前が望む全てを叶える力もある」
モイラは無表情だった。唇を震わせた。
「お兄様を、ここに、呼んで」
「モイラ、余を見よ」
「お兄様を呼んで!」

 グスタフはいつの間にかいなくなっていた。
 モイラは、グスタフにむかれた丸裸のまま、夕闇の迫る寝台の中で、例の人形のように手足を投げ出している。微かな息の他に動かなかった。結っていた髪はとうに解け、肩と乳房とに惜しげもなく金の彩りをなす。
「おにいさま」
空に問うてみた。返事はない。
 それをみる人陰があった。

 それからお披露目の日まで、モイラの姿は、身辺周りのごく限られた人物しか見ることはなかった。その彼らでさえも、必要以上は拒まれたと一様に表情が重い。
 そんなモイラも、再び盛装で中庭のバルコニーに望む時には、動きはないが、唇の端に登らせたほんのりとした笑みが彼女を彩っている。だが見るものが見れば、それさえも、王女としての社交辞令と映るだろう。
 グスタフは、その前々日になって、やっとモイラがオーガスタ宮殿を訪れていることを公表し、そのお披露目を通達させた。グスタフの名前でモイラを社交界に出させるという、すぐにはグスタフの考えの読み取れない奇妙キテレツな事態ではあった。実情はどうであれ、体裁としてはオーガスタに反旗を翻したパラシオンに何も問わずに、そのパラシオンの代表を宮殿にて評価するという、見え透いた懐柔策に取られないこともなかった。その日に限り、宮殿中庭までの出入りを許される民衆の大部分は、目の前で兄の首の落ちてゆくのを見た麗しの姫君の姿をふたたび見るために、その場を埋め尽くしている。
 一足先にバルコニーに立ったグスタフが、手を差し上げてざわめきをしずめる。
「パラシオン王女、モイラ・ルシア・ライナス・パラシアを、この宮殿の貴い客としてお前達に紹介できることを嬉しく思う。
 王女は以後、余の名において、その身柄と身分とを保証されよう」
グスタフは大仰に、差し上げた手をバルコニーの奥に指した。華やかに鳴り物が入り、もとより快晴の空に、もう一つ日の差し込むような、そんな印象を思わせた。波のような喝采が巻き起こる。
「…パラシオン王女として、この場所に立てることを嬉しく思います」
すう、と、モイラは、民衆の一人一人を愛し気に見つめ、諸手を差し伸べた。民衆を抱くように。
「今皆さんに降り注いでいる日の光が、いつまでも、このままでありますように」
モイラの言葉に、民衆は快哉の叫びを上げた。グスタフは、そのモイラの後ろ姿にぞわりと悪寒をたてる。彼女の台詞に、メタファーの隠れているように思えてならなかった。
 そこに、であった。群集の奥が、ゆらりと動く。賢者の魔法のように人の海が裂け、威儀をただした騎士らしき一団が進んでくる。
 一団は、バルコニーの直下に進んでから、パラシオン騎士団長がローブを払ったのを合図に、ざっと膝をおる。
「モイラ王女。パラシオン騎士団、王女のおん威儀のために、ただいま参上いたしました。この善き時に、初めから随行できぬ無礼はお許しを」
団長だけが顔を上げた。
「まあ」
もちろん、モイラはこれを知っているはずはない。驚いてはいたが、落ち着いた艶やかな笑みは絶やさずに、見上げる団長に尋ねた。
「私のために、パラシオンから来てくれたのですか?」
「御意」
「なんだと?」
グスタフが出て来た。
「随行はいっさいいらぬと通達したではないか」
「無礼を覚悟で申し上げます、盟主陛下」
団長は平伏して言上する。
「いかに盟主の仰せであっても、ものにはそれにふさわしき体裁と言うものがございます。われらが王女が、盟主にお目通りかなうという慶事にあたって、御身一つは余りにも、王女には不面目なお達しではございますまいか」
「余は王女に余計な気を使わせるまいと、あるいは、辺境の類いであるパラシオンより、大人数を遠路遣わすには国元の負担にもなろうと考えたのだ。
 それがお前には世の配慮が足りぬと言うのか」
「御意」
団長は腹のそこから低く声を出した。
「パラシオンにもパラシオンの伝統、というものがございます、盟主陛下。われらが王女の晴れの日を、より善きものにするため、あえて我々は参上いたしました」
「なるほど」
グスタフは唸った。いつのまにそばに出て来たクラウンに耳打ちをする。耳打ち返されて、彼は、直下の騎士団に向き直る。
「理由はどうあれ、余の通達に違った行為であることは間違いない。相応の罰を受けてもらうことになるだろう。
 本日は佳日だ、よって手荒なことはしたくない」
グスタフは左右を見回して手を上げた。民衆をしずめるものではない。衛兵が入って来て、パラシオン騎士団を取り囲んだ。
 モイラは、すこしく不安そうな顔をクラウンに向ける。クラウンは、それが自分の考えでないことをことさら協調するように首をすくめた。

 儀式官による厳重注意のあと、型どおりに、随行騎士の宿舎に案内されたパラシオン騎士一行だったが、数日たっても、モイラへの謁見が許されない。
 モイラが、彼らに面会することを求めていないはずがなかった。だが、グスタフはがんとして許可を出さない。
「モイラ王女、彼らは余の命に背いたのだぞ?」
「ですが、私を思ってここまで参ったのですもの」
「…」
グスタフは玉座から、もっともらしい声で言う。
「アレックスの死亡の事は、本人の意思によって長く公表されなかった。いろいろ嘘でお前を翻弄させたことはやむを得ぬことだったのだ。
 そして、余は、しかるべき時期を見計らって、お前をオーガスタ宮殿に伺候させるよう、考えていた」
「え?」
「そしてゆくゆくは、余の配偶として」
「…え?」
モイラは謁見の間で、ぽつりと立ちすくんでいた。わきのクラウンに向いて、言葉を求める。
「陛下のおっしゃることは本当ですよ。私は、そうなるまえに、せめて姫様とお会いできるように動いておりましたが、雪に邪魔されたのです。
 ですが、冤罪をはらすことをいさぎよしとしなかったアレックス王の崩御によって、姫様を筆頭にしたパラシオンは一応のお許しをいただきました」
「でも、それと、パラシオン騎士団と会ってはいけないことのつながりがわかりません」
「あの中には、アレックスに続いて、お前を擁して余に弓引く算段を持っている超危険人物が含まれているとのことだ。その事情の聴取が終了し、人物が特定されるまで、お前にあわせるわけにはいかない」
「そうでしたの」
モイラは納得されて、クラウンに促されるようにして退出した。
 アレックスにかぶせられた冤罪の内容は、貴族排斥運動に乗じて、盟主の地位を算奪しようと企てていたこと、と彼女は聞いた。だがグスタフはそれを否定する。
「その冤罪はアレックスが死んでからわかったこと。だがアレックスは、冤罪をかけられた自らの不徳を恥じて、一切の弁解をしなかったのだそうだ」
「盟主陛下はそれを大変に遺憾におぼしめして、姫様に対し誠意を尽くすことを誓われたのです」
モイラは、特にそれに対して違和感を覚えることはなかった。お披露目も終わり数日する頃には、モイラは立ち直りの兆しを見せていたのである。黙って抜け出して来たディアドリーのことは忘れたかのような素振りであった。
 アレックスを冤罪に陥れた人物が、あの人間達の中にいるということは、モイラとっては少しく恐怖であった。
「クラウン、お兄様に罪を着せた物を処刑してしまうように陛下に申し上げてちょうだい」
いかにも恐ろしい形相で言うこともあった。そういう事情があるから、パラシオン騎士団の謁見はますます実現しないのであった。

 「ユークリッド達は無事にモイラに接近できたのだな」
「そう考えて良いようです。ただ、身の安全、となると、向こうから何の連絡もないだけに不安です」
ライナルトの報告を受けて、ディートリヒは顔を曇らせた。
「グスタフの真意が全く読めん。主義主張に一貫性がないのはそのクラウンとかいう男が間に入っているからか?」
「おそらく。『私の唱う物語のために』などと言っておりましたから」
「『物語』、か」
ディートリヒは、一瞬だけ、よくわからん、と言いたげな顔をした。少し離れて、ディートリヒ夫人と話をしていたナヴィユが寄ってくる。
「作戦が裏目に出て、あまり考えたくない方向に話が動いてなければいいのですが。なにせクラウンはあれでも吟遊詩人ですから、単純なグスタフや純朴な姫様をうまく言い包めていることは考えられますけど」
「けれども、モイラ様はその方がお好きなのでしょう? もし、モイラ様がお寂しくていらっしゃるなら、その方のおいではたいへん強みにはなりませんこと?」
夫人が言う。
「ええ、ただ」
「ただ?」
「姫様が何らかの事情でアレックス王の崩御の事をお知りになってしまった時、あの方がどういうことになるのか、私達には全く予想がつかないのです。
 それをそれと厳粛に受け止められるのならよいのですが、ディアドリーにおこしいただいた時のようなことにもう一度なられたりしたら、それこそ、グスタフとクラウンの思うつぼなのです」
どちらになるか、私にはわかりません。ナヴィユはいつになく不安な顔をした。
「宮殿には姫様のお立場になる方はいないと思いますから」
「…早いところ、ユークリッドと連絡がとれればいいのだがなあ」
「宮殿の関係者に、王都の革命分子とつながリあるものを捜索しておりますが、なにぶん、あれから一年、依然革命分子を取り締まる動きは王都だけあって、他の小王国に追随を許さない厳しさのようで、呼び掛けに応じるものがありません。
 首魁のヒュバート殿も、そういう方の行方を探しているそうで」
「そうだ。ヒュバートに聞いたことがあるぞ、名前は、たしか、」


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