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  小宴小話  

 差し向かいのはずが急に何倍の人数になって、いつもの静けさもどこやらの維紫邸。
 送られる側、いわば主賓の春鶯は、
<こんなにたくさんの方に送られるのも、恥ずかしいですね>
と少し戸惑っているが、結局、楽しそうである。
 娘たちは使用人の丹精こめた食事に舌鼓とやむことのない会話、将軍二人は
その会話を小耳に挟むのを肴に酌み交わす。
「だめですよ、絶対だめですからね大姐」
と、金蓮が、少し出来上がった顔でいう。
「大姐とつりあうぐらいかっこよくて、強い人のところじゃないと、お嫁になんか行っちゃだめですからね」
そういう金蓮に、維紫は思わず素直に
「え、ええ」
と返答する。
「私達、大姐が幸せにお嫁入りするまで縁談で軍をやめないって、決めたんですから」
「おや、金蓮にしてはなかなか見上げた決心ではないか」
これもメーターが若干いつもよりあがっているせいだろうか、珍しく趙雲が突っ込んだ。
「この間は武の道一徹の四角張ったところがいいと、関平殿を追い掛け回していたというのに。
 私に泣きついてきたのだ、よほど困っていたのだろう」
「金蓮、惚れっぽいですから〜」
芙陽がすくいようのないことをさらりという。
「その前は姜将軍で〜、このごろは馬岱様が気になるとか〜」
その芙陽の言葉に、馬岱がげふ、とむせる。
「芙陽!」
「だって、本当のことじゃない〜?」
「よかったな、岱、棚からナントカだぞ」
おそらくは場の中で一番聞こし召しているであろう馬超が、隣の従弟の背をこれでもかと叩き、馬岱はまたむせる。まったく素面の耀夏が、
「馬将軍、今のはちょっと痛いですよ」
といいながら、馬岱の背中をさすっている。

 ぱっしゃん。ぼんやりと月を浮かべた池で、鯉が跳ねた。
「でも、維将軍につりあいそうな方って、ここにいらっしゃると思う?」
「殿とか〜軍師さまとか〜」
「…飲んでないのに酔ってるような事いえるあなたが少しうらやましいわ」
耀夏がたは、とため息をついて、金蓮は、
「やっぱりここは、趙将軍か馬将軍か、そこまで理想高くないと、大姐も選びがいないですものねぇ」
と、それとなく維紫に話をふる。維紫は
「どうかしら、こればかりはご縁よねぇ」
という。その顔はまったくてらいなく、かえって場が固まった。
「どういうことなのよぉ」
「そんなこと、私に聞いたってわからないわよ」
という娘たちを見て、春鶯は
<…最初から超一流とご一緒だから、自覚がおありでないのよ>
と思っていたとか。

 「そうだそうだ、嫁入りといえば」
場をほぐすつもりもなく、思い出したように馬超が口を開く。
「この間、西胡渡りの商人が品を売り込みに来て」
と話を始める。
 「胡」が現在の中近東あたりとすると、「西胡」はその西…つまり、欧州になってしまう。ちなみに話の時代よりさかのぼること百年にして、すでに中華と地中海沿岸との交易路はあったということだから、この時代に西胡を知るもの、または西胡人そのものがいてもまったく不思議ではない。
 とにかく馬超は、その西胡を行き来する商人と面会し、いくばくかの品を買い、また懇談したという。
「その商人が西胡を発つ少し前に、向こうで出来た西胡の友人が嫁をとったとかで、その祝言に立ち会ったそうだ。
 西胡の嫁は、全身白の衣裳なのだそうだ。婿の色にこれから染まるという意味らしい」
娘たちの耳がにわかにそば立つ。杯の相手が語り始めたので、趙雲はつい、と維紫を指で招き、酌をさせる。
「面白い風習もあるそうだ、婿は嫁を自分の家に入れるとき、抱えあげて敷居をまたがせないとか」
へーぇ。娘たちはぽかーん、としてその話に聞き入っている。
「西の方の祝言はこちらとはぜんぜん違うんだなぁ」
と馬岱が言う。
「お嫁さんが重かったり、お婿さんに力がないと、さまになりませんねぇ」
「でも何で抱えるんだろう」
「何かのおまじないじゃない〜?」
娘たちもそれぞれ言う。
「しかし、同じことを俺たちがするとして、まさか嫁一人の重さで参るわけはないだろう」
「そうですよ」
と、そこで趙雲がにわかに口を開く。さっきよりもう少しメーターが上がっている。
「女人一人担ぎ上げられないでは将軍など勤まりません」
見ていてくださいよ。立ち上がった趙雲が、すぐそばの維紫の手をとる。
「ふゃ」
見る間に、維紫の体は手を伸ばした趙雲の頭の上になる。
「わ、わ、わ」
「雷姫あばれるな、落ちるぞ」
「そんなことおっしゃられても〜」
「なんてことはない、壺や木箱や象に比べたら軽いものだ。
 それとも、こんな感じか?」
「これはなんか…私さらわれてゆくみたいですよぉ」
春鶯だけは、それをみて、
<ちょっと…間違っておられる気がする>
と思ったのだ。

 そして馬超も、
「アレは、悪い見本だ」
額をおさえつつ言い、馬岱をひょいと背中とひざ裏に手をかけて抱え、
「本当は、こういう感じにするらしい」
と、もっともそうにいった。
「馬将軍〜 相手が馬岱様だと、なんとなくむなしいお姿ですね」
「…不公平は出来ないからな」
「それよりも従兄上、おろしてください、私は従兄上の嫁じゃないんです」
「あっちの趙将軍たちはどうしましょうかぁ?」
金蓮の指摘に、一同一斉にその方を向き、しばらくして馬超は
「あいつ、一緒にいて話を聞いていたはずなのに、すっかり頭から抜け落ちてるな」
とつぶやいた。
「ほっとけ、そのうち正解を思い出すだろう。そうしたら、俺たちも解散だな」
「もう解散ですか?」
「馬に蹴られていいなら残ってもいいのだぞ? しかし、門限があろう」
「あーっ門限!」
耀夏が我に返って声を上げた。春鶯も、二胡をしまい始める。
「なに、まだ間に合う。しかし、早く戻っておくにこしたことはあるまい?」
一同はいそいそ帰り支度を始めた。正解を思い出したらしい二人は、庭のほうに出たきり戻ってこない。
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