back

 高貴なお客様以上奥様未満のサブリナは、とにかくおとなしく(猫をかぶるともいう)待ち続けた。
 そして、とある昼下がりに、馬の音がする。また執務室の書類かしら、とおもってそこに向かおうとする途中で、双子の従騎士の片方と出会いがしらになった。
「あ」
両方、そう驚いた後、私が
「どうしたの? 帰るには少し早い時間ではなくて?」
というと、
「はい、今日ご主人様がご友人とともにご帰宅になるというので、お知らせするべく先に戻ってまいりました」
「あら…そうなの」
「はい」
つまり、そういうことだ。
「ありがとう、教えてくれて。ゆっくり休んで」
「はい」
 私は自分に当てられた部屋に戻った。指折り数える。二年近く会ってない。どんな顔で会おう、どんな服で会おう。柄にもなくあわてはじめてしまう。ティルナノグでは、そんなこと、全然気にしなくてもよかったから、なおさらだ。
 …ティルナノグ。
 鏡の中の私が、ふと眉根を寄せた。でも、それは今気にしても始まらない。
「迎えに行けばいいんだもの」
そう自分に言い聞かせたとき、扉がなる。
「フローラです、お召し替えのことで」
「どうぞ、おはいりなさい」

 夕方になって、帰宅にあわせてベオウルフが出迎えたらしい、ちょっと人の声がして、私の胸がたくたくとなっているのが、耳にはっきり聞こえてくる。
 そして、扉の前に気配。フローラが、部屋を抜けてゆくのとほとんど同時に、入ってくる、青い陰。一族の人が見たら、多分びっくりするだろう。これから妻にするという人の前に、この人が膝を折るなんて。
「ご無事の旅で何よりでした」
「ごめんなさい…手紙読んだら…待ち切れなくて…来ちゃった」
「申し訳ありません、こちらの不首尾で、王女にこうもご迷惑をおかけするとは」
「ううん。謝ったりしないで」
頭を下げた彼を、私は上げさせて、
「謝らなきゃいけないのは、私の方よ」
「何故ですか」
「デルムッドを、連れてくることができなくて」
「お気になさらずに」
彼は目を細めて、私の手をとった。
「そのうち、二人で迎えに行きましょう」
「…そうね」

 親しい友人だけ、と聞いていたけど、実際にはもう少し人数がいて、お忍びでいらした風のご夫人は、多分、キュアンさまのお母様。でも、今はそれを言わないでおこう。彼の仕事振りを見たら、私も一度ならず王宮に行かなければならないようだから、ちゃんとしたご挨拶は、そのときがよさそうだ。

 「すげぇや」
外から帰ってきたベオウルフが、執務室で書類の仕分けをしている私に言う。
「領土の経営のことは、貴女のほうがノディオンのころになさっていて年季がございましょうから」
と彼は言い、書類の分類などは、私がしても特に何も言わない。
 一様に「未決済」といてある箱を私は少し考えて、もう少し細かく箱を増やさせて、王宮では署名程度の作業で済ませられるように、もう少し書類を細かく分けようと思っていたところだった。
 とにかく、
「何がすごいの?」
と返す私に、
「何が、って、冷静だな姫さん。日取りが決まった途端、町の中、半分お祭り騒ぎだよ」
「長いことそぶりも見せなかったご領主様が年貢を納めるのよ、お祭りにならなくてどうするの」
「そらまぁ、そうだけどよ」
あまり私が冷静で毒気を抜かれたのか、しゃべらなくなってしまったベオウルフに、私は一枚書類を見せる。
「…姫さん、俺が読むのも書くのも苦手なことをしってての意地悪か」
「まさか。その書類にはね、ご領主様だけに街を守っていただくのはお忙しいところご迷惑なので、街の人で何か出来ませんかってかいてあるの」
「で?」
「詳しいことは補佐の人と相談するけど、どうかしら、もしこの書類が通ったら、あなた先生になってみない?」
「俺がか」
「ティルナノグで剣の稽古をつけていたでしょう、あれと同じようなことだと思うけど?」
私と一緒にこの館に来て、そのまま食客扱いになっているベオウルフの処遇を、気にする声があった。だから、実はその書類は私が書いておいたのだ。今後、情勢が不安定になることは避けられない。それならば先手を打って、自衛の機構のひとつあってもいいだろう。
「私と一緒なら、しばらくはここに落ち着くのでしょう?」
「まぁな」
「じゃあ、そうしましょうよ」
「しょうがないね、姫様の言うことじゃ、いやだとも言い切れんわ」
ベオウルフは頭をぐしゃとやって言った。

 そして当日。キュアン様のお母様があつらえてくださった真っ白なドレスが、私の体を包んでいた。
「どう、フローラ、私おかしくない?」
と言うと、
「…とても、お似合いです」
と、フローラは言葉少なく返す。そこに、
「おお、見違えたぞ、どこの王女様かと思った」
と声がかかる。つい先日、到着されたばかりのおじい様は、私をみるなりそう混ぜ返す。
「…クレイスにも、そんな姿はさせてあげられなかったからな… こちらの方のご配慮には感謝するばかりだ」
「はい」
「…夢がかなって、よかったね」
「え?」
「政略結婚の道具にはなりたくない、と、前々から言っていたそうではないか」
「ま、ご存知だったんですか」
「私を甘く見てはいけないよ、おじい様なのだからね」
教会の人が来て「どうぞ、お入りください」と言う。
「さ、私の夢もかなえさせておくれ」
おじい様はそう仰って、私に腕を差し出される。
「こうして、クレイスやお前を送り出してあげたかったのだ」

 祭壇の前まで一直線に伸びる道には、街中の色づいた木の葉がちりばめられていた。司祭様の前に、あの人がいて、デュークナイトの正装をしている。
 その隣まで進んで、おじい様は私から腕を離される。私の目の前に向かい合ってた彼は、とても小さい声で
「お綺麗ですよ」
と言った。
 聖典の一説が読み上げられて、この契りが生ある限り固くあることを誓い、指輪が運ばれてくる。薬指にそっと通された指輪は、私の指にぴったり合っていた。
 ひととおり儀式をを終えて、教会の庭園に出ると、わっ、と女の子達の声が聞こえた。少し年かさの、付き添いをしてくれたご夫人が、
「お手のブーケを投げて差し上げてくださいまし」
と言った。そういえば、シレジアでも、誰かが式を挙げられるとそういうことをしたわ、と、私はおもいだす。今度は、私が投げる番。これを受け取った女の子は、私の次に誰かとむすばれるとか、素敵な恋人に出会えるという。
 投げ上げたブーケは、すぐに人ごみの中にきえた。
「だあれ? ブーケをうけとってくれたのは?」
と声を上げると、落下地点の周りが人をよけるように空く。ブーケは、二人の手に握られていた。フローラと、…先日会った重臣のお嬢様。たしか、セルフィナといったはず。
「ちょっと待ってね」
私は二人からブーケを受け取り、二つに分け、それぞれ一つずつ、小さなブーケにして、二人に渡した。
「あなたたちに、素敵な恋がめぐってきますように」

 初めて二人で王宮に上がり、アルフィオナ様と陛下にお目通りした。あの人が私を妻といってくれて、その気はないのに顔が熱くなってしまう。
でもその帰り道、私が両陛下とした会話について、
「なぜ、コーマック卿の王宮出入り差し止めを撤回されるようお願いを?」
と彼は尋ねる。
「アレス王子のご受難について、みすみす見逃したという理由で、そもそもお出入り差し止めのご勘気をいただいたというのに…」
「敵討ちよ…お姉様の」
「敵討ち?」
「ええ、剣を使わない、ね」
私は、覚悟を自分にしみこませるように腕を組んだ。
「アルフィオナ様のサロンで、一番自己主張の激しい方と伺ったわ。お姉さまのことをなによりの誇りにしておられて、それを、お姉さまがなくなった後もご自慢にされていたときいたわ」
と仰った。
「そのご厚顔を一度お見受けしたかったのと、お姉様の本当の気持ちを、あらためて説明するためにね」
「グラーニェ様には惜しいことをなさいました。ですが王女、どうかお気をつけてください。このレンスターにおいでになったのは、そんな愚にもつかぬ事をなさるためではないでしょう」
「そうよ。でもね…ノディオンでのお姉さまがどんな方だったのか、もう説明できるのは私しかいないのだもの」
「私もご一緒しましょうか」
と彼が言う。私は
「王妃様のサロンにあなたが?」
と返して、おもわずぷ、と噴き出していた。
「心配ありがとう。でも、これは、私がしなければいけない仕事だから、ね」
「…はい」
彼は心配そうな表情を崩さなかった。

 王女でいるのは今日までと、私は自分に言い聞かせた。それが、自らの名前を借りた代理人という立場だとしても。
 国王陛下の内政のお手伝いをするという彼と控え室で別れて、私はアルフィオナさまのサロンに入る。入るなり、貴婦人がたに周りを取り囲まれてしまった。
「まあサブリナ様、ご無沙汰でしたこと」
「もう少し行き来してくださいましな、折角ついた火が消えてしまいますわ」
「それとも、ご主人様がお許しになりませんか? 仲がおよろしくて結構なこと」
「さあ、王妃様のお隣に」
と、引っ張られるように、お席に連れてゆかれてしまう。進められるままに座ると、せき払いがして、皆その方を見て、サロンは急ににぎやかさを消してしまう。
「来ない間に、なんと騒々しくなったことでしょう」
と、夫人が仰る。雰囲気でわかった。この人が、コーマック夫人に違いない。
「やはり、私がいないとだめなのですよ、王妃様のサロンは厳粛であるべきなのです」
と仰りながら、とつとつとつ、と、夫人は私の前にいらっしゃる。
「まあ、いつの間に私の椅子が。
 譲ってくださるかしら」
しかし私は、この方がどなたか知らない顔をして、
「なにぶん不調法者で、私はあなたのことを知らないのです。お名乗りくださいましな」
といった。
「まあ」
コーマック夫人はわなわなとしつつ、それでも名乗られる。私は
「では先日私が、ご勘気を鎮められるよう、両陛下にお願いいたしましたコーマック夫人でしたのね。私は、先日アレンに入りました、サブリナと申します」
そう答える。
「どなたがそうなさったか、私は知りません。
 さあ、お譲り戴けるかしら。早世したとはいえ、他国の王妃の母になった私こそ、王妃様のお隣にあるべきなのです」
貴婦人がたがはらはらした顔で見ている中、私は
「それはごもっともですわ、失礼いたしました」
立ち上がり、「アグストリア式」の慇懃な礼をした。コーマック夫人はそれに会釈も返さずに、その椅子に座られる。少し下がったところに来た貴婦人が
「でもサブリナさま、あのお席は王妃様がそうしてよいと仰ったお席では」
と言う。でも私は
「いいのです、本来座るべき方がいらしたのですから、その方には譲るべきですわ。最後は王妃様がよろしくご判断くださいます」
といった。貴婦人の中から、三、四人、お追従のように飛び出て、お話をされているコーマック夫人は、確かにお姉様に少し似ておられたけれど、性格が顔に出ているのかしら、お綺麗とは、とてもいえなかった。
 そこに「王妃様おなりです」と声があがり、一同、アルフィオナ様の入室を直立不動で迎えた。
 アルフィオナ様は、左右を一瞥され、
「あら」
とお声を上げられる。視線の合ったコーマック夫人は、アルフィオナ様の前につとひざまずかれ、
「この度は、主人についてのご勘気をお赦しくださって、ありがとうございます。
 これからもどうぞ、私をお側近くおいて何でもご相談くださいませ」
と、泣き崩れんばかりに仰る。アルフィオナ様は
「陛下はまだ渋っておられたのですが、私とアレン夫人で取りなしたのですよ。
 お礼は、アレン夫人にも申し上げなさい」
と仰る。そして顔を上げられて、
「アレン夫人? サブリナ様? どちらにいらっしゃるの?」
と仰る。私が
「ここに」
と答えると、
「まあ、そんな端のほうに。恥ずかしいことはありませんわ、いらっしゃい」
仰るので、私は、ゆっくりとそのほうに向かい、
「王妃様にはご機嫌麗しく」
と膝を折る。。アルフィオナ様は
「そんな堅苦しいことは抜き。
 それに、あなたのお席はここと、この間申し上げたではありませんか」
と、コーマック夫人がおられたお席を、あらためて私に勧めてくださる。
「お、王妃様」
「コーマック夫人、ご勘気のとけた直後の登城で、元いた場所に戻ろうとは、少し虫のいいお話ではありませんか。
 この方はアレン伯の奥様です、アレン伯はあなたのご主人より爵位も上なのですよ。さあ、ひざをついて、アレン夫人にも、今回のお取りなしの件についてお礼申し上げなさい」
「…」
コーマック夫人は、私の前にひざをつかれたが、なんと言っているかはわからなかった。
 アルフィオナ様は、私がここに来た理由を、改めて説明される。
「…王子の行方不明になったことを、その政情不安定の昨今はやむなしとアレン夫人は仰って、コーマックを赦されるよう、陛下にご進言申し上げたのですよ」
「アレス様はすでに魔剣を継承されておられます。ならば、ご神器がきっと、アレス様を守ってくださるに違いありませんわ。
 いずれ、どなたかが見いだしてくださると、私はそう信じております」
私はそういって、ことさらに聖印を切って、天を仰いだ。
「それにしても不憫なこと…疎開を避けられなかったグラーニェ様アレス様、どんなにかお寂しかったでしょうに」
事情を知らないものは、純粋に、お二人のご境遇について、哀れんでくださっている。実際、貴婦人方の中には、涙を誘われている方もおられる。でも、
「お寂しかったでしょう、ですって?」
と、コーマック夫人だけはそうしなかった。
「誰のせいでそうなったのか、わかって仰っているの?」
「え?」
「ここに戻されたときのグラーニェの様子を知らないから、あなたはそんなことがおっしゃれるのですわ」
案の定、このご夫人が口を開かれた。
「ご夫君となられた王を忍ばない日も、涙を流さない日も、一日とてありませんでした。
 なぜ、そんなにノディオンを離れがたくしていた娘を、無理を強いてここに戻させたのか、戻した方に情けというものがあるのか、それを疑いますわ」
「…私は話にしか承ったことはありませんが」
私は、あくまでも、伝聞という形で、この夫人に反駁した。
「こちらにお戻しして差し上げるよりなかったのですわ。
 王ご受難の一報を受けられてから、グラーニェ様は誰にも手の施しようがないほどお取り乱しなされて、それはおかわいそうな様だったと伺っております。
 王のお元気な姿をもう一度お見受けするまで帰らない、そう仰るのを、涙をのんでお返ししたと、王女様は仰っておられました」
「それですよ」
コーマック夫人がまた声を上げられる」
「なぜそこで、王の妹姫さまが出ていらっしゃるの」
「王がご不在のノディオンを取り仕切っておられたのは王女様だからですわ」
「おかしい話ではございませんの、普通、そんなことは家臣に任せるべきです」
「王は王女様に早くから内政を教えられ、ご不在の折には代理となるべくお育てしていたのです」
「そんなことを仰って、その実は、その妹姫をずっと御手元に残したい建前ではございませんでしたの?」
コーマック夫人は、淫靡な笑みを浮かべられる。
「巷ではもっぱらうわさだったそうではありませんか、ノディオン王とその妹姫は、ご兄妹のわりには仲がおよろしすぎ…とか」
私は、ぐっと息を飲んだ。そうでもないと、このご夫人に、ナニを言いそうか自分でもわからなかった。
「私、レンスターに着てから日も浅く、ここの言葉にも慣れていません。仰る意味がわかりかねます」
会話は私にも通じる言葉でされていたけれど、私はあえてそういった。
「まあ、ご自分をアグストリアの出身と仰っておきながら、ご存知ないのですか。
 グラーニェは子を得るためのもっぱらの道具と建前の王妃、真のご寵愛は妹姫さまにこそあり、…ええ、ここでは言えないようなご関係だったとも」
「…」
「グラーニェは、万事その妹姫に遠慮されて、王妃としてしか扱われない気苦労が重なって、体を壊したのをこれ幸いと、返されてきたものとばっかり、思っておりましたが」
「コーマック夫人」
私は立ち上がる。
「これ以上、わが主家であったノディオン王家をおとしめる言葉は、赦しがたく思います。
 お控え戴けますか」
「真実ではございませんか」
コーマック夫人がまゆをひそめられる。しんとして、誰もお言葉を出される方はいない。アルフィオナ様だけが、そんな一触即発の場面にかかわらず笑顔でおられるのが、かえって不思議に見えるほどだった。
「グラーニェ様と王女様の関係は、良好なものであったと伺っております。
 実の妹様のように思し召されて、お国元からあれこれと、王女様のためにお取り寄せくださったと、私は王女様からじかに伺っています」
「どうでしょう、私たちを心配させまいと建前を手紙によこして、その実はご機嫌を取るのに汲々としていたのではないかしら。
 グラーニェは優しい子だったから、そうして媚を売ることで、やっと居場所を得ていたのですわ」
私の機嫌をとるために? その言葉が聞こえて、私はつい、涙が落ちていた。
『浅ましい人』
「なにか、仰いまして?」
『浅ましい人といったのよ。帰ってきたお嬢様の心の傷もわからないで、巷のうわさに振り回されて、そんな見方でしかお嬢様をご覧になれず、ご自分ひとりが悲劇の母のおつもりですか。
 お姉さまはそんな方ではなかった。私を本当に、妹のように思ってくださって…』
私の涙は止まらなかった。アルフィオナ様が立ち上がられて、
「サブリナ様、涙を」
と、ハンカチを差し出されたけれど、私はそれを手で制した。
『そのご気性が、お姉様がお帰りになりたくなかった原因のひとつと、どうして思わないのかしら。
 そんなに、レンスターの王妃を出せなかったのがご不満なの?
 ノディオンではご不満でしたの?』
涙が止まらない。
『そんなに兄と私とが不順な関係にあったと仰りたいのなら、そうすればいいわ。
でもお姉様は、ノディオンに大切なものを残してくださった。お姉さまがおられなければ、アレスがこの世に出ることもなかったでしょう。
 でも、そのアレスをも行方不明にさせた、ここまでノディオンとヘズルの系譜を侮辱した罪への罰は、いつか相応に下ることでしょう』
私は、言いたいことを一気に、夫人にぶつけた。言葉など、わからなくてもいい。言うだけ言った。その後は、そのままいすに力なくおちて、顔を覆って涙をとめることしかできなかった。
 サロンが、ざわめいている。
「コーマック夫人、貴女はどうも、この方に言ってはいけないことを言ってしまったようね」
アルフィオナ様が、静かに仰った。
「ノディオンの王女様は、グラーニェを実の姉のように敬愛されていたそうよ。
 筆まめな子だったから、そのことを知らないあなたたちとは言いません」
それから私に
「サブリナ様、お願いですから、落ち着かれて…」
といってくださるけれど、私の涙は止まらない。やがてアルフィオナ様は
「誰か」
と兵士を呼ばれ、私を控え室へと連れて行くよう仰った。

 「信じられない」
 しばらくして、連絡を受けたのだろう、飛び込むようにして帰ってきた彼に、私は一部始終を話した
「そんなことを…」
彼も絶句した。おそらくは、私の危険紙一重の行動について。
「そんなにお姉様を、私に気後れして手玉に取られたと思いたいのかしら。
 お姉様はそんな方じゃなかった。私をたくさんかわいがってくださって…
 お兄さまのことも、長く待たれてやっと結ばれた、本当に思い人だったのに…」
あれではお姉様がかわいそう。私はお姉さまが余りに不憫すぎて、らしくなく、泣き崩れることしかできなかった。
「思いたくないけど…アレスも…コーマックがわざと見捨てておいたのかしら…?」
どうなの? 話を向けられて、彼は複雑な顔をした。
「たしかに、コーマック夫人のように勘ぐれば、いかようにも考えられることはできます。
 ですが、傭兵団の襲撃が突然で、対処のしようもなかったことも事実、これ以上はもうお考えにならないよう」
「…そう」
私はやっと立ち上がれた。心配そうな顔の彼を、軽く見上げて、少しだけ笑った。
「心配させてごめんなさい。もう、あんなことしない。
 これからはずっと… ただのサブリナで、あなたのサブリナでいます」


next
home