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 アグストリアの北にあるマディノは、今年は少し春のが来るのが遅いような気がした。
 でも、まだ冬のような冷たい雨の降った次の晴れた日は、日差しが本当に暖かくて、私は庭に植えられた木や草が花開くのを、ひとつふたつと数えて歩くのが、何よりの楽しみだった。
「いけませんよ姫様、そうおてんばをされては。
 日の差さないところには、まだ雪が残っているのですよ」
私の後を、ばあやが息をつきながら追いかけてくる。ばあやは、お母様が生まれたときから、ずっとお母様のお世話をしている人で、そのまま、私のことも気にかけてくれる、私にとっては、もう一人、お母様がいるような感じだ。
 もっとも、この「お母様」は、お母様より少し、口うるさいけれども。
「お部屋に飾れる花を探しているの」
ばあやの声に、私はそう答え、緑の増え始めた庭を、花を求めて見回ってみた。
「姫様」
と、ばあやの声がする。なぜか知らないけれど、私はこの、全然お城にも見えない家の中で、「姫様」と呼ばれて育っていた。私は、それを当たり前のように思っていたけど、間もなく、その理由がわかるときが来る。

「姫様ぁ」
「なぁに、ばあや」
ばあやがまた私を呼び、私は、花が見つからない、少しいらだちのこもった声で返す。
 ばあやは、私が振り向くと、黙って、家の方を指した
「?」
そのほうを向くと、庭に通じる入り口でお母様が、私を待つように立っていらっしゃった。

 「お母様」
私は、するすると、花壇をよけて縫うようにして、お母様に近寄る。
「お風邪、もういいの?」
と尋ねると、お母様は、まだのどの調子が思わしくないご様子で、小さく」
「こちらにいらっしゃい」
と、私の手を引かれる。
 私は、おじい様のお部屋に入ることを、初めて許された。
 天井まである本棚に、ぎっしりと本が並んでいて、それでも入りきらない本が、あちこちで山になっている。少し怖くなって、お母様の後に隠れるように中に入る。
 おじい様は、扉の真正面に置かれた大きい机にすわっていらっしゃって、私達が入ってきたのがわかると、読んでいらしたご本を机に置いて
「来たかね。
 では、本題に入るとしよう」
とおっしゃって、ばあやも、メイドも、だれもかも、私たち三人のほかは、お部屋からお出しになってしまわれた。

 私の目の前に、一通の手紙がある。
「あなたのお兄様からの、あなたへの初めての手紙です」
お母様はそう仰って、私の前に、その封筒をついと押しやられた。
「お兄様? 私にお兄様がいらっしゃるの?」
私がきょとん、として返すと、お母様はゆっくりとうなずかれた。
「そう。あなたのお兄様。ノディオンに帰っていらしたの。
 新しく王様になるために」
お兄様がいるのを、そのとき始めて知った。
 ノディオンという土地の名前も、同じアグストリアの中にあることは知っていたけれど、そこの王がお父様であるということすら理解のしようもなくて、一年に一度ほどこのマディノにあるお城を立派な服を着ている人訪ねてこられて、お母様はその間、その方のお世話をしていらっしゃるのが仕事なのだ、ぐらいにしか思っていなかった。
「それが私に、どう関係があるのですか? 私にお兄様がいるなんて、お母様、一言も仰らなかったのに」
私の投げるような質問を、お母様は丁寧に受けて答えてくださる。
 そして、お父様は最近、急になくなられたこと、お兄様という人とは、私とは母親が違うことを教えてくださった。
「お父様は、あなたがもっと大きくなるまで、このままマディノで育てるようにと、仰っていたの。大きくなって、お行儀もよくなって、綺麗になったら、ね。
 でも、なくなったのがあまりに突然で、私も、これを知ったのは、今、お兄様が私宛に下さった手紙からで…お葬式にも出してあげられなくて…ごめんなさい、と」
お母様は仰って、目にたまった涙をぬぐわれた。お母様が、色の沈んだドレスで、髪に黒いリボンをあしらっていた意味を、私はそのとき初めて知った。
 私達のやり取りを、おじい様が聞いていらした。マディノの王様の、いろいろなご相談を受けるお仕事をなさっている。そのためには、たくさんものを知っていることが必要で、だから、怖くなるほどこんなに本があるのだと、それも今気がついた。
「クレイスはもう知っているだろうが、よくお聞き」
私の傍に座って、おじい様は怖そうな顔で仰った。
「このマディノはじきに、危なくなるだろう。その前に、そのお手紙の主…ノディオンの新王陛下がお前達を迎え入れたいとおっしゃってきた。この好機を、逃してはいけない」
「あぶなくなるって、どういうこと?」
「お前が、ここで、お母様や私と幸せに暮らしてゆけなくなるかも知れない、とてもあぶないことだよ」
おじい様はやるせなさそうに、かぶりを振りながら仰った。
「しかし、心配することはない。ノディオンはこのマディノに一番遠い。それに、新しい国王陛下は盟主陛下からのご信頼もあつい、一番安全なところだ」
そして、こうもおっしゃる。
「お前がまだ歩けないほど小さかったころだよ、私は一度だけ、立太子の式典に招かれたこちらの陛下と一緒にノディオンに行き、まだ士官学校でご修養をつづられていた王子のころの新王陛下をお見受けしている」
それでも、どういうことか少しもわかっていない風情の私をご覧になって、、
「どういえばお前にわかろうか」
と首をかしげられた。
「まるで、いにしえの騎士物語からそのまま抜け出たような、美々しい、凛々しい、…そう、たとえるなら、今まさに獲物をかりとらんと、野に躍り出た若い獅子のような…そんなお方だったよ。
 イムカ盟主陛下が、先代ノディオン陛下に、『この若者こそは、アグストリアの真の宝と例うべきだろう』と、そう仰せになられていた」
「お父様、そう難しく仰っても、この子にはわかりませんわ」
お母様は、少しお笑いになられたように、おじい様に仰ったけれど、私は、
「物語の騎士様みたいな方なの?」
と、わかる言葉だけを並べておじい様に尋ねていた。おじい様は
「そうそう、そういうお方だ」
と仰る。物語の騎士様と言えば、美しくて、勇敢で、そして、とても女の方に優しい。おじい様が語ってくださったことのある誰彼という昔話の騎士様のような方が、現実にいるというのが、私はまだ、何かに鼻をつままれたようでいた。
 しかもそれが私のお兄様で、私は、物語ではいつも、そういう騎士様に助けられて、愛をささげられるような、本物の「お姫様」なのだというのだから、私は、水から釣り上げられた魚のように、ぽかんと、口をあいていることしかできなかった。
 お母様は、私のために書かれた「お兄様」の手紙を、懐かしそうにご覧になりながら、
「私が最後にお見受けしたとき、あの方はまだ十にもなっておられなくて…
 ご挨拶もできずにノディオンからいなくなった私を、どうおもっておられるかしら」
と、か細く仰られて、軽いせきを少しなされた。

 〜はじめまして、私の小さな妹
 君と、君の母上を見つけてあげられなかったことを許してほしい〜
手紙の文字は、走り書きなどせずに、易しい言葉を使って書かれていた。
「本当に、お習字のお手本にしたいぐらい、綺麗なご筆跡になられて」
お母様が手紙を見やられながら、お兄様のことをもう少し話してくださった。
 私より十歳近く年が離れていること、グランベルという隣の国で、難しいお勉強をしておられたこと、おじい様の仰るとおり、物語から抜け出た騎士様のように、美しくて、賢くて、王様になるために生まれてきたような方だと。
「まだ、あの方が、あなたほどの小さな王子様だったころしか、私はご存じないけれども、今はきっと、おじい様のおっしゃるとおりにおなりになってましょう。
 その小さな王子様のお遊び相手をしていた私を、お父様が大切にしてくださって、あなたが生まれてきたのよ」
そう、懐かしそうに仰って、お母様はまた軽く咳をなされた。冬も本格的に去ろうというときにふとかかられたお風邪は、なかなか治る気配がない。
 私は、お母様の顔を覗き込んだ。
「お母様、大丈夫?
 お風邪を治さないと、お医者様はきっと、旅なんてダメと仰るわ」
そういうと、お母様はゆっくりと、しかしもう何かの決心をしたようにかぶりを振られた。
「いえ、おじい様は、もうノディオンに私達を向かわせることを決定されておられます。私達は、おじい様の仰るままにしなければなりません」
 近々このマディノには、イムカ様からの、大変なお叱りがあるのです」
「イムカ様?」
「アグストリアにあるすべての国の、王様の王様よ。
 マディノの王様が、王様らしくないことをたくさんされたから、とうとうお怒りになったの」
 後で聞いて知った話では、こういうことになる。
 マディノ王は、オーガヒルの海賊のうち、時の首領とそりの合わぬ荒くれと手を結び、シレジア東部と海賊の島オーガヒル、そしてマディノに囲まれた海で商船や客船を襲い、それを黙認するかわりに莫大な資財を手にした。そして、その資財と海賊の兵力を持って、アグスティに進出しようとしてたらしいのだ。
 どうして、イムカ様の元で正常がこの上なく安定していたアグストリアで、マディノ王がそんなことを思ったのか、私にはわからない。あるいは、その荒くれた海賊にそそのかされたのかもしれない。
 とにかくおじい様は、当然それをいさめねばならない立場に立たれることになった。しかし、マディノ王はもう、野心にとりつかれ、おじい様まもちろん、誰言うことも、もう聞く耳を持たなくなってしまったらしい。
 それでおじい様は、直接イムカ様に申し上げ、イムカ様は調査の上、確証が得られるようなら粛清もやむをえないと、そういうご判断をされた、というわけだ。そして、調査が続けられるうち、最悪の事態もやむを得ずというご判断に至ったのだと思われる。

 もちろん、そのころの私にはそんなことを思いやるすべもなく…優しいおじい様と、お母様と、ばあやとこの家しか知らない私だったから…、いまひとつわかっていない表情の私を歯がゆく思われているのか、
「マディノの王様は、きっとイムカ様と大喧嘩をなさるわ。戦になるのよ、おわかり?」
お母様は、私にとにかく分かってもらおうと、噛み砕いて説明なさる。
「戦は、たくさんの人が悲しみます。それはおじい様であっても例外ではありません。
 私とあなたとがノディオンに行って、おじい様を安心させるのが、今私達にできる精一杯の、おじい様へのお手伝いなのですよ」
そして、ノディオンに逃れなければならない必要をとつとつと説明された。あまり根を詰めた説明をされた後なので、お母様はことさらに大きくせきをされた。私は、それについ眉根を寄せる。
「お母様、お風邪ぜんぜんよくならないじゃない。どこかに行きたくても、それじゃお医者様はダメって仰るわ」
「何も、二人一緒に行く必要はないのです。
 私よりも、問題はあなた。
 あなたには、アグストリアの守り神、ヘズル様の血があるのです。
 それを絶やしてはいけないのです」
ダーナ砦の聖戦士のお話は、私が好きなお話のひとつだった。ヘズル様は、みんなを悲しませるものを懲らしめるためにと、天から剣を下されて、その剣が今アグストリアにあることは、知っていた。
 お母様は、いろいろとご事情がわかってしまっておられるのだろう、とてもあせったお顔を崩されない。
「できるだけ早く、ここを離れないと、ノディオンのお兄様と、おじい様のお二人が悲しい思いをされてしまいます。
 いい子だから、ききわけて。よいこと?」

 おじい様がいくら諫言を申し上げても、マディノ王は聞く耳を持たないのだろう。おじい様はお城にいるほうが多くなった。
 オーガヒルと結託し得た莫大な富と、海賊と傭兵の兵力に頼んで、マディノはアグストリアを耽々と見つづけているのだろう。
 時間がない。そう考え始められたおじい様にとって、ノディオンからの手紙はまさに渡りに船としか考えられなかったのだろう。
 でも、お母様の具合は、お風邪は治まったけれども、そのままなんとなく調子悪くしておられる。
「一体何が原因なのか…
 お前が生まれたころは、このように寝たり起きたりではなかったのに」
おじい様は、しみじみとおっしゃる。なまじご本人がご壮健なだけに、ずっと若いお母様のご調子が悪いままなのが、信じられないご様子でいらした。なにが、お母様のお体に影を落としているのか、皆目見当もつかない私は、お医者様に詰め寄ったりもした。しかしお医者様も、詳しいことはわからないといい、
「いちかばちか、ノディオンにお出ましになって、より高度な治療が受けられる望みにかけるよりないでしょうな」
と言った。お母様は、うわごとのように、ノディオンに行かなければと仰っている。でも、せめて起き上がるようになってくださらなければ、馬車で移動することもままならないだろう。せめて、もっと暖かくなれば…

 〜初めまして、私の小さな妹〜
手紙の「お兄様」文字は、限りなく優しい。きっと「お兄様」は、そういう方なのだ。
 お手紙を私に手渡された時の、お母様の、これ以上はないほど嬉しそうなお顔を思い出した。お母様は、ご自分の病気とか、マディノが危ないとか、そういう事情を抜きにして、何としてでもノディオンにお行きになりたいのだ。昔お世話したという、私のお兄様に、きっと会いたがっておられるのだ。
 でも、お母様が会いたがっておられるノディオンのお兄様を、私は知らない。お母様のお話では、お兄様のことは、お話されたこと以上はわからなかった。
 もしかしたら、何かお知りでいらっしゃるのかもしれないけれど、私には、話してもらえなかったのかもしれなかった。私がノディオンでなく、マディノで生まれたのにも、きっと、同じような訳があるのだろう。できれば、詳しく聞き出してみたかったが、お母様のご調子のことを思われると、はばかられた。
 同時に、こんなことを思っていた。
 ノディオンのお兄様は、お母様のご病気のことはご存知なのかしら。もしそうでないとして、ご存知になったら、どんな顔をなさるかしら。
「おじい様、私、ノディオンのお兄様にお手紙を差し上げてもいいですか?」
おじい様にそう尋ねたが、おじい様は、お返事はすでにお母様が代筆させて送らせた、と仰った。
「もう、お手紙を届けることも難しかろう。
 マディノは、アグストリアの他の諸侯たちによって、四方から見張られているのだ。下手にお手紙を出すのは、ノディオンの陛下を不利になさる。お母様が帰りたがっている場所が、先になくなってしまっては、話にもなるまい。
 われわれが動けないとわかれば、ノディオンより迎えが来るだろう、直接あの方にお見受けできるまで、質問はとっておきなさい」
マディノと他王国との間には、すでに非常線が張られ、あとはアグスティの盟主の号令を待つだけだった。私の手紙が何らかの暗号であると誤解されたら、マディノだけではなく、ノディオンをも窮地に追い込みかねない。おじい様はそういうことをおっしゃりたかったのだろう。

 ご病気ですぐには動かせないおからだのお母様。そして、お手紙を届けることも許されない、近いようで遠い、ノディオン。
 自分がそこのお姫様だなんて突然言われても、私にはまだ、ピンと来ない。
 おとぎはなしなら、お姫様がもし、何かの理由で一人旅を始めると、必ず途中でいい人が助けてくれる。私もお姫様なら、きっとそうなるにちがいない。しかし、私はまだ、一人では屋敷の外にでることさえ禁じられていた。
 でも、ノディオンにだけは、禁じられても、行ってみたくなっていた。
「ノディオンのお兄様、あなたはお母様に優しくしてくださる方ですか?
 お母様のお体を治せる、良いお薬や良いお医者様をご存知ですか?」
尋ねたいことはいくらでもあった。もちろん、お母様のことだけではなく、お兄様ご本人のことも、いろいろと。
 私は、寝台の下に、ばあやの目を盗んでは、考えられるかぎりの準備をし、「お金」という金や銀のかけらを数枚ずつ持った。この「お金」というものは、沢山持っていればいるほどいいらしいけれど、それ以上のことは知らなかった。お勉強の先生が、
「これがちまたで使われているお金というものです。お姫様の見えない所で、お城で必要なものは、全部このお金と交換で手に入れています」
と示してくれたものを、どういうものかよく見たいといって、手元にのこさせたものだった。このかけらと物を交換するということと、物を買うと言う行為は、まだ私の頭の中では同じことではなかった。でも、「これはとても大切なもの」という先生のお言葉の通りに、私は「お金」の入った袋を、荷物の一番奥にいれた。
 そして、屋敷の裏の入り口の鍵が壊れているのを知って、そこから外に飛び出したのだった。

 初めて歩く、マディノの町。
 町の中は騒然としていた。こんなに大勢の人がいて、しゃべったり、笑ったりしている。家の中では、みんな静かに歩き、しゃべるのも静かで、大声で笑うなんて恥ずかしいと怒られるほどなのに。
 人が流れるままに歩き、人が集まっている場所を見つけては、ノディオンまでの供をするよう頼んで歩いた。「お金」というものは知っていても、その正確な価値まではわからない。報酬は金貨一枚と知ったら、皆笑って相手をしなかった。
「金貨といえば、一番物が買えるお金じゃない。どうして笑うの」
憤慨しながら、それでも供を求めて歩くと、どこにも奇特なものはいるものである。一人の流れの傭兵が、今思えば私の不憫さに負けてその金貨一枚で私に雇われることを請けてくれた。
「でもな姫さん、これだけはいっておくぜ」
傭兵は、旅の中で私にいった。
「世の中、俺みたいな、お前さんみたいなのを見たらほっとけねぇ奴ばかりじゃないってことだ」
 しかし、類は友を呼ぶというのはこういうことを言うのだろうか、途中で一人、ノディオンからとある事情で旅をしているという貴族と知りあった。

 私と傭兵が、ノディオンに向かおうと、馬の準備をしていたときのことである。
「どれ姫さん、馬の上では、おとなしくしていてくれよ、案外、馬の上ってな、高いもんだぜ」
「ええ、わかったわ」
そんなことを言い合っているとき、
「クレイス!」
突然お母様の名前が聞こえて、私達はその声の方を向いた。例の貴族が、私達の数歩離れたところにたっていて、私達を、呆然と眺めていた。
「なんだお貴族様、この姫さんのお知りあいかい?」
傭兵が怪訝な顔をしてその彼に近づく。私は
「ちょっと待って」
と傭兵を止め、一度乗った馬の上から下ろしてもらう。私は傭兵に
「なぜあなたは、お母様の名前を知っているの?」
と尋ねた。貴族は、しばらく何が目の前で起こっているのか、よくわからない顔をして、
「クレイス…様ではない?」
と、逆に質問するような声を出した。
「クレイスは私のお母様よ」
と言うと、貴族は少し気難しそうな顔をした。
「なぜ、クレイス…様のお嬢様が、こんなところに、こんな柄の悪そうな男と」
「ガラの悪いは余計だわ。私が雇った、れっきとした家来よ」
ね。確認するように振り向くと傭兵は同意しているのだか、そうでないのだか、肩を竦めた。
「お母様を知っているということは、あなたはノディオンのひとね?」
と尋ねると、貴族は「はい」と返事をする。そして、
「クレイス様のお嬢様となれば、ノディオンにとってかけがえのない姫、このような場所、危のうございます、早くお離れになりますよう」
「ええ、だからそうするつもりよ。
 私、ノディオンにいるお兄様に、会いにゆくの」
「それはなおさら危険です、私もお供いたします」
貴族が一歩足を踏み出す。私は貴族の振る舞いがすこし恐ろしくなって、傭兵の方を振り向いた。
「姫様、家来は多いほうがいいや、この際だ、そのお貴族様もお雇いなさったらいい」
傭兵はそう言って、後は私の判断にゆだねられた。
「あなたはもう、ノディオンに帰るの?」
「姫がともに帰れと仰るなら、そのようにいたしましょう」
「じゃあ、私と一緒にノディオンについてきてくれる?」
「御意」
こうして、私の家来は二人に増えた。
 さすがに、報酬は金貨一枚といったら、貴族も何といっていいかわからない顔をしたけど。


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