そして、往生際の悪い奴は
「場所は覚えた、後は吶喊あるのみ」
まだあきらめていなかった。
「ほんとにまぁ、よくやるな」
アタリメをぐきぐきやりながら、ベオウルフはその根性にだけは感心する。
「まあ、夜道にゃ気をつけろよ」
「おうさ」
王子より傭兵の方が食いつなげるのではないか?というほどの行動力で、エリオットはドアの外に消えていった。
家族と男だけの部屋と、カップルの部屋は階が違う。スリッパを脱いだ裸足でしたしたと廊下を歩いていると、エリオットはばふん、と何かにぶつかった。
「わぶ」
「お」
「邪魔をするな、俺にはどうしても果たさねばならないことが」
と顔を上げて、エリオットはその顔を見るなり声にならない声を上げた。
「落ち着けハイラインの」
廊下で鉢合わせたのは、誰あろうエルトシャンである。
「な、な、な、何故お、お、お前が」
「それを聞きたいのは俺のほうだ」
「俺は、別に、夜這いを仕掛けようとしてラケシスの部屋に行く途中では断じてないぞ」
それを聞いて、エルトシャンは、
「なぬ、お前がラケシスに夜這いだと?」
と、一度はエリオットの胸倉を掴みあげたが、すぐにそれをはなして
「まあ、夜の廊下で思いがけなく出会ったも何かの縁だ、ここは手を組もう」
「手を組む?」
「うむ。
考えるに」
エルトシャンとエリオットが、廊下で膝を付き合わせる。ハタから見れば、二人がこうして真面目そうに語らっている風景の方が見ものだが。
「ラケシスがここにいることは、二人とも確認した」
「うむ」
「しかし、一度見た限り、後はいるのだかいないのだか、気配すら悟られん。
もしかしたら」
「もしかしたら?」
「われわれに悪意あるものが、わざと顔を合わせないように仕向けているのではないかと。最悪、軟禁も予想される」
「なるほど」
軟禁って…軟禁されてるような人がいそいそ温泉まで連行されてきますかいな。
「黙れ書き手。
とにかく俺はそう思って、今から彼女の部屋に行き、その曲者を糺そうと思っている。
その際、曲者が暴れるようなことがあれば援護を頼むかもしれん」
「で、援護に成功して曲者からラケシスを助け出せれば、俺にくれるか?」
エリオットの言葉に、さすがにエルトシャンは難色を一瞬だけ示したが、
「まあ何だ、考えてみよう」
と言ってしまった。これ以上の言質はない。エリオットは
「そう来なきゃ楽しくない」
にたりと笑んだ。が
「だが、この旅館の部屋は内側から鍵がかけられるのだぞ、どうする?」
とエルトシャンが言う。
「う、うむ、それがあった」
さすがのエリオットも、盗賊の真似はできない。しかしエルトシャンは、
「これがみえるか?」
と、その前に何かを掲げて見せた。
「シグルドの従者から国王権限で巻き上げてきたマスターキーだ」
仕事のうち仕事のうち。
仕事のうちだからこそ、そう簡単に寝るわけには行かないし。枕が浮くような、とは大げさではあるが、できれば自分だって、あのダブルベッドの上で我を忘れて寝ていたい。
内側から鍵をあけた上にさらに槍がひっかけてあり、何かの拍子で扉が開けば防犯ブザーが鳴るように仕掛けられている。
「エリオットがいるのだもの、それぐらいしないと眠れないわ」
いけしゃあしゃあと王女はのたもうたが、いっそ自分が曲者になりましょうかまったく。
そう思いながら、フィンは扉とその向こうをじっと注視する。そのうち、気のせいとはとてもいいがたい足音がして、その足音が部屋の前で止まった。
「本当に開くのか、その鍵で」
「信じられないなら自分で開けてみろ」
そう言うやり取りのあと、がちゃがちゃと鍵穴が震える。
「ち、ちょっと待ってくださいよ、エリオット王子だけじゃないんですか」
誰に言うでもなく、フインの声が震え上がる。やがて鍵が開いて、立てかけてあった槍ががらん、と派手な音で倒れる。ついでに防犯ブザーのけたたましい音。逃げてゆく足音のひとつを捕まえて、後手に拘束する。しかし、一人は逃がしそうだ、と、
「曲者か、加勢するぞ!」
のこえがあり、どどどどどっとにぶい音が聞こえた。
ここまでの騒ぎになれば、もう騒ぎではない。どれどれと人の顔がドアから出てくる中、誰かが廊下の明かりをつけた。
「…あなたでしたかエリオット王子」
フィンがはあ、とため息をつく。
「な、なんでお前がここにいるんだ」
「それは書き手に仰ってください、私はほかの騎士の方々と一緒でよかったのですが」
そんなことできますかいな。
「それに、特別エリオット王子に警戒をという王女のお言葉がありましたので、もうしわけありません、少々手荒くはありましたが待機いたしておりました」
「ぬぬぬぬぬぬ」
浴衣の帯で縛されて、言う言葉もないエリオット。そこに
「今の騒ぎはフィン卿か?」
と、アイラが声をかける。
「曲者は二人だったようだな、逃げそうだったので、流星剣のみね打ちにしておいた。
気絶はしているが命に別状はない」
ほら。もうひとつ、ぐったりとした何かをそこに引きずるように置いて、
「そのうるさい音を何とかしてくれ」
といいながら、部屋にぱたり、と入ってしまった。
エリオットはひとまずもともとの部屋に追い返すことにして、エルトシャンも自分の部屋に運ばれる。
「陛下!」
眠っているアレスの手前、大きな声は出さなかったか、グラーニェの顔は蒼白である。
「申し訳ありません」
フィンがその前で諸手諸膝を着いた。
「まさか陛下がご心配なさってご訪問されていようとはしらず」
「そんなに平謝りする必要ないわよ、こんな、馬に蹴られても痛くも痒くもなさそうな人に」
ラケシスがついと服を引く。グラーニェはベッドのふちにつと腰を下ろし
「時間を見計らってご訪問においでになるほどご心配だったら、やっぱり、お見かけしたことを全部お話したほうが良かったのかしら」
といった。
「え?」
「いえ、下のお風呂の方にいらっしゃる前に、売店にいらっしゃったでしょうあなた方」
「ええ」
「そのことをお話しようかと思ったのですけど、『妹をたぶらかす奴は誰だ』なんて陛下が仰るものだから、つい私も意地で、フィン殿のことは何も言わなかったのです」
「然様でしたか…」
そう話している間にも、エルトシャンの目がぱち、とさめる。グラーニェがそのそばに膝をついて
「お加減は?」
と声をかける。
「うむ…何やら音がして、そのあと立て続けに五、六回なにかに打たれたような感じがして…」
ぶつぶつとエルトシャンがそういってから
「そうだ、ラケシスは」
と顔を左右する。
「ここにおります」
妹の姿があったので、彼は安心したらしい。フィンなどはや空気の一部である。
「ああよかった。曲者はお前にひどいことをしていないだろうね、何が楽しくて私達の顔を合わせないようにしているのか」
とため息をつくのを、
「お姉様、私、お暇しますね、兄上も気が付きましたし」
ラケシスはにっこりと微笑んで、つと立ち上がる。そして、
「曲者に関しては、すべて解決しましたからご心配なく」
といいながら、まだ心配そうなフィンをさあさあと、追い立てるように外に押し出し、
「お邪魔いたしました、ごゆっくり」
ぱたん。
「なんだ、自分こそゆっくりしていけばいいのに」
とその扉の向こうを見てエルトシャンは不満の声を上げるが、グラーニェはさすがに
「陛下、どうか、その辺は察して差し上げてくださいまし」
といわずにはいられなかった。
幹事夫妻の朝は早い。特に理由はない。朝日がさして、湖面がきらきらとし始めたのを目を細めて眺めながら、シグルドが朝湯を決め込んでいると、
「よいしょ、よいしょ」
の声と一緒に柵ががたごと揺れる。できた隙間からディアドラが滑り込んできた。
「こらこら、入ったらいけないよ、一応分けてあるんだから」
シグルドは一応いいとがめるがその目じりは下がっていてまったく説得力がない。横にぴたりと妻を沿わせて
「みんなゆっくりできたかなぁ」
「さぁ、それは聞いてみないとわかりませんわぁ」
「何時に解散になっていたかな?」
「特にきめていませんわぁ」
「ああ、もともと、あってないような場所にあるからな。万事我らに都合よし、だ」
「そうですわぁ」
二人はそうして、長いこと、精霊の湖がきらきらと輝いているのを眺めていた。
ぴーんぽーんぱーんぽーん。
<皆様おはようございます、ご朝食の用意が整いました、お部屋にてお待ちくださいませ。おはようございます…>
ネタにするには余りの安全牌のエーディン達の部屋にも、朝食が届いていた。
「一泊で戻るには惜しいなぁ」
とぼんやり言うジャムカに、エーディンが
「はい」
と何かの紙を見せた。
「延泊希望の方は部屋番号を書いてください?」
という書面を読み上げて、
「君はどうする?」
と尋ねる。
「あなたに聞いて決めようと思いまして」
「なるほど」
ジャムカはそうつぶやいて、こりこり、と部屋番号を書いた。
「もう一日ぐらいいても、別にバチは当たらないだろう」
「やっぱりあなたはそう仰ると思ってました」
嬉しそうにコメのメシと漬物をこりこりとやっているアイラの手元の紙のには、もう部屋番号が書いておいてある。夫より遅く起きないのが当たり前の彼女のことで、当然、レックスはまだ眠っている。
食べたらもう一度つかってこようか。そんなことを考えていた。ぷるぷるつやつやの肌がよいというなら、それにこたえようというのも彼女の努力で女心である。
それにしても、昨晩みね打ちとはいえ流星剣を打ち込んだあの曲者は、一体誰だったんだろう。そんなことも思いつつ。
「延泊、ですか」
「ええ」
一方、なんやかんやと書き手の餌食にされ、ゆっくりともできなかったラケシス達。
「もちろん、あなたはよいのでしょ?」
と確認を求められて、フィンは一瞬だが悩む顔をする。
「ご迷惑にはなりませんか」
「なるわけないじゃない。むしろ、これからでしょう」
「これからって」
「だって私、満足にお風呂も楽しんでないし、一人で寝るのさびしかったし、それに、それに…」
「…わかりました」
フィンが紙をひきよせて、部屋番号を書いた。
「やった」
「なんだ、カップル組は全部延泊か」
面白くない展開だな。シグルドがそう言った。
「ありていに言えば、プレイヤーユニットは全員延泊希望ですのねぇ」
ディアドラが部屋割りに延泊の印をつけて言った。
「まあ、ここを出れば容赦なくストーリーの波に飲み込まれるわけだし」
「はい、私たちも例外ではありませんけれどもね」
「ははは、私たちはこれまでネタになったことはないじゃないか」
「今こうしてネタになっておりますわ、こんなに私達の出番が多い創作は、書き手さん初めてですわよ」
ええ、ぶっちゃけそうなんですがね。シグルドが、最初の部屋割りを見ながら
「んむー…」
とうなった。
「どうかされまして? シグルドさま」
「うん、何か、忘れているような気がしているのだ」
「どなたかお招き忘れですか」
「うむ。
しかし、今はそれでもいい気がしてきた。むしろすがすがしい」
「まあシグルドさま、意外と腹黒くてらっしゃるのですね」
バーハラ宮。その一室で、盛大なくしゃみの声がする。
「アルヴィス様、お風邪ですか」
脇に控えていたアイーダ将軍が見過ごせず尋ねる。
「いや、誰かがうわさでもしているのだろう」
「ですが、余りお忙しいとお体に毒ですわ。しばらくご休養をされては」
「いや、クルト殿下がご不在の間はそれはできなかろう。
もっとも、適当な扉が開いたらそこが保養地であったりすれば、これほど都合のよいこともないのだがな」
「ええ、本当に」
知らぬが仏、言わぬが花。
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