自分のきょうだいのことを話するのははじめてだったかしらと思いながら、エーディンは
「ええ。レヴィンがお話してくれたことがあったのではなかったかしら?
ああ、もしかしたら、眠ってしまっていたのかも知れないわね。
お姉様は、どこからどこまでお母様と同じ顔と姿で、みんな最初は間違えてばかりだったのよ」
そう言った。
「お姉様なのに、同じ顔をしているの?
「そう。スカサハとラクチェみたいに双子だったの。でも戦場に出れば、お姉様は、お父様やレスターのように弓を使うのがとても上手で、お母様はみんなの怪我を治す役だっから、間違えられることはなかったけれど」
「双子って、みんなラクチェたちみたいに、女の子と男の子で生まれるのかと思ってた」
「ラクチェたちみたいな場合もあるし、お母様のような場合もあるということね。それも、神様がお決めになることだから」
と言うエーディンをみながら、ラナが少し心配そうな顔で尋ねてくる。
「ねえお母様」
「何?」
「私、これで、お母様になれるの?」
「どうかしら」
エーディンは曖昧な笑みをした。
「前あなたに、お父様のことをお話したことがあったわね」
「うん」
「あのお話の中に、とても大切なことが入っているのよ」
「何?」
少し身を起こして、カモミールティーのカップを受け取る娘に、エーディンは唇を緩めたまま、
「お父様になる人がいないと、あなたはお母様にはなれないの」
そう、意味深に言った。
くしゅん。ラナはすこし、悲しそうに鼻を鳴らした。涙が出ているわけではない。気だるい腹痛が邪魔になって眠れないのだ。
手当てをしなおして、階段から下に下りると、暖炉の火ももう落ち気味になっていて、部屋のひとつからほんのりと、あかりが漏れている。
「セリスさま、まだ起きてるんだ」
そうつぶやいて、その灯りの中にそっと声をかける。
「セリスさま」
「ん? ラナ?」
部屋の中からそう声が返ってきた。
「入っていいですか?」
と尋ねると、セリスは気前よく
「いいよ、おいで」
と言う。セリスは、ちょうど、本を読みさしにしたところだった。
「おなか痛いのはもういいの?」
と聞くので、ラナはすなおにかぶりを振った。
「暖めておかないと、もっとおなか壊すよ、おいで」
セリスは頓着なくベッドを開けて、入っていてという。
「変だねえ、ラナだけ急におなかが痛いなんて」
「あの」
セリスはありがちな誤解をしているようだった。まあ、そのほうがごまかしの理屈としてはよく通るだろう。しかし、毎回毎回食あたりと言うわけにもいくまい、ラナは
「あの、セリスさま、ひとつお約束してくれますか?」
と言った
「約束? 何の?」
「お母様は、みんなに言っちゃだめって言うんですけど、セリスさまには、教えるので、誰にも、言わないでくださいね」
「うん、いいよ。何?」
「実は」
ラナは、ぽそぽそと、自分の身に遭ったことを説明した。セリスが目を丸くする。
「…じゃ、いつかエーディンが話した、お母様の体になるってやつ?」
「…はい」
どんな言葉が返ってくるだろう。そんな風におもって、顔をうつむけたままのラナに、セリスは
「すごいねぇ」
と言った。
「すごい、ですか?」
「うん。すごいよ。だって、お母様になれるんでしょ?」
セリスは純粋に、興味から驚いていた。
「僕ね、ラナがうまれたときのこと、ぼんやりだけど、覚えてるんだ」
「え?」
「エーディンは、その日まで、大きなおなかをしてて、それからがんばってがんばって、ラナが生まれてきたんだ。
村にもいるでしょ?生まれたばかりの赤ちゃん」
「はい」
「大きいと思うでしょ? でも、ラナもあれぐらいあったんだよ」
「ええ?」
「あの赤ちゃんを、おなかの中で、大事に大事に育てられるんだよ、僕には絶対出来ないことができるんだよ。ラナ、すごいよ」
その仕組みが備わっていれば自分も産むとでも言い出しそうな様子のセリスは、何かの誤解をしているように見えた。ラナは
「でも、でも、私一人だけじゃ、お母様にはなれないんですって」
とあわてて付け加える。
「…そうなの?」
今まで興味深そうな顔をしていたセリスの顔が、急にきょとん、とする。
「お父様になる人がいないと、お母様にはなれないって、お母様言いました」
「…ややこしい話だねぇ」
セリスは今度は眉根を寄せた。
「ラナから赤ちゃんが生まれたら、かわいいのにって思ったのになぁ。
ラナが本物の赤ちゃんだったころ、僕は触らせてももらえないことが多くて、さっきラナからその話聞いたから、ラナにもそのうち出来るんだと思った。そしたら、今度こそ一番にかわいがってあげようと思ったのに」
「…」
「お父様になる人がいないとだめなんじゃ、だめだねぇ」
さすがのラナも、何かセリスの言葉に違和感を感じた。ずれてる。この人の思考は、根本的なところでずれてる。しかし、そのずれを、彼女の言葉ではうまく説明が出来ず、結局ラナは黙っていることしか出来なかった。
「ねぇラナ」
「は、はい」
「お父様にする人は、決めた?」
「え? え?」
ラナが答えに窮する間に、ラナの体温ですっかり暖かくなったベッドの中に、セリスがおもむろに入ってくる。
「決めたら、教えてね」
おやすみ。ろうそくを吹き消したと思ったら、セリスはラナを抱き枕の代わりとでも思っているのか、もうすうすうと寝息を立て始めている。
「お母様…」
ラナは思わず手を祈るような形に組んだ。
「お父様になる人を決めたとして、私はそのあと、どうしたら、本当にお母様になれるんですか?」
†
少女達は、少し離れた場所で、ヤロー共の間に立ち混じって、他愛なく談笑しているセリスの姿を見た。
「それで、セリス様には、説明できたの?」
「それが」
ラナははあ、とため息をついて
「私は具体的なことはこの軍でこうしてお話をしている間にうすうすはわかるようになったのですが、さすがに説明がしにくくて…」
と言った。
「てことは、セリス様、誤解のしっぱなし?」
「その可能性も…」
「無頓着って言うか、純粋すぎるっていうか」
ラクチェも困った顔をする。
「オイフェさんが言うには、疎いところはお父様そっくりなんですって」
「じゃあシグルド様、どうやってセリス様が生まれてきたのか、わかっていらしたのかしら」
「それもオイフェさんが、わかっておられなかったかも、と」
「これから大変だねぇ、ラナ」
パティがにやっとしていった。
「私が、ですか?」
「お父様とお母様がいて、それで子供が生まれる。それを教えてあげられる一番近いところにいるのは、ラナしかいないじゃない」
「わ、私には無理ですよ、今だって出来ないんですもの」
「言葉で説明する必要はないじゃない」
「ふぇ?」
「そうよそうよ、今夜あたりにでもセリス様の部屋に押しかけちゃえ」
周りの女の子達にもにけしかけられるように言われ、ラナはつい、弱りきった声を上げた。
「そんなこと、とてもできませんよぉ?」
空から運命のひとが降りてくると信じて疑わなかった男の息子は、
「今日も女の子達は、にぎやかでいいねぇ」
賑々しい様子を遠くに聞きながらそうのんびりと言った。
そんな昼下がりだった。
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