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君ならずして
デルムッドが好きな方、デルムッドとゲーム内キャラを自分流デフォとしているかた、オリジナルキャラクターを好まない方は、ご注意ください。


 いつ果てるともわからない、イザーク北部の平原を、隊伍を組んだ数騎の馬がゆく。
 暑くもなく、寒くもない、楽園の気候にたとえられるイザークの秋の日差しを、黄金色の髪が照り返す。
「見えてきたのがわかりますか? 父上」
そういいながら、振り返る瞳は、天上までぬけるかと思うほど深い快晴の空より、猶深く青かった。
「あの山あいの道にはいるんですよ、ね、エーディン」
後ろをゆく、馬にのりあわせた尼僧が、ゆっくりと微笑んだ。
「まあ、デルムッドはすっかり子供に戻ってしまって」
尼僧はくす、と笑った。
「解放軍の中では、むしろおとなしいほうだと思っていましたが…」
「とんでもないとんでもない」
尼僧エーディンは、馬を並べる騎士にはらはらと手を振って言う。
「あれがデルムッドの本当の顔なのですよ。
 朗らかで、いたずらが好きなのは、お母様そっくりで」
「なるほど」
騎士はひとつため息をついて、はるか先を行くデルムッドの姿を見た。その瞳も、デルムッドと同じ、空の青より猶深い。
「デルムッドは、今は父上独り占めなのが、嬉しいのですよ。
 本当に自分があなたの息子だと知る前から、デルムッドはあなたが大好きだったのだから」

 「ティルナノグの子供達」が、本当に子供だったころ。
 一番小さいほうになるデルムッドは、時折家を訪ねてくる吟遊詩人から、昔の話を聞くのが大好きだった。砦の聖人誕生の話から、古今東西の英雄譚を、それこそ、他の子供が眠ってしまっても、「もっとないの?」と尋ねていた。
「ごめんな」
ある夜、さすがに吟遊詩人が音を上げた。
「その話は、もう打ち止めだ」
「うちどめ?」
「俺が知ってる歌は全部歌ってしまったよ」
「そんなぁ」
デルムッドはいかにも不快げな声を上げた。
「レヴィンさん、いっぱい知ってるじゃない。本当はもっとあるんでしょ? 『レンスターの青き槍騎士』の話」
「アグストリアの活躍の話なんか、お前はもう全部暗記してるじゃないか」
吟遊詩人レヴィンは少し困った声をして、灯りの下で繕い物をしていたエーディンに、何かを確認するような顔をした。
「よいのではなくて?」
エーディンが返す。
「なになに? なんのこと?」
と、二人を見上げるデルムッドに、吟遊詩人は
「ん、実はな、一つだけ、取って置きの話があるんだよ」
と言った。
「とっておきのはなし?」
「そう、とっておきだ。だがこれには、一つ約束がある。
 この話は、お前にしかしない。お前も、人の前でこの話をしてはいけない。
 守れるなら、話そう」
「守るよ。ぼく、約束守る」
「オトコの約束だぞ」
吟遊詩人は言って、眠ってしまった子供たちをはばかったのか、フィドルをそっと手元に置いた。

 「『お前はそのレンスターの青き槍騎士の息子なんだ』といわれた時の、デルムッドの顔ったら」
思い出したように、エーディンがくすくすと笑う。
「あの子は何度も何度も、レヴィンに確認して…とても嬉しそうだった」
「そうでしたか」
「でもあの子はとても素直で、」
エーディンが、何かに気がついたように馬を止めたデルムッドの背中を見る。
「物語になるほどの立派な騎士なら、自分の使命のためにあの子をすぐには迎えに来ることはできないというレヴィンの言葉をちゃんと納得してくれて、あなたの手伝いが出来る騎士になるんだと言って、剣の練習を本格的にはじめるようになったの」
「エーディン、ほら、山小屋」
声が届くところまできたのを確認するように、デルムッドが林の中を指した。
「もっと大きいと思ってた…」
「山小屋?」
「ドズル兵を監視するための小屋だったのだけど、村の子供達にとって、お仕置き代わりにあの中に入れられるのが、一番怖かったの」
「デルムッドも?」
「はい、何度か」
「何度か、じゃないでしょう、何度も、よ」
エーディンはころころと笑った。
「もう、子供達は大きくなるといたずらや喧嘩なんて毎日のようで」
「僕、先に行きますね」
さすがにバツの悪そうな顔をして、デルムッドは
「サララ、行こう」
と、馬に一鞭入れて、先に行ってしまった。

 イザークが再興されて、ティルナノグに潜んでいた重臣や官吏たちは、みなイザークの各地に散っていった。だから、今のティルナノグは、デルムッドの記憶の中にあるものより、はるかに静かで、辺境の村にふさわしい、ひなびた雰囲気を漂わせていた。
 馬を下り、デルムッドの足は、まず真っ先に、奥にある、自分達が暮らしていた家に向かう。もう誰も住んでいない家は、心なしかさびしそうで、ただ静かに、庭を覆うばかりになった回りの枝がはらはらと落とす色づいた葉だけが、昔と変わらなかった。
「もう、いないかな…」
少し勾配のついた庭の片隅に腰を下ろして、デルムッドは服の隠しからミレトスで購った髪飾りを取り出した。

 話は数年前、まだ大陸見聞の先遣隊に選ばれる少し前に戻る。
「エルナ」
「エルナ?」
「エぇルナ」
何度呼びかけても、その窓は開かない。窓の中の姿は、起き上がってはいたが、中空をみていた。母らしい女性が庭のほうから歩み寄ってきて、
「デルムッド様、お気持ちはありがたいのですが」
と言う。
「娘はもう、そっとしておいてくださいまし」
「でも、心配なんだ」
デルムッドは、その女性に言う。
「そうおっしゃられましてもねぇ…あんなことが起こってしまったんじゃあ…もうどこに行くアテもなし」
デルムッドには、その言葉の半分もわからなかった。
「でも、今日は、行商の人が来てるんだ。吟遊詩人も、旅芸人も来てる。それでエルナが元気になってくれればいいと思って」
「デルムッド」
その声に振り返ると、窓が開いていた。
「母さんのいうとおりよ、私はほっといて」
「そんなこと出来ないよ」
デルムッドは言う。
「エルナは何も悪いことしてないんだよ。エルナもそう思ってるなら、出てきてよ。
 一緒に、芸をみようよ」
エルナは、デルムッドを、黒目がちの目で見た。そして、
「待ってて、着替える」
と、窓から離れた。
「今日はどんな服着るの?」
と、外から顔をつっこもうとしたデルムッドを、エルナは
「ひみつ」
と言って、ぱたん、と窓を閉じて押しやった。
「ああ、びっくりした」
デルムッドは手を見て息をついた。指をはさまれるかと思った。エルナの母が
「すみません、あんな娘なのに」
と頭を下げるのを、デルムッドは
「ううん、僕は気にしてない」
と頭を上げさせ、出てきたエルナの袖を取って
「さ、終わっちゃうから、早く行こう」
と、広場のほうに駆け出していった。

 広場では、芸人も行商も、もうそれぞれの仕事の片付けに入ろうとしているところだった。商人が
「ああ、デルムッド坊ちゃま」
と声を上げる。
「遅いから、もういらっしゃらないのかと」
「ううん、この子を連れてきたくて」
デルムッドが、エルナを指す。
「まだ何かある?」
「ありますとも」
商人は、一度しまいかけた品物を改めて広げ始める。
「デルムッドは、この人知ってるの?
「ううん、時々この村に、ドズルから村を守るお金を届けてくれる人がいて、その人の仲間なんだ。
 で、時々、僕にお小遣いをくれたり、何かひとつ、ただでもらったりしてるんだよ」
「デルムッド、お金持ちなんだ」
エルナがその品物の前にしゃがみこむ。
「お金持ちとは違うかなぁ…僕はそのお小遣いをほとんどエーディンに預けてしまって、結局みんなのお小遣いになっちゃうしね」
「そうそう、今日はそのお小遣いの日なんですよ」
商人が言って、荷物の中から小さな袋を取り出した。しかしデルムッドはそれを
「ちょっとまって」
といい、
「この子に似合うもの、一つ買ってあげたいんだ」
と言う。
「わかりましたわかりました。
 では、家の中でしましょうか、広場は少し寒いですからね」

 吟遊詩人レヴィンがつれてくる旅芸人と商人は、子供達が暮らしている家のすぐ側の空き家に一泊して帰って行く。
 商人は、気前よさそうに、子供達の家の一番広い部屋で、もう一度品物を広げた。
「服地はありますか? 冬のものをそろそろ仕立ててあげないと」
と言うエーディンに、気前よく商人は返答して何本か服地を出してくる。もう夕方も過ぎて、外は真っ暗なのに、エルナはまだ悩んでいる。
「ラナ、あなたの服を作るのよ、じっとして。母様が色を合わせてあげられないじゃない」
というのをよそにして、ラナがエルナの世話を焼く。
「これがいいかな、でもこれもかわいい」
「ラナ、それじゃ自分がほしいの選んでるみたいじゃないか」
レスターが新しい弓弦の様子を見ながら茶々を入れる。はしゃぐラナの背中に服地を当てながら、
「エルナ、イザークの黒髪には金色がとても似合うのよ」
と言う。肩を覆うほどに伸ばした真っ黒な髪をかきやりながら、
「あの、これ」
と、エルナがえらんだのは、小さな金の髪留めが二つ。
「それだけでいいの?」
と聞くデルムッドに、エルナはうん、とうなずくだけで返答した。
「えーと、いくらになる?」
とデルムッドが商人に聞くと、商人は首を振って、
「坊ちゃんにあげるお小遣いからじゃ、おつりは出せませんわ。それは差し上げますよ」
と言う。エルナは商人に
「ありがとう」
小さく礼を言い、
「私、帰ります」
と言う。
「待ってよ、もう真っ暗だよ。僕が送ってゆく」
デルムッドが立ち上がり、その後ろに駆け寄った。


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