手を取られながら部屋を移ると、わずかに感嘆の声が漏れた。
「本当に同じだぁ」
とシルヴィアの声がした。隣り合って座ると、視線がずいっと二人に集中する。シルヴィアなどは二人に間近まで迫って、
「うん、ここまで近づけばわかるけど、ただ眺めてるだけじゃわからない」
と言う。
「で、どちらがどちらなの?」
と言う声に、シルヴィアは
「ではどちらでしょう」
そういって、二人の後ろ側にたつ。
「手を上げてお答え願いまぁす。
こちらがエーディン様だと思う方?
では、ブリギッドさんだと思う方?」
ぱらぱらと手が挙がるが、挙がらない手はよほどわからないのか、さっさと答えが知りたいのか、いずれかに見える。
「正解は、こちらがブリギッドさんでしたぁ」
くい、と手を持ち上げられて、ブリギッドは
「こらこらこら」
と、その手をばたつかせる。
「見世物にして何が面白いの、何が」
と言うにあたって、やっと、
「ああ、しゃべればわかった」
そんな声がする。ブリギッドはもういつもの調子で、くい、と足を軽く組み、
「ま、珍しいならいくらでも見世物になろうじゃないの、でもあたしは金輪際、こんなおそろいはごめんだからね」
「まあそうおっしゃらないで」
エーディンがなだめる間に、ブリギッドは視線を左右する。ホリンの顔がない。別に彼にこんな姿を見せたいというわけではなく(むしろらしくないと笑われるからあまり見せたくない)、
「あのさエーディン」
「はい?」
「余興なら、もう着替えていいよね?」
そう言い出してみると
「いけませんわ、せめて今夜はその姿でいてくださいましな」
「あたしゃきつくて息が詰まりそうだよ」
やれやれ、とブリギッドは肩を落とした。これが何か、変な事件につながらなきゃいいのだけど。
結局、ブリギッドはその夜の会食からその後までそこにとどまる羽目になり、エーディンとともに自分の部屋に戻ることにする。
「悪気がないのはわかるけどさ」
「ええ」
「これまでの環境が違うんだから、二人一緒じゃなくてもいいと思うんだ」
「…ええ」
「出会えてうれしいのはあたしも同じ。一人きりになったと思っていたのが、妹がいて、その家族がいて… あたしはそれで十分」
「はい」
道々、そんな話をする。
「育ちのせいで少し行儀のなってないところも確かにあるだろうけど、それは、かんべんしておくれよね。
でも、決めるときは決める。それがあたしだから」
「はい」
エーディンは、その言葉にこくん、とうなずいた。
さて。いかに似ているようで違う二人といっても、セイレーンの城が物慣れないのは一緒のこと。
「あれ?」
何度か曲がり角を曲がって、ブリギッドが怪訝な声を上げた。
「おかしいな」
自分の部屋にたどり着けない。部屋だと思った曲がり角の先は、また廊下だった。
「私の部屋、この角を曲がったところだったよね」
エーディン? 後ろを振り返る。しかし、さっきまで確かに気配を感じた妹の姿は、そこになかった。
「え?」
来た道を、思い出せるだけ戻ってみる。しかし、その姿がない。
「エーディン!」
何度か名前を呼んでも、無機質な廊下にただ響くだけ。
「なんてこった、こんなところで迷子か」
しかもこんな年で。そう思ったところで
「エーディンか?」
と、聞きなれた声がかかる。
「帰りが遅いので探して…」
「よかったジャムカ、大変なんだ」
そうすがられるように近づいてきた姿をしげしげと見て、
「…ブリギッドか」
「エーディンがいないのか、あたしが迷子になったのか、とにかく、あの子の姿がなくて…
探しておくれ、一緒に」
「探すも何も、俺達も君も、部屋はこの上の階だ」
「え?」
上、と指を示されて、ブリギッドはへたり、と座り込む。
「あ、あはは… 何だ、迷子はあたしのほうか」
そのとき、ブリギッドの体にぞくっ、と悪寒のようなものが走る。
「!」
「どうした?」
かがみこんでその様子を伺うジャムカに、ブリギッドはしばらく何かいいたそうに口をぱくぱくとさせ、やっと、
「あの子…何か、大変なことになってるかもしれない」
それだけ言った。
「双子の共感か?」
「理屈なんてわからないよ、ただ、エーディンが危ないと、そう思っただけで」
「いや、それで十分だ」
ジャムカが、ブリギッドの手を引き、立たせる。
「探すにも、その格好では狭苦しいだろう、案内するから、着替えてくるがいい」
ところが。
ブリギッドの部屋には、鍵がかけられている。
「鍵を持ってないのか?」
「エーディンが来るとき一緒だったから、彼女に」
預けた、と言うそばから、またあの悪寒が走る。しかも、ものすごく強い。
「まさか…」
ブリギッドはしばし考えて、
「ジャムカ、何でもいい、弓を貸しておくれ」
と言った。
時間を少し戻す。
ドレスのすそ捌きにも慣れたのか、いつもの足ですったすったと歩いていってしまうブリギッドをエーディンは半分小走りで追っている。
「お姉様、待って、お部屋はその方向ではなくて、階段をもう一回上りますの、それに、鍵をお返ししないと」
と言うのも聞こえているのかいないのか、それでもついていこうとして、突然エーディンは足元をすくわれるように体が傾いたのに気がつく。
「!」
「面白いことをしていると聞いたが」
と、聞いた声がすぐそばでした。
「なるほど、その姿もいいものだ」
その息に、アルコールの気配がある。ジャムカはずっと一緒にいた。だから酒はやっていない。つまり。
「あの、待って」
エーディンはおそるおそる言い出したが、ホリンは有無を言わさない勢いで
「なるほど、あくまでエーディン殿のふりか」
そう笑った。
ふりじゃない、本物だというのに。じたばたと抵抗してもどうにもならず、
「意外と軽いものだな」
などと混ぜ返されるだけで、聞いてもらえる様子ではなさそうだ。
やがて入ったのはやはりブリギッドの部屋で、合鍵を持たされていたのだろう、がち、と、鍵のかかる音がした。
「ねえホリン、すこし落ち着いて、私の顔をよく見てくださいな」
おろされたエーディンは、確か持っていたと、同じ部屋の鍵を探る。しかし、入り口のあたりで行く手を阻まれて、
「よく見ても見なくても、ブリギッドだろう」
「違いますったら」
「人違いのふりで今夜はこのまま帰れと? つれないことを」
「つれないのも仕方ありません、私はお姉様ではないのですから」
とにかく鍵を開けて帰らないと。やっと見つけた鍵を、鍵穴に入れようとして、また体が抱き上げられる。
「あまりこういうことはしたくないが」
「ならしないでくださいまし」
「そういう思わせぶりが趣向なら、付き合おうじゃないか」
もってこられた弓を見て、ブリギッドは思わず目を見張る。
「あんた、これ、自分ちのご家宝っていってた」
「とにかく手にあたったのを持ってきた。
俺も、妻の貞操の危機を黙ってみているわけにもいかん」
「そうだね、とりあえず、借りるよ」
キラーボウを取り上げて、ブリギッドは、自分の部屋の鍵を狙う。しゅっ、と放たれた矢は、過たずその鍵を破壊し、のみならず、その向こうの部屋の床にやじりまで深々と食い込んだ。
ここまでの物音が、さすがに気がつかないわけがない。
「無粋な奴がいるものだ」
ホリンはそうつぶやいて、その物音のほうに向かってゆく。やっとその拘束から開放されて、エーディンはふう、とため息をつく。
ブリギッドは、キラーボウに次の矢を番えて、部屋の中に入ってゆく。奥から出てきたホリンは、まず呆然とし、奥と目の前とをかわるがわるに見やる。
「…エーディン殿、随分と物騒なものを」
と言うのに、ブリギッドは
「へぇぇ、あたしがエーディンにみえるのかい」
と、キラーボウから矢を外し、からん、と放り投げた。
「目をおさましこのすっとこどっこい!
他の誰かが間違えるならともかく、何であんたが服ぐらいの違いであたしとエーディンの区別がつかないのさ!」
しかし、持っていた弓で、ばきっ、とホリンを殴り飛ばした。
「お姉様、それはさすがに」
後から入ってきたジャムカにつれられて出てきたエーディンが、後ろからそうなだめるように言う。
「このすかぽんたんにはこれぐらいでちょうどいいんだ」
ブリギッドは一撃でのしたホリンを放置するように振り返り、
「エーディン、もうすこし手伝いをしておくれでない?」
「な、何をですか」
「なんてことはないよ」
ジャムカにキラーボウを返しながら、
「こんな窮屈で紛らわしい服から、早くおさらばしたいだけだから」
そう言った。
翌日、扉と床が修理されているのを見ながら、ホリンは昨晩のことはまったく覚えがないという。
「額が痛い」
確かに飲んだが、宿酔いをするほどではないという彼に、ブリギッドは
「知らないよ、自分の胸にお聞き」
と、あさっての方向を向いて煙をぷか、と浮かべた。
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