銀の翼をつかまえに?理由なき反抗769?

「わからない、どうしてオレだけが!」
アーサーが言う。叔父ディアンは、その事実を、どう納得させるべきか、難しい顔をした。
「君に説明しても、今はまだ分からない。ただ、君を、アミッドと一緒に魔法学校に行かせることは、できないよ」
「だから、なんでアミッドだけ! オレにだって、行かせてくれるって言ってたのに、何で今になってだめなんだ」
「…学校で、わざわざその素質を導き出してもらうまでもなく、君にはもうマージ素質に目がさめているのだよ、…それでは、不満かい?」
「一日中、家でリンダの相手をしてるのなんか、マッピラだ」
「アーサー、お願い、聞き分けて」
叔父ディアンの隣で、叔母エスニャが困った顔をする。
「私達、もうあなたに悲しい思いをさせたくないの。
 お母様とティニーがいなくなって、何日も泣いていたあなたを見ているのが辛かった。あなたまで、人前に出たら…また…」
「オレがマージになるのがそんなにイヤなの?おばさん、オレ、早くマージになって母さんを助けたいのに」
「君は狙われているんだよ、アーサー」
ディアンの声にはかけらも明るい所がない。
「君の持っている血は」
「そんなこと、関係ない!」
アーサーは、ぷい、と、外を出てしまった。ディアンとエスニャは、顔を見合わせて、ため息をついた。

 十歳になれば、シレジアでは、志願して魔法学校に入り、マージとしての素養を養うことができる。マージと天馬騎士、これらの養成機関が国で運営されていることは、大陸では珍しく、それが、シレジアが今まで独立を保っていた所以の一つとも、考えられている。
 アミッドとアーサー、半年違いで、兄弟のように育ったこの従兄弟達も、魔法学校で修行をおさめ、マージとなるのが夢だった。ところが、アーサーだけが、この夢を、アミッドの両親によって断たれたのだ。
「きっと、コレのせいだよ」
夜、アーサーはアミッドに、手の甲を見せた。ぼんやりと、何かの影らしきものがある。アミッドはそれを覗き込んだ。
「この間の怪我、まだなおってなかったんだ」
「これは怪我じゃないんだよ、オレに思いあたる所はないし。おばさん、薬塗る時にびくびくした顔してたし。これで、きっと魔法学校に入れなくなったんだと、思う」
「でも、それと似たようなものなら、僕にもある。ほら」
アミッドが、パシャマの袖をまくる。向かい合うアーサーとは線対称の位置に、二人には同じような痣がある。エスニャ曰く、これが、二人が親戚である印なんだそうだ。見せてはくれないが、エスニャやリンダにもあるとのことだ。
「『トードのしるし』ってやつ?」
「でも、これとそれって、ちょっとちがうだろ?」
あわせると、微妙な場所が違う。二人にある痣は、気味が悪いくらいによく似ているのだが。
「ほんとだ」
「きっとこれも、なにかのしるしなんだよ、教えてもらえないだけで」
「父さんと母さんはわかってるんだね」
「かもね。俺にこの印があることは、きっとしられちゃいけないだ。
 でも、それでオレが魔法学校にいけないっていうのは、変な話だよな」

 今年10才になるアーサーが、まだ5才だった頃、家には、アミッドとリンダ、その両親、そしてアーサーと、その母と妹がいたと言う。
 その家に、誰かがやってきた。
 子供達は、隣の部屋からでないように、きつく言い渡されていた。
 ほとんど喧嘩のような長い長い話し合いの後、アーサーの母ティルテュはこう言ったそうだ。
「フリージに泥を塗ったのは私一人、それでいいじゃない。エスニャは見つからなかったことにして、私一人を連れて行きなさいよ」
客人達は、納得されざるを得なかったらしい。すぐに、出立の準備がされるようだった。そこに、眠っていたはずのアーサーの妹、ティニーの姿がない。
 ティニーは、母の話声を探しに、出てはいけない部屋に出てしまったのだ。
 ティルテュは、泣き始めそうな顔で母を探すティニーを、これが最後のつもりで抱き締めた。
 しかしその時、きらきらと部屋の中に輝きが満ち、魔法陣を形どる。ティルテュは、テイニーを抱き締め、消えながら声をあげた。
「待って、この子はおいて行きたいの!」
その言葉が容れられる間もあらばこそ、だった。客人達はワープの詠唱を完成させた。もうティルテュたちの姿はなかった。くすくすと、ティニーのぐずったような泣き声が、消えてゆく。

 そのことは、話にきくだけだったのだが、それが話にならない自分の何かに関わっていることは、アーサーの幼心にも知れた。
 アミッドは、予定通り魔法学校に行った。アーサーはぼんやりと、窓の外を見て過ごす。
 町から離れたこの家は、山のふもとの、森に張り付くように建っている。
 町の方を見るとイヤな気分になるから、森に面する窓を見た。たまにやってくる、森の動物を見るのが、楽しみだった。

 いつの間にか、雪の季節になっていた。
 アーサーは、その日も、窓の外を見ていた。その四角く区切られた、白い空間の中に、雪より白いものが飛び込んでくる。
「…」
こんな近くで見るのは初めてだ。天馬だ。全身が銀色に光っている。飼われているものにはないすごみが感じられて、アーサーは、じっと息を潜めた。そのうち、アーサーは、その天馬の様子が、微妙に変なことに気がつく。
 全身が傷だらけだった。大体、天馬にはない角がある。半分折れてはいるが。
「あれ、天馬なのかな」
呟いた途端、その天馬が、こっちを向いた気がした。アーサーはびっくりして、のびあがっていた窓から離れようとしてしりもちをついた。

 「今日、天馬に乗せてもらったんだ」
とは、その日帰ってきたアミッドの言葉である。
「すごく速いんだよ、セイレーンからトーヴェまで、あっという間に行って帰ってきた」
「へえ」
「天馬騎士って、すごいよな、あれで槍もって戦ったりするんだ、僕はつかまっているだけで精一杯だったよ」
「へえ」
「…元気ないな、どうしたの」
「アミッド、その天馬」
「うん」
「角、生えてたか?」
「生えてないよ、そんな天馬なんかきいたことない」
「だよな」
アーサーは、ごろりと、アミッドに背をむけた。アミッドは肩をすくめる。

 そして、アーサーは、もう一度あの天馬もどきに出会うことになる。慌てて外に出ると、それは、アーサーに気がつかずに、森の中に入って行くようだった。
 後をつける。この日の為に、こっそり用意した荷物を持って、それの足音にあわせて、見失わないように歩く。森は山の斜面にあったから、道はすぐに山道になった。
「…はぁ…はぁ…」
息が上がってくる。それは、アーサーがつけていることなど知らないように、さくさくと歩いていく。しかしアーサーは、変なことに気がついた。自分が止まり息を整えて、また歩こうとする時でも、それとの距離は全く広がらない。どうも、自分がもう一度歩き始めるまで、待ってくれるようだった。
「くそう…」
呟く。しかし、彼は、自身が気がつかないだけで、もう体力は限界だったのだ。森の間を抜ける風がアーサーを叩く。転がって、立ち上がろうとしたが、猛烈な眠気がやってきて、じきに、意識が失われていった。

 再び目に入ったのは、天使の像だった。白い陶器でできているのだろう、つやつやと輝く、長い髪をたらして、輪っかと羽をつけた、少女をかたどったものだ。
「…」
アーサーは、暖かいふとんにくるまれていた。耳もとで、声がする。
「大丈夫?」
「!」
跳ね起きて、二度びっくりした。声の主は、その天使像と同じ顔をしていたからだ。もっとも、輪っかと羽はないが、銀色の髪と、菫色の瞳が、跳ね起きたアーサーをこれまたびっくりの顔で見ている。
「…だい、じょうぶ?」
もう一度訪ねられて、アーサーは、
「うん」
と答えはしたものの、人心地がつくに連れて、疑問が一気に湧いて出てくる。
「ここはどこ? オレどうしたの? あの天馬みたいなのは? 君は誰?」
少女はくるん、と、上に向かって首をかしげて、自分が今分かる質問だけに返答した。
「私は、ユリアといいます」
「ユリア」
「本当の名前は、知りません」
「へ?」
「キオクがないの」
少女ユリアはひょうひょうといった。
「おばさん、呼ぶね」