うー

 一体いつの間に、楓露山の絢龍公主は青龍の動静について把握していたのだろうか。青龍が離宮に入った後に、追いかけるようにして親書が到着した。
 使いの物の話によると、絢龍公主の病状は芳ばしくないらしい。恐ろしい神託を聞いたことに加えて、それが次々と実現している事態を伝え聞くにも心痛止まぬらしい。特に、兄である龍王の崩御には、あまりの欝状態に、彼女の回りで刃物や針を見せない生活が何日も続いたというのだ。
「今はだいぶ持ち直られております。青龍天子様に急ぎお目通りをいただきたいと」
大龍が言った。その手には、公主の正式の格式で整えられた手紙いりの箱が一つささげられている。さて大龍は、口を開いた後、美麗をまじまじと見た。
「その際には、美麗を寝台に近付けるを許すと仰せだそうです」
「私をですか」
「まさか、驪龍との一件が公主の耳にはいられたのではないよな?」
青龍も美麗を見た。見られても、美麗には答えようもなく、ばつの悪い思いでうつむくよりなかった。自分は被害者だと、頭のなかで声を高くしても、事件の発端を作ったのは自分にも責任のあることだし、その点で美麗はやっぱりばつが悪いのである。
青龍が手紙を繰る。
「以前、お前と一緒に私が神託を受けにいったことがあったな」
「はい」
「その時、この世ならぬ大きい気が楓露山一体を包み、よくよく調べたら、どうもその時の私の連れが原因としか思えなんだそうだ。
まあ、巫女達はそれより、お前があまりにも天亮(驪龍の亡妻)に似ていたことのほうに驚いていたようだが」
「さようですか」
「公主は半分以上、お前にお会いしたいつもりでこの親書を私の元に届けさせになられた様だ」
青龍は顔を上げた。
「お前、一体何者だ?」
来客の顔が上下反対になっていても大して驚かない青龍が、今度ばかりは人外を見るような目で見た。
「大体、大龍の親戚にそんな年ごろの娘がいるとは聞いてないぞ。
大龍」
「は」
「説明してもらおうか」
「…」
大龍は美麗を見た。美麗は「説明してわかってもらうよりないでしょう」という様に首をすくめた。
 大龍と美麗から話を聞いて、青龍は目を白黒させた。
「とすると、お前は、この大陸の、いずれの国の人間ではないと、いうのか?」
「はい」
「ともすると、この世界の人間でもないと?」
「はい」
「なるほど、そういう事情で美麗の持つ異質に公主は反応されたのだな」
青龍は腕を組んだ。その顔は楽しそうだった。宇宙人かもしれない目の前の侍女と対峙して、明らかに楽しそうだった。
「この世界に住む物としては、お前よりよほど人間でないものを見てきたからなあ。別世界のお前が我々と同じような姿をしているということも、あってもいい。
 だが、それを悟られまいと、作り物の角を生やしてまで今に至るわけか」
「はい。青龍様がよろしいなら、ありのままになりましょうか?」
「いや、それには及ばん。この離宮にも、まだまだ頭の固い輩は多いからな。
 ところで美麗、公主は能う限り早く参上せよと仰せだ。今すぐいこう」

 青龍の供をするのはいつもの大龍と興龍である。
「一体、興龍一族が過去の栄光を取り戻すのは、一体いつの話になるんだろうか」
興龍は楓露山への道すがら、美麗にこぼした。それを青龍が聞く。
「どうした興龍、弱気だな」
「は、お聞き苦しいことを… ですが、一族のものに顔をあわせればこの話、神経がすりへります。挙句に家督相続は尚早だったという昔の話まで引き合いに出されて」
「つらいわねえ」
美麗がうなだれた興龍の頭をなでた。さんなかれの双肩には何百人という眷族の浮沈がかかっているだ。
「それでもヤケを起こさないところは偉いわ、ほんとに」
「ありがとう。
 ここは一つ、楓露山におわす八龍神におすがりするしかないのか」
「え?」
美麗はきょとん、した。
「八龍神って、なに?」
「そんなことも知らないのか? 異国暮しでも、ご両親から話を聞いたことはないのか?」
興龍は、深く未来を憂えているというときに、「そもそも論」にまで頭を使うことは出来ない、といったようなことを言い、そっぽを向いてしまった。事情を知る青龍と大龍は、彼はそっとしておくのがいいと言いたそうな顔をした。美麗は、かといって二人は説明してくれない様子なので(半可通なことを言うよりプロである絢龍公主に聞けということらしい)、七福神みたいな物かなあと勝手な解釈をして、楓露山に入っていった。

 「おお、連れてきやったか、青龍」
侍女に支えられるようにして絢龍公主が出迎えに来ていた。
「お出迎えの労をかたじけなく思います、公主。…おかげんはいかがですか」
「体力はともかく、気力は戻っておるよ。何せこういう時に当たっておるからの」
「は、それはよいことで」
公主は、美麗の前にもやってきて、彼女の手をとった。龍王の妹と言えばそれなりの年齢であるようだが、目の前の公主は黒目がちの、少女のような小柄な楚々とした美人である。
「よう来て下さった。いろいろ、お前様には述べおきたいこともあるゆえに、早う中に、ささ、」
そなたもついて参れよ。絢龍公主は青龍にもそう言って、これがつい先日までは病人だったのかというほどの元気で美麗達を引き立ててゆく。

 兄である龍王の死去にともなって、絢龍公主の地位である楓露山の別当(長官)は交代することになっている。新任の別当がこの間決定したそうだが、決定した織龍公主はまだ成人前の子供で、絢龍公主はその教育を終えてからの下山になるそうだ。
「ただ、あまりに若くて、これから重要な神託が沢山下されようけれど、それがはたして龍宮殿に信用されるかという気掛かりが残る」
つまり、織龍公主を指名した娘々が、楓露山を私にほしいままにするのではないかという懸念だった。
「燎哲(娘々)の企みは見え見えよ。だが、神託は絶対じゃ、いいように変えられて堪るか」
公主は雅やかに娘々を罵り、美麗を見た。
「青龍や、無理を言ってかたじけないの」
「いえ、公主の思われるところに、私如きが口をはさむということはおこがましいことです」
「ほほほ、謙遜はなしじゃ」
絢龍公主は、白魚のような手を口に当て短く笑うと、青龍に、
「ではこれよりは、このかたと二人での話となる。席をおはずしあれや」
と身振りを大げさに、謡うようにいった。

 「そのお顔をよう妾にも見せてたも」
絢龍公主は美麗をさし招いた。
「見れば見るほど、露虹によう似ておる。邪険にされてはおるまいの?」
暗に、娘々の反応や、驪龍との一件をさしているのだろうか。だが美麗は知らぬ振りをして当たりさわりのない返答をした。公主にも、美麗の魂胆は見えているようだった。
「ならばよい。
 それはそうと、お前様は不本意じゃろうから、露虹のことを少し話しておかねばなるまい。
 あの子は、妾が、卵の頃から手塩にかけてひとかどの巫女にまで育て上げたかわいい妹のようなものじゃ」
「卵?」
「知らぬのも無理はないか」
美麗の素頓狂な声にも絢龍公主は驚かない。どうやら正体まで悟っているらしい。
「妾たち龍は卵で生まれる。殻より出ずれば一人前の子供よ」
そうか、だからつい最近生まれたばかりの青龍の子供たち(まさに「二卵性」双生児)は大きいはずだ。
「あの子の場合は、秋の楓露山の、風の吹き付ける樹の根元に、寂しそうにおかれた小さな卵じゃった。
 きっと親が、不本意に生まれたによって捨てていったと思える。生まれ出た露虹が「角なし」であることでも、十分その事情は推し量れた。しかも、素人間の血が濃いようで、長じても雲も呼べない、巫女たちは、それが妾の側近くにあり、かつ右なき麗しさを備えていたこともあって、ずいぶん邪険にした。「美貌の代償に角を失った」と、辛辣なことをいう者もあった。。
 だが、露虹には、妾と同じときに、妾と同じとおきみおやの声を聞くことが出来たし。
 とおきみおやは、あの子を嘉したまうておられたのじゃ。妾はあの子をどこにでもつれていった。
 それが万歳翁…導龍兄上に逢うもといとなり、そしてあの様なことになってしまったと考えると、なにより彼女の幸福を願っていた妾に、その不幸の原因の一端があるのじゃろうのう」
絢龍公主は、一つ息をついて、侍っていた巫女に目配せする。すぐに美麗に茶菓が運ばれてきた。
「正直、露虹に会うまでは、大方のように、「角なし」についてよくは思っておらなんだったよ。だが、露虹と出会い、彼女がああいう力を持っていたと知ったときに、「角なし」もたしかに、たまたま角がないだけで、妾たちととおきみおやを共にするものであることは同じ。
 導龍兄上がすでにその頃、そんな考えをお持ちでいらっしゃったことも知っていた。だがあの方の場合、お若うて、何かに逸り、時局を先走っていたことが、露虹にはさらに不幸だった。
 燎哲は頑として後宮に納れるを拒んだため、露虹は紫虚閣におかれた。燎哲が認めなかったため、露虹の立場は、兄上が私に抱える使用人に等しかった。兄上はそんな露虹に精一杯の格式を整え、特に側近い者たちとの間に宴を催して披露したが、誰も彼女に礼をとらなかった。
 曲がりなりにも燎哲は正宮であるから、軽んじられることはなかったが、それを抜きにしても、露虹への御寵愛は、あまりにも周りに対しはばかりが無かった。
 やがて驪龍が生まれ…
 驪龍のことは、お前様も知ってのとおりじゃ。おしゃべりの沙尚あたりが、天亮のことも、幾ばくか話しておるだろう」
絢龍公主は、大きくため息をつき、呆然とする美麗に、改めて茶菓をすすめた。
「災難じゃったの」
でも、美麗はそう言われて、含んだ茶を吹き出しそうになった。公主は相変わらず、雅びやかな微笑みのままである。出迎えに疲れたのか、椅子にゆったりと身を預けている態など本当に可愛らしいと言う様なのだが。憮然としたまなざしを美麗から受けて、公主は改まる。
「お前様をここに招いたはそれを言うためでは無かった。そうそう」
と言い、滑るように椅子からおりた。そして唐突に言い出した。
「お前様には八竜神のお一人が宿られておる」
「!」
美麗には、先だっての夢の記憶が襲って来ていた。あの、傍若無人な声が、八龍神?
「あれが…」
「大事の際、臥せっていた妾の元に降りたまいて、そう宣った。
この楓露山に長く安らかにお眠りたまう八龍神が、この余にふたたびお出でになるとは…」
「ちょっ、ちょっとお待ち下さい! 公主!」
美麗は首や手を滅茶苦茶に振り乱して、公主から後ずさった。
「どうして、よりによって、私に、そんな、御大層なモノが、降りなくちゃならないんですか?
 私、わ、わたし、」
話している相手が公主とも忘れて、美麗は、頭から作り物の角をかなぐり落とした。
「『角なし』どころか、龍の血なんて、これっぽっちも入っていないんですよ!」
「龍神はとうにお見通しよ。お前様がこの世の者でないと言うことも、な。龍の血の濃さがよりましを決定する要素ではない。お前様は八龍神の当代のよりましとして召喚されたのよ」
公主は逆にますます冷静になる。八龍神は確実に目覚めを始めておる。しゃんと背筋を延ばした。
「乱世が近いのじゃ。導龍兄上が、あるいは骨肉の争いを御覧になる前にとおきみおやに召されたは、幸せであろ…
 お前様、まだ戸惑うておるな?」
美麗はこぶしを握り、口をつぐんでいたが、公主にはそれが何よりの答えに見えた。
「今はまだそれでもよい。今は、な」
公主は美麗の肩を後ろから支えた。
「だが、早晩お前様には龍神であることの自覚を覚えてもらわねばならぬ。
 案ずるな。お前様はひとりではない。仲間がおる。龍神としても、美麗本人にも」

 絢龍公主は、青龍達をふたたび部屋に入れ、美麗を一晩二晩ほど預かりたいと言った。
「どういうことで」
「帰って来た美麗から聞きよし」
公主はそう言って、理不尽とも言える程のそっけのなさで、追い出すように彼等を返した。

 宿になる客殿に向かう途中で、美麗は麒翔に会った。先導の巫女は、境内の木陰にその姿を認めるなり、その先を簡単に美麗に説明した後、逃げるように帰っていった。男性に免疫がないだろうぐらいにしか美麗は考えなかった。それより、関係者以外立ち入り禁止の場所に、どうして彼がいるのか、その方が不思議だった。そしてかれは、まるで自分を待ち受けているようだった。
「どうしてここにいるの?」
という美麗の問いに、麒翔は
「参拝さ」
とあっけらかんとして答えた。
「君こそどうしたのさ」
「ん」
美麗は言葉を濁した。まだ自分のことが、自分がここにやって来た時のように分からなかった。自分が自分でないようで、気分のいいものではない。
「天子の名代かい」
美麗はそう言うことにしておいた。麒翔は「そう」と言って、辺りを大仰に見回して深呼吸をした。
「楓露山には、いつでも神々しい感じがある。自分の存在が小さいことを思い知らされるようだよ」
「八龍神のお膝元だものね」
美麗は知ったばかりの知識を使ってみた。でもそれだけしか言えなかった。麒翔の存在が突き刺してくる。第三者のいないところで会うのは始めてだ。本当はあいさつだけですませたいところだったが、彼の方はそうはさせてくれない様子だ。
 だが、誰かの気配が向こうからやってくる。到着が遅いのを気にした客殿の巫女が迎えに来たようだ。
「美麗、つぎにはもっとゆっくり会いたいね」
麒翔は、様々に言いたかったらしい言葉の全てを飲み込んで、人の声におわれるように、呼んだ雲に飛び乗った。

 半月振りの満月が夜の境内を照らす中、絢龍こんつと美麗は頂上の露台にいた。
「お前様の郷はどちらかの」
公主が言う。見下ろす明かりは、美麗のいた住宅街よりまばらだった。月がなければ、まったくの闇だろうと思った。
「今、お前様のすぐかたわらに、八龍神のお一人がおいでになっておるよ」
突然公主に言われて、美麗は「え」とあたりを見回す。
「にわかに見えるものではない。妾が一体何年ここにいると思う」
さあ、始めよう。公主がいそいそと準備を始める。
「あの、公主、準備、とは」
「…龍神がよりましと肉体を共有するための作業じゃよ。ほんとうなら、誰も手伝わずともよいらしいのだが、この龍神様はいささかお力を使いすぎたと言うことじゃ」
公主は露台の敷物を指す。白装束の美麗はその上に座った。
「お前様とお話がなさりたいそうな」
言うより早く、女性の顔が浮かんだ。少し自分ににてる感じもしたが。もっと上品で、絶対に大口あけて笑ったりしないんだろうな、と、美麗は余計なことを考えて、少し恐いのを忘れようとした。
案の定、どん、と体に大きな衝撃が走った。烈風が吹き付けられているようで、中身までかき回されているようで、長い一瞬の激しいめまいの後に、めをあければ、自分のからだが輝いているのが分かった。
「やっとお前と話すことができる」
目の前の龍神のからだの向こうに、遥かな山脈の稜線が透けて見えた。
「何も知らぬお前を、よりましとしてもとめ、かつ乱世に投げ込もうという妾の身勝手、虫が良かろうが耐えておくれ。
 未曾有の事態につき、どしてもここに馳せ参じなければならなかったのじゃ。
 妾達がまさか敵味方になろうとは、みおやは何をお考えなのか」
「仲間割れなら、あなた達だけでどうにかならないの? 神じゃない龍を巻き込む必要があるの?」
美麗は、なるべく穏便に、それでも筋を通すべく、龍神に対してタメ口を聞いた。
「妾達龍神の乱れは、そのまま地上の乱れとなる。いわゆる神と呼ばれる類いの中にも、とにかく何かを乱してよろこぶ輩があって、八龍神は、楓露山において、悪しき神がゆえにおこる世の乱れをただして来た。
 今回は少し勝手が違う。当代のよりましに、龍神が飲み込まれた。
 八龍神のそれぞれ一柱が、この国全てを動かしうる大きな力を有する。このたびの乱れはその龍神故の乱れであるから、それをただすのもまた龍神でなければならないのじゃ」
龍神の後を引き継ぐように、絢龍公主が口を挟む。
「燎哲は、その気性さえなかったら、有能な巫女として楓露山で重く扱われたであろう、とおきみおやには特別親しい力を持つ。
 ひとときこの楓露山に賊が侵入してな、騒動になるのがわずらわしい故に、そうとは兄上に報告はなんだが、龍神にまつわる宝玉が紛失した。…妾の把握している限り、燎哲も当代のよりましのひとり」
「忘れてはならぬのが、龍神のこれ以上の乱れは、世の乱れを増長させるだけと言うこと、妾達がこれから働き掛ければ、必要最小限の損害で収拾がつくであろう」
龍神は目を伏せた。
「妾が、異界の民のおまえを当代のよりましに選んだのは、この国のとおきえだはをひとりたりとも余分に失いとうないという、妾の身勝手ではない。お前の体の具合が妾にとって一番具合がよいからじゃ。妾は長く、この国に離れて暮らしておった。よりまし、つまり、こことそとの行き来を可能にする存在のお前がおったから、今の妾はここにいることができる。その点は感謝しておる」
「じゃ、私をもといた場所に返して。龍神のあなたにならできるのでしょう?」
やれ許せとか、感謝とか、いっているわりには、龍神の言い分は勝手すぎた。美麗は中っ腹で問うが、龍神は寂しそうに頭をふるだけだった。
「そことこことは、もう繋がっておらぬ。いや、塞がれた。妾が通り抜けられたのが最後であった」
「誰に! どうして!」
「妾が…いや、お前がここにやって来た理由を全うできぬ限り戻れぬと、妾よりさらに高位のみおやの意志であろう。
 だが、お前は一度戻らねばならぬ。こことそこの間をくぐり抜けることに精一杯で、妾は大事なものを残さざるを得なかった。あれがないと、妾はお前と真の共有関係を結ぶことはできぬ。
 一刻も早く、お前の体を借りたい。道を抜けることに精を使い果たして、妾の存在は消えそうじゃ」
つまりのこと、元に戻るためには、それなりのことをしなければならないということなのだ。美麗は
あっさりさっばりと割り切った。帰れない道じゃないと分かったとたん、美麗は、ここに来た時と同様に肝が座ったのを感じた。
「龍神のよりましって、具体的にどうすればいいの?」
「今は、妾の存在を固定するために、お前の体を通して天地の気を妾に補うことじゃ」
龍神はいいながら、背後から美麗を抱いた。今度は、薄い絹布が身を包むような感じがして、やがて美麗の輝きもおさまった。
「大事ないか?」
絢龍公主が、一瞬脱力して崩れ落ちそうになる美麗の体を支えようとして、驚くように息を飲んだ。
「ほ」
「公主?」
目を丸くする美麗の頭を、公主は軽く撫で、
「龍神に降りたまうたに相応しい姿になっておるよ」
と言い、地面を指した。露台に落ちる影を見て、美麗は息を飲んだ。今まで作り物ですませて来た美麗の頭には、面影の龍神とおなじ、竜王の一族以外には神にしかないという、二対角が、あでやかに伸びていたのである。シカの角に似ているが、より繊細で細く、美麗はしばらく、頭にさしやったまま手を下ろせず、呆然とうずくまっていた。
「よう似合うておるよ」
公主は笑みながら美麗を立たせた。

 翌日、美麗を迎えに来た大龍と興龍は、出て来た美麗にあぜんとした。美麗は、成人式の振袖を着た時以来ではないかと思うへんな面映さで、二人を見ている。そんな彼女の今の格好は、絢龍公主の衣装を一式祝儀として拝領したもので、黙って座らせておけばどこぞの公主だと言っても分からないような出で立ちだった。
「美麗は今、龍神の降りいます玉体(龍王の身柄)にも等しき身ぞ。青龍に、ゆめゆめ粗略に扱うなとよく言いおいてたもれ」
公主はそう言って、美麗の体をつい、と押しやった。
「…」
二人はまじましと美麗を見た。美麗にとって、こののかっこうは、まさしく馬子のなんとやらなのでる。でも大龍は、角の方に驚いていたのか、美麗の顔を見て、いつもの、何を考えているのか良く分からない穏やかな顔をした。
「きれいですよ」
「…ありがとう」
興龍は、返す言葉を失っているようだった。