いー
「さみしくなるわね」
「いくら今、古いものが見直されていると言っても、こんな古道具屋、今さら流行らないし、宗旨替えしてアンティークショップにしたほうがいいと、息子に押し切られたよ」
店の主人はつぶやきつつ、古いレジの脇の金庫の中から一個水晶玉を取り出した。インディゴブルーのマーブルのはいった物で、よく美麗はせがんで見せてもらったものだ。
「これ、うちの秘蔵っ子だったけど、美麗ちゃんにあげよう。誰よりも気に入ってくれたお前さんなら、大事にしてくれるだろう」
古道具屋の老店主でも、これがこの店にある理由というものはわからないのだそうだ。
「もらってもいいの?」
「お餞別だよ」
老店主は淋しそうに笑いながら、それを桐箱におさめて、美麗に渡した。
主人公・朧月美麗(おぼろづき・みれい)は、こんな骨董珍品好きといういう以外は、ごく普通のフリーターである。
しかし、この水晶が縁になって、これから述べる大冒険をしようとは誰が想像し得たであろうか。(反語)
その夜、美麗は、夜半まで、満月の白い光に例の水晶を照らし、飽きることなくながめつくしたあと、枕元において眠りについた。
そして、やっと寝付いた頃、彼女の頭の上、窓の向こうから少年の甲高い声がして、無理やりみれいは眼を覚まされた。
「あれ、ここ、どこだろう。…はぐれちゃったのかなあ」
「誰だろう、こんな夜中に… 非常識だなあ」
うっとうしく身をもたげながら、声の主に何か言ってやろうと虚ろな眼を開くと、相変わらず晴れた夜空の青白い月光が部屋の中に差し込んでいる。
少年の声は気のせいだったのか、誰かいるような気配もなく、時計の音だけが妙に大きい。
「気のせいか」
「どうしよう…兄上にしかられるう」
また眠りに落ちようと布団に潜った刹那、同じ声がした。
「!」
美麗は布団の中で眼を見開いた。自分に霊感なんてこれっぽっちもないのは自分がよく知っている。そのテの存在は半分信じてはいるが、進んで会いに来てくれるのにはちょっと心の準備が…
だが、現実のようだ。何かの気配が、開け放した窓のほうから漂ってくる。
美麗は身を乗り出した。だが、ここは二階なのだ。
「それにしても、みたことない景色だ」
向こうも気味悪がっているようだ。
「誰かいないかなあ。これはなんだろう。家みたいだけど…」
次の瞬間、美麗の視界には、今まで見たことないものが飛び込んできた。
一口でそれを言い表すのは簡単である。
竜・龍・ドラゴン。ラーメンの丼によくあるアレである。背中にデンデン太鼓を持った子供を乗せているアレである。
正直な所、それに美麗は腰を抜かさんばかりに驚いていた。人間は本当に驚いたときには金切声なんて出ないものだと、頭のどこかで変に冷静になりもした。それに指を差すだけで、彼女の口はいたずらにかくかく震えるばかりである。
唯一彼女の持っている龍の記憶と違っている点は、その大きさだけだろう。ざっと目測したところで(その時、そんな余裕が彼女にあったのかは知らないが)、蛇踊りのはりぼてよりは小さかった。
それでも、その非日常的さに関しては、美麗をその場で失神させうるには十分だった。
美麗は、以上までの観察をしおおせた後、眼の前を真っ暗にして窓からずり落ちようとしているのも知らなかった。
しかし気がついたときには、美麗はふわふわしたものの上に乗っていた。
「あーよかった、気がついて」
あの声がする。頬に当たる風が粟立つほどに涼しい。
「下、見ないようにしてくださいね」
という声に釣られて下を見やると、バイト先までの行き来に使う電車の線路が地面の手術後といった風情で伸びていた。美麗は、風の寒さも手伝ってそわ、と鳥肌をたてた。
「ねえ」
と、後ろの気配に振りかえってみる。ラストエンペラーみたいな風体の少年が一人、やはりもの珍しそうに美麗を眺めていた。彼は美麗に声をかけられて、
「はい?」
と愛想のいい返事で帰してきた。
「あの龍はどこにいったの?」
「え?」
「あなたがつれていたんでしょう、あの龍」
全てをわかったような口ぶりだが、美麗は今ぶちあたっている状況全てを信じていない。わかったような顔をしていなければ自分の調子を見失いそうだった。ところで、少年は美麗の質問の意味を暫くははかりかねていたようだ。が、その姿は瞬間歪み、解けたかと思うと、美麗の失神の原因になったあの龍になった。
「…」
また失神しようとする美麗の体を龍はぐるりと巻き止める。鱗の触感がごまかしようのない現実のなかに美麗を引きとどめる。少年は人の形に戻って
「失神するのが好きなんだなあ」
と納得していた。
「好きでしてるんじゃないのよ。だいたい、私どうなってるの? どうなるの?」
美麗はつとめて上を見ながら聞いた。怒鳴りつけたいのだが精神ダメージが重くて腹の底から声がでない。そして少年の答えはつれない。
「ボクにもわかりません」
「なんでえ?」
「だってボクは、兄様が姚妙さまをお迎えにいくお供についてきただけなんだもの」
「え」
「久しぶりの遠出だったから、ボク、ふざけていたら兄様にはぐれちゃったの」
「で、気がついたらうちの屋根だった」
「そう。誰かいるみたいだったから、開いてるところから覗いたら、あなたの顔があって、」
「私は失神した」
「おねえちゃん、あともう少しで落ちるところだったよ」
「受け止めてくれたのね? で、降ろしてくれないの? 私、明日もバイトなんだけど」
美麗にだんだん人心地が戻ってきた。少年と差し向かいに胡座をかいて、少年の答えを待つ。
「うん、そうしたいのは山々なんだけど、今兄様と連絡がついちゃって、急いでるんだ」
「どうして!!」
「お姉ちゃんのこと話したら、面白そうだからつれて来いって」
美麗は声をあげ、やおら立ち上がった。少年の胸ぐらをつかむ。
「そうだからって、猫の子拾ったみたいに通りすがりに拉致られてたまるもんか!
さあ戻せ、家に帰せ! 降ろさないんだったら降りてやる!」
「立たないでよお姉ちゃん、風にあおられるよ」
「見世物にされるのなんてまっぴらよっ」
平然と挙動をたしなめる少年。だが、いや、だからこそ、美麗のはらわたは収まらない。
立ったままスウ、と息を吸い、次を言おうとした瞬間、美麗は案の定、前から吹いて来た一陣のジェット気流にあおられた。
「あ」
美麗と少年は同時に声をあげた。少年が助ける間もあらばこそ、美麗は何百メートル下かもわからない、何時の間にか雲海の下になった地面に背中から落ちていった。
美麗の落下地点は幸いにも山の中腹らしき森のなかだった。枝の折れる音が下から上に吹き上げて、最後は大きな枝に尻餅をついた。
「…ダイレクトに落ちたら本当に死んだな」
一体町からどれだけ離れてしまったんだろう。これだけの木があるならあるいは青木ヶ原かしらん… 美麗は鷹揚に考えながら手足を眺めた。枝で擦った傷はそれこそ見えている肌一面にあるが、骨には異常がなさそうだ。
「よいしょ」
ほうほうの体で美麗は木から滑り落ちた。新しい擦り傷が手足に出来たがそんなことはどうでもいい。こんな場所にはもう一瞬たりともいたくはなかった。
ここが青木ヶ原であってもなくても、今の彼女には強い味方があった。
「これは夢なんだから」
夢ならばそのうち、お菓子の家でも仙人の家でも忽然と現われるのだ。そして、異常なまでの歓待を受けて、山ほどのご馳走を口にしようとしたとたん目が覚める…そんなことは生まれて四半世紀近く、覚えていられないほど何回も経験したはず。
美麗は一応、見え隠れする木々の間のわずかな月光だけを頼りに斜面を下り始めた。足元はほとんど見えない。岩や木の根が飛びだし、時々つまづく。痛みが異様に生々しい。余り思いたくはないが、これは本当に、いよいよ、現実のようだ。
美麗の背に一瞬悪寒が走る。気がつけば、月光さえもない。あちこち破れたネルのパジャマに、靴下もない彼女の足は血で真っ赤になっている感じだ。傷口から立ち上る血の匂いにむせながら、美麗は麓を目指した。都会育ちに鈍った野性の感をそれなりに敏感にさせて、闇に閉ざされた中を一歩一歩踏みしめる。一体今が何時で、大体自分は今どこにいるのか、そんなことはわからない。
その中で、明りらしいものがちらちらと見え始めたとき、美麗はそれまでの疲れを一瞬忘れた…はいいが、近付こうとはやるほど、体はきしむ。
急に視界が開けた。家々の明りが、小さいが、目一杯に広がる。
美麗はまた気を失った。
目が覚めたら、建物の中だった。
起き上がる。手足には手当の跡だった。
だが美麗は愕然とした。まだ残る手足の痛みも、布団の暖かい柔らかい感触も、そこが現実なのだといやというほど主張していたからである。
痛い手足をさすりながらいると、
「姉さん、あの子、気がついたみたいだよ」
「そう、よかった」
こんな声がした。少年と、その姉らしき、落ち着いた若い女性の声。少年の声は、自分を拉致ったものとは違う。物音のする部屋の入り口のほうを少し構えて見やると、若い女性が、盆に湯気のたつ湯飲みを乗せて現われた所だった。
「おかげんはいかかですか?」
女性は柔らかく声をかけ、美麗の手に湯飲みを握らせた。ジャスミンのような香りがした。
「弟が昨日、山菜を採りに山に入ったら、この町を見下ろせる丘の上にあなたが倒れていたと… 息があったのでここにつれて参りました」
息があった、か。そこで死んだと思ったら夢オチだったらどんなに楽か。まさか自分にこんなゴキブリのような生命力があろうとは。
しかし、これが現実とわかった今、家にいない自分を知った親は血眼になって自分を探しているだろう。
もしここが自分の住んでいた町と地続き…いやそうでないにしても、せめてもっと開けた場所に出て、あるいは自分の出自に関して理解のある人に遭遇して、こちらからも最善のアプローチを考えなくてはならない。そんな目で自分を見れば、ここで力尽きなかったゴキブリの生命力は満更イヤには思えない。
さて娘が
「どちらからいらっしゃったの?」
と尋ねる。この際、言葉がどうして通じるかとか、余計なことは一切考えないことにして、美麗は
「遠くから、です」
とだけいった。急に日本のどこそこと言っても通用しないと思った。だが、女性は案外あっさりと
「遠くから、ですね」
と帰して、それ以上は聞かなかった。
「なにも聞かないんですか?」
と美麗が言う。
「だって、隠れ住んでいたのを、狩り出されてきたのでしょう。ここはそんなこと珍しくはないですから」
「狩り… 一体、ここはどこなんです?」
「大龍神帝国、西の四足街」
「しそくがい?」
言う女性の顔は浮かなかった。聞かなければよかったかな、と美麗は反省した。
「いえ、事実存在するのですから説明しなければなりません。
この国は『龍』が住んでいます。あなたも、お国である遠い所で、龍の話を聞いたことはあるでしょう」
美麗は神社仏閣の水場の龍とか、龍神様とか、またラーメンの丼とかを思い出した。だが、国家を形成するほどの大量の龍は想像出来なかった。
女性の話によれば、そういう強大な力を持ち振るう龍といっても、普段はいわゆる人間と、姿に大差はない。ただ、龍は自分たちのトーテムを誇示して、角だけは残しているという。
だが、龍たちに言わせれば、それはよんどころない生活の必要にして廻りにあわせてわざわざ「そうしている」姿だと言うのだ。
「龍は人を見下しています。姿が同じというだけで、龍と人とが交わり、受け継がれてきた血が薄くなることを恐れています。
人間や、龍と人間とのあいだに生まれながら角を持たない物すらも、都市に遠くはなれたこんな山里に押し込まれているのです」
女性はそういって軽く唇をかんで、自分と弟もそんな「角なし」の内だと言葉を締めた。美麗はおそるおそる聞いた。
「では、私はここから出られないのでしょうか」
「ここに出入りする者には厳しい制限があります。その度に数は調べられていますし、許可なくここを出るにしても、町の境には柵が設けられ、警備の官吏が目を光らせています」
女性は顎に手を当てて考える。そこに、何時の間にかそばに来ていた、彼女の弟という少年が口を出した。
「大丈夫だよ。あの役人たちは案外ずぼらさ」
「まあ、桂芳、何かいい考えがあるというの?」
「もうじき祭だ。あの時は人の出入りがある」
「そうね。役人も浮かれて、数なんて数えないわね」
「そういうこと、か」
美麗も納得がいった。
「そうと決まったら、色々準備をしないとね」
女性が立ち上がる。
「でもまだ、あなたは無理をしないでね。今は傷を直すことを考えてね」
美麗は祭の喧騒の中、女性の懇意にしている商人に連れられて外に出ることになった。
当日、夜半過ぎて、広場のかがり火が燃え尽きる直前の輝きを放つ。
「ありがとうございました」
美麗は二人に背中が見えるほど腰を折った。
「いいのよ」
「それよりも、もう捕まってここに送られるなよ」
「そうね。…美麗さん」
女性は美麗の手をとり、自分のはめていた指輪を彼女の指に移した。
「これは、雲を呼ぶ指輪よ。旅にはあると便利だわ」
祭のあいだに、美麗は、行き交う人々が、雲(というより巨大な綿にしか彼女には思えなかったが)に乗って往来するのを見た。あの時は動転していたからよく自覚しなかったが、落ちたとき乗っていたあれも、雲なのだろう。厳しそうな現実だらけの中で、指輪だけが妙に嘘めく。
こんなものをもらってもいいのかしら。美麗はためらいがちに女性を見た。
女性はこだわっていないようだった。弟がせかす中、美麗の髪を結い直し、(世界史の資料にある中国の美人画のようだった)短い作り物の角をあしらってくれた。角がなければ龍ではないが、逆に、どんなに貧弱であれ、ありさえすればひとかどの龍とみなされるのだそうだ。「単純な話だ」美麗は少しだけ鼻白んだ。
商人の一行が待つ出口まで送られて、美麗がもう一度礼を言うと、
「なぜだか私、あなたにもう一度あうような気がするの。その時はあなたの国の話、聞きたいわ」
女性は言って、笑いながら彼女らを送り出してくれた。
商人は、この当たりで一番大きな町まで連れて行ってくれることになった。そして美麗はそれまでの二三日を売り子として過ごし、目指す町にまでやってきた。
女性…蘭英が、お下がりの服や身の回りの品をまとめてくれた手荷物のなかに、その町の住所になっている封筒が入っていたのだ。
「その町に入ったら、このお方のお家を尋ねてね。次の満月までいらっしゃるそうだから」
なんでも、人間や「角なし」に理解のある人?物なんだそうだ。
道行く人に聞きながらたどり着けば、町の名士といった風情のなかなかに豪華な門構えが彼女を待ち受けていた。「どうして、あのひとはこんな人と知り合いなんだろう」と、失礼なことも考えた。とにかく、門の前で唖然とたたずむ美麗に、見かねて門番が声をかけた。
「何用だ」
「ひゃ」
美麗は首をすくめた。
「ああの、人に案内されて」
言いながら、手紙を見せる。門番は表書きをためつすがめつして、返しながら、
「中に入って、これを見せて、改めて案内を乞うがいい」
と通してくれた。
十分位、美麗は何もない部屋で待たされた。
そしてやっと
「お待たせしました。兄が会うそうです」
という声がした、が、その聞き覚えのある声に、美麗はやおら立ち上がった。美麗を先導しようと現われた少年のほうも、客が、あの時落とした珍品であることに気がついたのか、顔が引きつっている。美麗は微笑みながら、彼の首根っこをつかまえた。
「ここであったが百年めねぇ。どうもこのたびはずいぶんとお世話になって」
「お姉ちゃん、こわいよ」
「いい顔なんて出来ると思う? どうして助けてくれなかったのよっ!」
「だって、すごい早さで落ちていくし、兄様たちは見えるし」
「…そうですか、貴女が、あの」
少年と鼻をすり合せんばかりに迫る(そして責める)美麗の頭上で、少しアンニュイさを込めた涼しい声がした。
「弟が無礼を働きました」
美しく枝わかれする角をいただく長髪が決していやらしくない細身の美丈夫だった。だが美麗には
「この人が私を珍品扱いしたお兄様…ね」
これぐらいの認識しかない。
「…ご存じだったとはは光栄です」
男はその皮肉にもてんでこたえていないようだ。
「ですが、私は初対面ですので自己紹介をさせてください。
私は貴龍洋、貴女が今押さえているのが弟の貴龍浩です。気軽に大貴龍、小貴龍と呼んでください。そのほうが私も気苦労を感じなくていい」
貴女のお名前は? 美麗はまったく自分の調子を崩さない大貴龍なる美丈夫の態度に起こる気も失せてきた。小貴龍をつかまえる手を放し、手短に名乗る。
「私は、朧月美麗」
「おぼろづきみれい」
何度かそれを反芻して、大貴龍は言う。
「なじみのない響きだ」
「ほっといてよ」
「それはともかく、小龍が過って落としてしまったお嬢さんが、ここになんのご用です。恨み言を言いに来ただけではないのでしょう?」
「そうね」
美麗は片手でずっと握っていた蘭英の手紙を渡す。
「あなたの所に来ればなんとかなるって言われたわ。
それにしても、あなたと知り合いなんて、蘭英さんってどんな人なの?」
手紙を読む大貴龍に、美麗は聞く。彼はちらりと顔を向け、
「もともとわが家の使用人をしていたものの子供たちですよ。片親は龍でありながら、不運にも角なしでで生まれてきてしまった…ね」
と、少しうっとうしそうに言った。
「そういったものたちが自由に暮らせるようになるには、まだもう少し時間がかかる…それは今話題にすべきことではありません」
手紙をたたんで、内容を知りたそうな美麗に、大貴龍は言う。
「あなたは帰る場所をなくした難民のようだから、私が働き口などを世話してそれなりの生活をさせてやってくれ、と。たいがい彼女も勝手だ」
「勝手ですってえ?」
美麗はだん、と床を踏み鳴らした。
「たしかに、私は難民よ。あなたの弟が私を落ちた窓の中にもう一度放り込んでくれれば、あなたたちのことなんて夢ですんだわよ。でも、それを連れてこいといったのはあなたでしょう?」
「わかりました。働き口を斡旋しましょう。ちゃんとあなたが生活できるように」
「本当?」
美麗の顔はにわかに華やぐ。
「面白い人だ。今怒ったらもう笑っている。しかし、あなたの気丈そうなところは、あるいは私の斡旋しようとしている仕事をうまくこなしてくれるような気がします。
龍宮殿においでなさい」
「りゅうぐうでん?」
「この国を治めている大神龍王・輝晃帝様のいらっしゃるところさ」
小貴龍が口を出す。
「へーえ」
美麗は一瞬納得して、それから泡を食った。
「へえ?」
「…この間、ご長男・青龍天子様におかれては、姚妙御妻との華燭の典をつつがなくすまされた。それにともなって、召し使う者は全てお二人のものとなって、それでは色々面倒もおころうと、天子だけにお仕えする侍女を物色するよう仰せを承っていたところですよ。私も貴女も運がいい」
大貴龍は唖然とした美麗に泰然と微笑みを向け、続ける。
「もちろん、私の身内として、私が後見します。もっとも、天子は、貴女が誰であろうとまったくこだわりのない方ではいらっしゃるが」
「で、でも」
美麗はさっきの威勢よさは微塵に吹き飛んで、おどおどと言い出す。
「きっと、ボロが出ると、思う。
だって、一国の主がいるような場所には、龍しかいないわけでしょう?」
「そうですね。
しかし、貴女にはそんな大きい儀式に出るいわれはありません。安心してください」
そうと決まればすぐに手続きを… 去ろうとする大貴龍を美麗は呼び止めた。
「あなた、一体、どういう人なの?」
「兄様かい?」
しかし大貴龍は歩みを止めず、取り残された彼女に小貴龍が答えた。
「兄様は青龍天子様が龍王になられれば宰相になるようなお人さ」
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