それはまさに、時代時代の研究者からの賜物です

 普通、長編小説のダイジェストとなると、全編読んで、目立ったことを抜き出して、それがいつ起きたか時系列にまとめる…という、果てしも無い作業が待っているわけですが、源氏物語の研究の歴史はじつに奥深く、先人がすでにそれを済ませてしまいました。
 それを今私達は「年立(としだて)」と呼んで使っていることになります。
 時期の重なる出来事が、それぞれ巻になっている場合も、ここで整理されているので、非常に便利です。
 この年立があると、明石源氏で一度挫折した方も、その続きを見ることが出来るし、同じように、研究上何らかの事項の変遷を追う場合にも、まず年立からデータを選んで、原文に立ち戻ってその周囲を読むということがより簡単に出来るようになります。
 もちろん、何となく流しよみして、面白そうな場所があったらその原文に当たるということをしても全く構いません。むしろ、年立で満足出来なければ迷わず原文へ。
 ただ、この年立というのは、会った出来事がほぼまるごと収められているだけに、上のように、何らかの探したいポイントをあらかじめ決めておかないと、読んでも全然わからないという諸刃の剣でもあります。
 ある意味研究者向きかもしれませんが、まあこういうアンチョコというか、早見表を使って、自分が読みたい場所を見つけてみるというのも、面白いと思います。

 このページで参考にしたのは、「常用 源氏物語要覧」(中野幸一編・武蔵野書院)です。学生の説き、参考書の一つとして購入したので、学術書のたぐいかと思っていましたが、なかなかどうして、アマゾンで入手することが出来ます。この年立のほかにも、源氏物語の理解に必要な情報がたくさん入っているので、深く理解したい人はどぞ。書名をリンクすると、アマゾンに吹っ飛んで詳しい情報を見ることが出来ます。

 能書きはここまでにして、実際に年立を読んで、一人の登場人物の時系列を追ってみましょう。
 マヌカンさんは、夕顔の娘、玉鬘です。

<凡例>
・巻名の前の数字は頭から数えて何巻目かです(例:1桐壷)
・説明文中で具体的に年齢を表示していない限り、文最後のカッコ内年齢は玉鬘の年です。
・年齢は数え年です。○月とあるのは旧暦です

 巻    出来事(年齢)
4夕顔 夕顔の死後、夕顔が現地に伴っていた侍女・右近から、夕顔の素性と一緒に、3才になる娘がいると言う話がされる。翌年、夕顔が行方不明になった五条の家の面々は離散、玉鬘は乳母の家族のつてで筑紫に下向する(4才)
22玉鬘 筑紫で成長した玉鬘に、土地の名士からの求婚があり、それを避けて上京する。長谷寺詣での際、玉鬘が見つかるよう参詣に来ていた右近と再会する(20歳ぐらい)その年の10月、六条院(源氏の住居)に娘分として暮らすことに。
24胡蝶 六条院に住まうようになった玉鬘の美貌の噂が公達に広まるところとなり、交際の申し込みが殺到する。その中には、すでに際しある鬚黒大将や、実際の続き柄では半兄弟になる柏木のものもあったとかとか。(22歳)
25蛍 源氏の弟・兵部卿宮が玉鬘と対面。玉鬘がいる御簾の中に源氏が蛍を放たせ、玉鬘の姿が照らされる。兵部卿宮をますます迷わせるいたずらお兄さんがここに一人。(22歳)
27篝火 源氏、つい食指が動いて、玉鬘を口説き落とそうとしてしまうが、対面でも親子だからと思い直す。(22歳)
29行幸 28野分の年12月、冷泉帝が大原野に行幸。源氏、玉鬘を冷泉帝の尚侍としての出仕を考え、実父・頭中(このとき内大臣)に、玉鬘の素性を打ち明ける。翌年春、玉鬘裳着、実父と対面する。しかし、源氏の娘分であることは変わらない(23歳)
30藤袴 裳着の年の秋、出仕が正式に決まる。これで手がついたら、冷泉帝後宮の新しい波風になるなぁと心配される。とは言え、この時点ではまだ未婚の玉鬘らに、懸想する公達は後を絶たない。源氏も言うにおよばず。(23歳)
31真木柱 ところが玉鬘は、自分でも「この人にはちょっと…」と思っていた鬚黒の手に落ちてしまう。源氏は正直「やられた」と思ったものの、その結婚を認め、盛大にお披露目をする。一報鬚黒は北の方とこの一件でその間が激しくこじれ、とうとう北の方は娘(真木柱)をつれて実家に帰ってしまう。翌年の正月、正月行事が終わると、鬚黒は玉鬘を六条院へ返さず、そのまま自分の館に。その年の11月、玉鬘は男子を出産。(24歳)
34若菜上 源氏四十の賀。玉鬘、源氏に若菜を贈る。(25歳)
44竹河 すでに宇治十帖の世界。この巻に至るまでに、鬚黒と死別。玉鬘が産んだ娘のうち、長女が冷泉院の後宮にはいり、次女に尚侍職を譲る。(47歳)

 一部、周囲の人々の動向も織り交ぜつつ、一人のキャラクターのほぼ一生も調べられてしまう年立、ご理解戴けましたでしょうか。
 それでは、玉鬘の例を参考にして、源氏本人の年立をストーリーダイジェストとしてまとめてゆくことにしましょう。