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この三十年にわたる二人の物語を紡いだ、さまざまな人物の後日譚


奇特な名士 エルキュール
 娘をノディオン王宮に出仕させたのは、吉なのか凶なのか。「聖戦」のあと、アグストリア解放軍を立ち上げる前は、マディノの一領主であり、またマディノ自由都市の市長でもあった。
 しかし、新生アグストリアからの政界への復帰要請にはこれを固辞し、領地に作った自治都市の運営に実を傾けてゆくことになる。
 その齢は、余人が驚くほど長く、大往生を遂げたといわれている。

厳しくも優しいばあや マグダレナ
人生のすべてを、ラケシスと、その娘ナンナに捧げる。
レンスター王宮にも伺候し、王子王女を多数取り上げ、「大きなばあや」と慕われる。
幸せな生涯であったと伝えられ、その最期の顔すらも、微笑んでいたという。

物言わぬ女賢者 サブリナ
エスリンが戯れにつけたこの名前を、フィンは愛馬の名前に愛用した。
はじめ与えられたサブリナは、ヒトをしのぐ鋭い勘と豊かな知識を持って馬上の主人を助けた、それは、主人への忠誠でもあり、あるいは愛であったかも知れない。
 このサブリナの残した娘もまたサブリナと呼ばれ、母と同じカンと賢さで、解放軍に身を投じた主人をよく助けた。聖戦の後は戦からは身を引き、レンスターの使う騎馬にその賢さを伝え、ランスリッターの名をさらに高めたとも伝えられる。
 ちなみに、伝承のサブリナは、別名をサヴァともいい、その夫はフィン・マクールと呼ばれる。

双子の従騎士 ブランとシュコラン
フィンの母は、妹とともに、アレンの一族に嫁いだ。つまり双子にとっては、フィンは正真正銘の従兄となる。
 双子とはいいながら、二人の進路は全く違うほうに向いた。ブランはレンスターに仕える騎士となり、シュコランはアレンの領地経営と、自衛団の指揮に頭角を現すことになる。
 しかし、そうなるまで、双子の尊敬するところの従兄は、全く二人の区別がつかなかったというのは、笑い話の題としてよく用いられるところである。

小さなメイド フローラ
 父のたくらみにより、一度は出世のための道具にされかけたところを救われたフローラは、やがて自らの意思で領主の館に向かい、行儀見習いとして暮らすことになる。
 アレンに迎えられたラケシスに私淑し、結ばれた夫・シュコランを影から支え、アレンの隆盛を見えないところで守っている。

やがて悲しき親心 コーマックとその妻
運命に翻弄された夫妻は、レンスター陥落と時同じくして、マンスターに身を寄せた。しかし、フリージ王国に取り立てられることもなく、マンスター陥落とともにその行方は完全に不明となり、たびたびのリーフ・アレスの捜索もなしのつぶてであったという。
 その終末は、ラケシスの伝承にまつわる唯一の汚点とも言える「ヘズルの円環」の巷談に、「エルトシャンの妻、その出自つまびらかならず」のあだ花を添える結果となった。

翡翠色の風の王 アイオロス
 気まぐれな風に乗り、トラキアの空を飛ぶ。アルテナの所有ではあるが、アルテナは彼を放し、いずれ成長し天槍を戴く新しいダインのための自由を与えた。
 この竜は、ユグドラルある限り、赤い大地に翡翠の鱗を輝かせ、空を行くであろう。そして、すべての問いに、真実をもって答えてくれるだろう。
 彼の繰る言葉がわかりさえすれば。

悪運強き流浪の王子 エリオット
 貧相で、ぞんざいで、しかし強運だけには恵まれたこの王子は、シレジアからまた、バーハラ支配下のアグストリアに戻った。
 マディノの自由都市に身を隠し養いつつ、再び立ち上がるときを待つこと十有余年、アグストリア解放軍の募集に応えた中年の騎士は、市長がその顔を見知っていなければ門前払いを食らっていたことであろう。
 その後、開放されたハイラインを領地とし、新生アグストリア王国建国の後は、「聖戦」以前の古きよきアグストリアを、彼なりの視点で、堪能に(饒舌に?)語っていたという。
 しかしそれは、アグストリアでは神格化されつつあった獅子王とその妹ラケシスの、人間の部分を伝える貴重な史料でもある。



レンスターの青き槍騎士 フィン
ノディオンの美しきプリンセス ラケシス
グラン暦782年、アグストリア平定を終え帰国したリーフは、幼少からの忠臣にして中興の英雄を、自らを補佐する宰相に任じた。
宰相と言っても、槍を置くことはなく、その立場は近衛騎士のようでもあり、また家族の一員のようでもあったという。
 ラケシスは、フィンの宰相叙任に際して、改めてその出自を明かし、大陸にその存在あることを知らしめることになる。アグストリアにとっても、このことは、若い王アレスの心の支えともなった。
また二人は、すでに成人したデルムッド、ナンナに引き続き、さらに二、三子を挙げたといわれ、あるいはアレンを継承し、あるいはマディノの自由都市の経営へと、進路を取ってゆくこととなる。
 二人は、王達がまだ若い間は、レンスターに、あるいはアグストリアに、さらにはバーハラにも出向いたが、晩年、子・孫の世代となってからは、もっぱらアレンの街で余生を過ごし、ラケシスも、ノディオンに戻ることはほとんどなく、訪ね来るわが子や孫を、嬉しそうに迎えたという。
 史書には、二人の生没年も正確に記されている。しかし、それを知る必要はないであろう。
 天が定めたエーギルの尽き行くまま、グラン暦八百年代前半の間に、それぞれ、寿命を終えたとだけ、記しておくことにする。

 さて。
 そのラケシスが、最晩年に寄贈したという墓標が、アルスターに近い小さな自由都市、フレストの教会に残っている。
 その墓標を置くに当たり、ラケシスはこういったと言う。
「あなたはこんなことをされても、少しも嬉しくはないでしょうけれどもね」
そして墓標には、こう記されている。

遠き夢に見たり、
金貨一枚を禄として、
君に守られ歩くアグストリアの春の道を。

近き夢に見たり、
イザークの緑の燃える夏の緑を後にして、
君に守られあくがれ歩くを。

そして今夢に見たり、
かの金貨一枚の禄をば返し、
そのまま去りぬと聞きし冬の朝を。

再会の約束をせぬ君、
君ならざれば話し得ぬいくばくかの言葉は、
いずれ同じく行き違うエーギルの中にては、いかが。

マディノにて出会い、フレストにて別れたる、
我に世界を初めて見せ教えたりし人、
親しき友「一枚の金貨の騎士」、ここに眠る。

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