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内緒話・それぞれ
?アレにまつわるエトセトラ?


<パティの場合>
 「へえ、私のいない間にそんな話をしていたのか」
シャナンはくつくつと笑った。
「もう、ユリアってばびっくり箱なんだもん、みんな大変だった」
「しかし、親の血に従って聖痕があるのは受け継ぎなのだから、大切にしたほうがいいぞ」
「受け継ぎっていわれても、私、お父さんの顔もお母さんの顔も知らないし」
「父親の顔はともかく、母親の顔はティルナノグに行けば見ることはできるぞ」
ぼそぼそとパティが言うのに、シャナンが真顔で返す。
「あ、そっか。ティルナノグのエーディンさん、お母さんとは双子だっけ」
「そうだ」
シャナンは、そういってから、ぽん、とパティの頭をなでた。
「今日のパティは少し雰囲気が違うな、どうした?」
「あ、あのね、あのね」
城下の服屋で髪を結われた話をすると、
「ほぉ」
とシャナンは感じ入った顔をした。上目遣いに
「どう? 変じゃない?」
と尋ねてくるパティに、
「いや」
シャナンは短く返答する。
「時々はそう言う髪形もいいだろう、戦でなければそんな髪で、服もおとなしくしていれば、お前もどこかの公女様みたいだぞ」
「おだてたって何にも出ないよ」
あまりにシャナンが手放しで褒めるのでパティはなんだか結った髪がむずむずしてきた。
「さて、シャナンさまにも見せたし、ほどいちゃおうかな」
「待て」
解こうとした手を、シャナンが止める。
「なんでぇ」
「結っているだけでは芸がない、いつか私があげたものがあったろう。
挿させてくれるかな? 私に」

<ラクチェの場合>
 災難だったんだなぁ、と、他人事のようにスカサハが言う。
「まさかいつかさされたところがよりによって聖痕の真上とは…しかもネールの」
「まあね」
「痛かったろう」
「痛いなんてもんじゃないわよ、死ぬかと思った」
「傷跡とか、残ってんのか?」
とヨハルヴァが聞く。ラクチェは「うーん」とひとつ唸って、
「普段みしるしなんて気にしてないから…
どうなんだろう。彼女はおもむろに服をまくりはじめた。
「うわうわうわうわうわ」
「ら、ラクチェ、お前少しは考えろ」
「だってまくらなくちゃ見えないところにあるんだもの、しょうがないじゃない」
「そうじゃない」
まくり初めた服をよいしょ、と下げて、スカサハが
「お前は無防備すぎる」
といった。
「分かってやってるのか、俺はまだしも、ヨハルヴァがいるんだぞ」
「そうよ。それで? ヨハルヴァが見たいって言ってるんだし、見せてあげようかなって」
「…」
スカサハははぁ、とため息をついた。ヨハルヴァは苦笑いをして、
「まあ、ネールの聖痕に傷がついてるかどうかは、この戦いがぜーんぶ終わって、落ち着いたら見せてもらうことにするわ。
 半分は、俺の責任だしな」
「そう?」
ラクチェは服の細かいところを整えて、
「さあて、訓練訓練。
 シャナン様ヒマだったらいいなぁ」
そう言いながら、たたっと駆け出していった。ヨハルヴァが
「相変わらず面白い妹じゃないか」
と言う。
「本当にいいのか? まだ他人同然の男に聖痕まくって見せるような妹で」
「俺がいいんだからそれでいい。
 ま、心配しなさんなよ」

<ユリアの場合>
 一番はらはらしたのはアーサーである。なにぶん、爆弾発言の連続なのだから。
「あのな、ユリア」
「はい」
「お前には、恥じらいってモノがないのか?」
「?」
「自分からファラの聖痕の場所暴露したり、聖痕はくすぐったいだけじゃすまないとか、挙句には」
「だって、全部本当のことですもの」
ユリアは、その背中に小さな悪魔の翼を生やした天使の笑顔で、
「私のファラのみしるしは、アーサーが可愛くしてくださると、とってもいい気持ちで、私、ふわふわっとしてしまいます」
「…」
アーサーはがっくりうなだれ、そして、
「ユリア、なんで俺がそんなことを知っているのか、その辺は突っ込まないで聞いてくれよ」
「はい」
「女の魔力はすごく不安定なんだ」
「それは、レヴィンさまから伺ってます」
「具体的にどう不安定なのかというとだな」
「『結ばれ』たら消えてしまうかもしれないってことですね?」
ユリアの爆弾は、相手が対団体だろうが対個人だろうが容赦ない。アーサーはへたり込んだ。
「…どれだけ、俺辛抱してるの分かる?」
「はい?」
「することしたら消えちまうかも知れない魔力のために、俺どれだけ我慢してると思う?」
訴えかけるアーサーの目は半分涙目だ。
「我慢してますの? 私、あんなこととか、こんなこととかいろいろ、教えていただいて、がんばってますのに」
「だ・か・ら」
ここではちと言葉にしにくい事を平然と列挙するユリアを、もうアーサーは止めることができなかった。
「製造者出て来い」
いくらアーサーが心の中で叫んだとしても、この声はむなしく心の中で空回りするだけだ。

<ティニーとフィーの場合>
 「しかしなんだ、普段君たちはああいうことを話題にしているのかな?」
セティの顔も難しい。
「今日はたまたまです。ユリアの言葉が、ちょっと…暴走しただけで」
ティニーは自分がやったわけでもないのに、まるで自分がしたようにうつむいている。その身長差からやすやすと、セティにもその、ラクチェが指摘したトードの聖痕を見ることは可能なのだが、彼はあえて視線をそらした。
「まさか、私しか知らないと思ってた君のファラの聖痕の場所を、ラナが知っていたとは、少し意外だったな」
「ラナはプリーストでいろいろな人の傷を見てますから」
「それに、ラナの言うことにも一理ある。聖痕は私達の先祖を示し、その奇跡の恩恵にあずかることを許された証、あだやおろそかにはできないな」
「…はい」
 その話題からとにかく離れようと、
「夕方になりそうだけど、一度城下に出てみるか」
と、セティが何気なくティニーに手を回す。途端
「ひゃ」
とティニーが声を上げ、うっかり、ファラの聖痕に触れてしまったのに気が付いた。
 のみならず
「やっぱりお兄ちゃんたら、ティニーのお尻触ってる。
 不純だ?」
と、フィーがにんまりと笑っていた。
「今のは偶然だ」
「そうです、偶然です」
言い訳するほどドロ沼にはまるとはまさにこのことで、フィーはなおさらにんまりと
「時々部屋からティニーがいなくなるのって、ひょっとしてお兄ちゃんのせい?」
と、誘導尋問にかけてくる。確かに、ティニーは時々夜にふいといなくなることがあるのだ。セティは家格から一人部屋が与えられているので、何かあるならこれほど都合のいいことはない。
「気をつけないと、だめなんだからね、女の子の魔力が不安定だって、お兄ちゃんが知らないはずないもんねぇ」
「そんなことするか、この非常時に!」
セティは一声高く上げてから、
「お前も、そのフォルセティの聖痕、たやすく人に見せるようなことはするなよ。私はお前の幼いうちに見たから場所を知ってるが、今新しく知った人間が出たとなったら…」
がったーん。
「!」
廊下の向こうの方で、聞いた音がした。行き当たりは、さっきまで談話室になっていた会議室。物資調達に出ていた面々が帰ってきて、そのことで報告などしていたはずだ。
「ユリア!」
と、アーサーが困惑した声で叱責する声が続いて聞こえて、
「さっきの話の続きか。しかし、今になってあんな反応するような奴、いたかなぁ」
セティはぼそ、と呟いて、
「ティニー、城下にでるのはまた後にして、庭でも見ていようか」
「はい」
今度はちゃんと、ティニーの肩を引き寄せて、セティは行ってしまう。
 フィーは、例の物音のあったほうを振り向いた。
「ユリア、秘密の場所なんだからばらしちゃやだって言ったのに…」

<アルテナの場合>
 アルテナはきょとん、とした。
「姉上、ノヴァの聖痕をみせていただけますか」
真顔で言ってくるリーフに、思わずそれのあるあたりを押さえながら、
「…リーフ、正気?」
と聞き返してしまう。
「正気ですよ、私は、まだ生まれてこのかた、自分にある不肖の聖痕しか見たことがないので、姉上のはっきりとした聖痕を見てみたいのです」
「聞いて来たのがあなただから、今は聞きながすことにしますが、ほかの誰かが同じことを聞こうなら、地槍で串刺しになっても文句のないことですよ、覚えておおきなさい」
「は、はい」
アルテナの鬼気迫る顔に、リーフは思わず一、二歩たじろいだ。
「…」
しかし、弟の言葉を無碍にもできず、アルテナは、
「そのものはみせられませんが、場所は教えましょう」
といった。
「このあたりに」
と、胸元を指し、
「あります。あなたのは余り輪郭ははっきりしていないと思います。継承者は輪郭がはっきりしているそうですね」
リーフはまじまじとその場所をみて、
「ああ、その場所なら、盛装されれば見えますね」
とあっさり言ってのけた。普段からアルテナは軍装に近い格好で、襟までぴったり閉じた服を着ているから話がややこしいのだ。
「トラキア統一の式典には、ぜひ、その聖痕が見える立派な衣装を作らせましょう」
「え、ええ、そうですね」
「不躾な質問で申し訳ありませんでした」
リーフは、背中が見えるほどの礼をする。この辺は、養育係の教育は徹底している。だがリーフは、上げた顔で
「そういえばフィンが、姉上にあるバルドの聖痕の場所を失念したといっていました、もし機会があったら」
「いえますかそんなこと!」
アルテナは、とっさに傍らの地槍をとった。

<ナンナの場合>
 「おうらみしますよ、アレス様」
と、そのフィンが言う。
「どうして」
そのぶんむくれた(ようにみえる)フィンの横顔を見て、
「ああ、あれのことか」
と、考えに思い至ったようである。
「隠してもばれるさ、場所まで遺伝してるんじゃ、じゃれてる間に嫌でも分かるだろう」
「それはまあ、そうですけど」
それでもフィンは不満そうである。
「ナンナの熱意に折れた私がいけないのです。彼女が余りに真剣に考えているので、私は切り出すならと、その手がかりを教えただけです」
「じゃあ、今あんたがここでスネてたって、自業自得じゃないか」
「そう言う自分が許せません」
「難しい親父だ」
アレスがふう、とため息をつく。そこにナンナがパタパタと小走りに来て、
「あの、リーフ様お見かけしませんでしたか」
と尋ねる。
「姉貴のところと違うかな」
「アルテナ様のところですか。
 ああよかった、こんな夕方にお一人で外出かと思って、少し心配してしまって」
といってから、ナンナは、自分に背中を向けたままの父親を見る。
「お父様? どこか具合でも悪いのですか?」
「いや」
娘のいたわりの言葉にも、フィンは短く答えて、
「私のことは心配要らないから、リーフ様をお迎えに行ってきなさい」
「…はぁ」
ナンナは、なんだか煮え切らない返事をして、アレスにその様子の理由を尋ねようとしたが、アレスは質問を聞く前にかぶりをふって
「しばらくそのままにしといてやれ」
としか言わなかった。

<ラナの場合>
 ラナの脚は早い。今部屋を出たと思って、追いかけて部屋を出ようとしたら、もう、走らないと追いつかないところを歩いている。
「待って、ラナ」
セリスがその手をやっと取れたのは、どれほど廊下を走ったろうか、つい肩で息をしてしまう。
「セリス様?」
「一体、さっきの話はなんだったの?」
と言うセリスに、ラナは
「みしるしの話です」
と答えた。
「ホントに? なんか、すごく…なんていうか…聞いたらいけないようなこと、いっぱい話していたように見えたんだけど」
「そんなこと、ないですよ」
ラナの笑みは今度こそ、本当の天使の笑みだ。
「聖戦士さまから、親御様を通して、皆さんに伝わった大切なものです」
「でも、ほら、女の子の聖痕はなんだかんだって…」
「ああ」
そのセリスの言葉には、ラナはちょっと目じりを染めて、
「そう言うことも、あるみたいです」
といった。
「私、よくわかりませんけど」
「実はね、僕」
ティルナノグにいた頃のような、子供のような言葉で、セリスが少し言いにくそうに言った。
「ラナのウルのしるし、どこにあるのか、今聞いたんだ」
「そうだったんですか。私、てっきり、私がまだ赤ちゃんの頃に、ご覧になってたとばかり思ってました」
「見てても、たぶん忘れてるし、ラクチェのも知らなかったから、…たぶん、エーディンが見せないようにしていたのかもしれない」
「何故でしょう」
「僕は、憶測しかできないけど、見えないところに出やすい女の子の聖痕は、本当に教えたい人にだけ、教えろって、エーディン、言いたかったんじゃないのかな」
セリスの言葉に、ラナはは、と口を押さえた。
「だとしたら、私、余計なことを言ってしまったのでしょうか」
「もう出てしまった言葉だし、聞いてない人は聞いてないし、これから黙ってていればいいと思うよ」
「はい、そのようにします」
「じゃ、僕、報告の続き聞くから」
と、くるりときびすを返すセリスに、
「セリス様」
と、ラナが声をかける。
「私のみしるしの場所、覚えていただけましたか?」
「うーん…」
セリスはぽり、と頬を指でかく。ラナは、セリスのバルドの聖痕がくっきりと浮かぶ手のひらを取り、清楚なシスター服の、左胸の下に押し当てた。
「ら、ラナ…」
「ここにあります」
ラナは、またにこりと微笑んで、
「誰にも、言わないでくださいね」
といった。
 またすたすたと、早足でどこかに行ってしまうラナを追うことも、まして部屋に報告の続きを聞きに戻ることもせずに、ぼーっと、セリスは、聖痕のすぐ近くにある、偶然触れてしまった柔らかいものに、すっかり意識を奪われてしまっていた。

<リーンの場合>
 へ?私? 場所が分かってない? ひみつだよっ♪
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